COLUMN

ソフトバンクグループ決算から考えるリアルビジネス型スタートアップの展望

2020.06.07

2020年5月18日に発表されたソフトバンクグループの決算は大変な注目を集めました。赤字規模の大きさやその独創的なプレゼンテーションの内容が話題を呼びましたが、この決算発表の先に、スタートアップのどのような「質的変化」を読み解くべきか、シニフィアン共同代表の3名がそれぞれの視点から、考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)

SBGの実態はPLでは語れない

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):5月18日に発表されたソフトバンクグループの決算が注目を集めています。PL上の話ではありますが、連結最終損益が国内で過去最大のマイナス1兆4,000億円超ということで、ニュースにもなっています。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):この会社は、投資のインパクトが大きすぎて、正直、この営業利益の数字だけでは実態が把握できないんですよね。

朝倉:孫さんも、PLで判断しても意味がない、投資会社として見て欲しいと説明されています。決算資料にも、積極的に「株主価値」という言葉を折り込んでいますね。

小林:そうですね。今回もPLを見ると、「ビジョンファンドSBF事業」が昨年1兆2,566億円の黒字から今年はマイナス1兆9,313億円の赤字、すなわち昨年の営業利益に対して3兆円超のマイナスを出しています。PL上、グループ全体にとって、投資のインパクトが大きかったということですね。

「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より

朝倉:はい。今回の決算において、グループ全体の営業利益の増減に大きく影響しているのは、ビジョンファンドであるというのが実態だと思います。

ソフトバンクグループの決算説明資料は非常に独創的であることで有名で、今回も3頭の馬とユニコーンのビジュアルが話題を呼びました。

「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より

朝倉:私が特に気になったのは、むしろ冒頭の部分です。コロナショックによって経済全体が未曾有の危機に陥ることを説明する際、影響を受ける産業として「旅行」「自動車産業」「レストラン」の3業種を例示しています。

「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より
「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より
「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より

朝倉:これらの産業は典型的なオフライン事業であり、一見すると、ソフトバンクグループが掲げ続けてきた「情報革命」から一番縁遠い産業にも思えます。

自社ミッションから離れたように思える産業を引き合いに出して、「未曾有の危機」を説明していることが何を意味するのか、こうしたオフライン産業への投資を通じて、デジタルトランスフォーメーションを牽引していくという意図などを鑑みると、示唆深い点だと感じます。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):この点、私も孫さんが言うように、ソフトバンクグループを理解するにあたって、PL的見方は適さないと思います。1兆9,313億の赤字、というPL上の数字にはほとんど意味が無い。また、「ソフトバンク=ビジョンファンド」という捉え方にも違和感があります。

では、私がどういう視点で同社を捉えているかというと、ビジョンファンドも含め、ソフトバンクグループ全体を、考え抜かれたポートフォリオだと考えています。

「ソフトバンクグループ 2020年3月期決算説明会」資料より

村上:「情報革命」をミッションとして掲げるソフトバンクグループには、eコマース、通信、半導体チップと幅広く情報関連事業があります。これらを俯瞰したときに、ソフトバンクグループが参入しづらい産業・事業が浮かび上がってきます。

それらの領域を、ビジョンファンドが投資によって攻めていく。このような見方をすると、ビジョンファンドは短期的には損を出したが、逆にビジョンファンド以外の領域に関しては堅調だったわけで、グループ全体で見れば、非常によくできたポートフォリオ戦略だと評価することもできます。

個別の出資案件に対してはいくらでも批判ができますが、このグループこそ、全体で捉えなければならない。私は、朝倉さんが言及した情報革命と3つの産業の関連性についても、オフラインとオンラインの融合が進むことを想定して、どの領域を押さえておくべきかという観点から説明がつくと思います。

ソフトバンクグループのポートフォリオから考えると、これらの産業にはビジョンファンドのアプローチが有効に機能し得たはずです。しかし、コロナの影響で、ビジョンファンドの当初の投資戦略に補正の必要が出てきた。そのような文脈の中で、孫さんの、ファンドと本業を使い分けたリスクの張り方をどう評価するかですね。 私としてはこのポートフォリオ戦略はまだ崩れていないのではないかと思っています。

ビジョンファンドの現状が示唆する、スタートアップの質的変容

朝倉:今の時点で、ビジョンファンドの成否を総括することはできませんし、ファンドのパフォーマンスをこの時間軸で評価することには無理があります。個別の出資案件をあれこれ評価しても、大して意味をなさないでしょう。

一方で、今回の決算内容やビジョンファンドの現状を踏まえると、スタートアップの成長仮説や投資仮説において、興味深い点も見えてくるのではないかと感じます。

例えばビジョンファンドの現状を、いわば「ユニコーンバブルの崩壊である」として片付けてしまう言説があります。この言説は全くの誤りではないのですが、もう少し具体化して理解するべきでしょう。

今起こっていることは、いわゆる過剰流動性を背景としたユニコーンバブルの崩壊という量的な側面も確かにあるにはあるものの、一方で、スタートアップ投資テーマの質的な変化という側面もあるのではないか、ということです。

過去10年ほどを振り返ると、SNSやスマートフォンといった明快なテーマがありました。こうした環境変化に即して、オンラインを主戦場とした事業が種々台頭した。その結果、5、6年前にはすでに、オンラインで完結したテーマは相当程度が出涸らしたという風潮があったと思います。

近年に急成長した、ユニコーンブームを象徴するような会社を挙げると、 Uberであり、Airbnbであるといった、リアルに紐付いた会社群です。WeWorkやOYOも然り。

ビジョンファンドは、ユニコーンが続出している領域・テーマにおける「勝ち馬」にまとまった資金を張っているわけですが、このタイミングに投資対象たり得る、大きく評価されている会社の多くは、先行投資のための巨額の資金を必要とする会社であり、何かしら、オンラインとオフラインの融合・統合をテーマとするスタートアップ群だった。

しかし、コロナ禍によって、オフライン産業に対しては強烈な向かい風が吹いており、ZoomやNetflixのようなオンライン完結型、一度は出尽くしたと思われていた領域がまた注目されている。こうした揺り戻しが一過性のものなのか、もう少しこの傾向が続くのかは判断できません。

ただ、オンラインとオフラインの融合がテクノロジーの世界で非常に重要になっていくと見られていた中にあって、コロナ禍がもたらした影響は相応に大きいんじゃないかと思います。

現在、スタートアップの世界で起こっている風向き・勝ち筋の変化を考える際は、量の面だけでなく質の面でも捉える必要があるのではないかと思いますし、個々人がスタートアップの成功仮説や投資仮説における再認識を迫られているように感じます。

コロナ禍を受けて、スタートアップはどのように競争優位を構築するか

村上:近年、オンラインとオフラインの融合が進んだ背景には、GAFAの存在を受け、Moat(”堀”、競争優位性や参入障壁の意)を築く重要性がより高まってきたことがあります。つまり、オンライン完結でGAFAに対抗できるようなMoatを築くことが難しくなり、よりハードウェアやリアルアセットに注目するような流れがでてきた、ということです。

ここで私が投げかけたいのは、「スタートアップは今後、どうやってMoatを築いていくのか」、という問いです。コロナが変えた後の世界では、オフラインとの融合が競争優位になるのか。

オフラインとの融合を推し進めようとしたときに競争力を持つのは資金力です。孫さんのビジョンファンドは、オフラインとの融合を進めるにあたって、資金の大きさで参入障壁を築くという戦略を取っていたわけですが、この流れがどうなるのか。

オフラインとの融合、というトレンドの中で、大型投資・大型ファンドがパワーを持っていた時代が、コロナによってガラリと変わってしまった。もはやオフラインとの融合も、大きな資本力も競争力になり得ないとしたら、今後Moatを築くにあたって、どのような潮流がやってくるのか。仮説としては、よりテクノロジーの差別化を追求するといった流れも出てくるかもしれません。

朝倉:オフライン、あるいはリアルについて語る際、オンラインの情報処理を介してリアルアセットを融通してマネタイズするというビジネスモデルとしての側面だけでなく、データ取得ポイントとしてのリアルも考慮すべきでしょうね。 オンラインとの融合によってリアルに存在するデータを取得する流れは、すでに各企業のデータ取得合戦として出現しています。

コロナという外部要因によってオンライン完結型の事業は半ば暴力的に浸透しましたが、だからと言ってこの先、リアルでの人・物の移動が全く無くなるのかと言えば、そんなはずはありませんし、リアルのデータに価値があるということも変わらないでしょう。

小林:オフラインとの融合というテーマは、VCに限らず事業会社、CVCなど、至る所で次の戦略テーマになっていました。

朝倉:「デジタルトランスフォーメーション」、「オープンイノベーション」と呼ばれている試みの多くがこの文脈でしたね。

小林:はい。今、それがコロナの影響で、急激にリモートやオフラインに振れている。例えばエンターテイメントの領域では近年、デジタルより、リアルの興行ビジネスのほうが好調でした。

しかし、例えばゲーム『フォートナイト』上でトラヴィス・スコット(アメリカで活動するラッパー)がバーチャルライブをやったら2,700万人が参加した、という例がありました。

コロナ前であれば、ライブがいきなりバーチャルになるとは誰も思っていなかったのに、いきなりオンライン完結の大規模イベントとして成立してしまった。まだまだ先だろうと考えられていたこと、少しずつリアルとオンラインの融合が進んでいくだろうと思われていたものが、一気にオンラインに突き進むという現象が起きるでしょう。

しかし、テーマによっては、一歩ずつデジタルへトランスフォームしていくものもあるでしょう。しばらくはオンラインで完結した事業の急速な進展と、リアルとオンラインの融合の漸進的な進展が併存するのではないかと思っています。

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