資金調達の大型化、SaaSスタートアップの大型上場といった事象が見られた2019年を経て、2020年、スタートアップシーンはどのように変化していくのでしょうか。Pre-IPO、Post-IPO、アーリー・ミドル・レイターステージといったスタートアップを取り巻く環境を見渡しながら、2020年の展望について考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)
ラウンドの大型化がミドル・アーリーステージにも波及
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):前回、2019年のスタートアップシーンについて振り返りましたが、今回は2020年のスタートアップシーンについて考えてみたいと思います。マクロ環境がどのように推移するのかを予測することは我々の手に余るので、あくまで景気やマーケット面での大きな変化がないという仮定の下で考えましょう。
まず、2019年に顕著だったラウンドの大型化についてですが、この流れは2020年も続くんじゃないでしょうか。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):そうですね。少なくとも現状の資金提供者の勢いは、株式市場でいうところのブル(上昇)モードであり、2020年もこの流れが続くのではないでしょうか。
加えて、従来はレイターステージのスタートアップが中心となっていた大型調達ですが、投資家層の多様化をふまえると、今後はミドル、アーリーステージにもこの流れが波及してくると思います。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):順調な成長を見せているレイターステージのスタートアップが成功事例となって、投資家と起業家のマッチングが起きやすくなっているのだと思います。今後はボリュームゾーンであるミドルステージのスタートアップにも資金が流入し、数十億円規模の資金調達を行う会社が一気に増えるのではないでしょうか。
朝倉:「レイターステージ」と聞くと、2019年では100億円を超える資金を調達したSmartNewsのユニコーン・ラウンドのような事例が目立ちやすいですが、そこまではいかないにしても、Pre-IPOにおいて二桁億円のディールが増えるのではないかということですね。逆にPost-IPOについてはどのような傾向が考えられるでしょうか?
ディープテック系スタートアップのIPO元年
小林:現状でもすでに見られつつある動きですが、宇宙や素材化学、ロボットなどのディープテック(最先端科学研究技術)系企業の上場が見られるようになるのではないでしょうか。
朝倉:オンライン上で完結するような事業ではなく、テクノロジー先行型事業を主とする企業の上場が増えるのではないかということですね。
村上:日本の新興企業に一定の資金が集まるようになってきたことや赤字上場に対する意識の変化を考慮すると、トップラインの成長やKPIの状況から成長の見通しが立ちやすいSaaS系ではなくとも、上場可能な市況になってきているように感じます。
ディープテック系では、足元の数字というよりも、技術の将来性への期待から、IPOが可能になる企業が出てくるものと考えられます。
朝倉: SaaSはグローバルで横比較しやすいのが特徴です。たとえ赤字であっても、SaaSに共通するKPI構造で自社の事業の将来性を一定程度語れたら、投資家も値付けを行いやすい。一方で、ディープテックは事業によって内容のばらつきが大きく、将来の成長性や収益性を見極める上での共通のフォーマットもないため、企業価値の算定が難しい領域ですね。
村上:個人的には、ディープテック領域での数千億円規模の上場は、来年の段階ではまだほとんど見られないのではないかと思います。規模は数百億〜1,000億円程度で、資金提供者も、グローバルな機関投資家というよりは従来のような個人投資家を中心としたマザーズ上場、といったあたりが現実的なシナリオだと予想しています。
ネットやメディア、アプリケーション、SaaSのようなオンラインやサーバー上で完結するサービスは、年月をかけて徐々にグローバルな形式でのIPOが可能になってきましたが、ディープテック系企業の大型IPOに関しては、まだ元年であるという肌感覚です。
朝倉:日本のIT系企業のほとんどは、現状、国内の顧客を対象に事業展開していますが、それでも海外からの資金調達ができるようになっています。 一方で、ディープテックの場合、商品の市場では、顧客が国内に限られない。むしろ海外のマーケットの方が大きいといった会社もあり得るのだけど、こと資本市場においては国内の投資家が中心になるのではないかという点は面白いですね。
村上:資本市場に関しては、フェーズの問題も大きいですからね。ビジネスが育ってくれば、海外からの資金調達も可能になると思いますが、IPO時点ではまだそこまではいかないでしょう。徐々に実績を積みながら、Post-IPOで海外投資家から評価されるようになる会社が多いのではないでしょうか。
小林:日本におけるディープテック系スタートアップIPOの先行事例としては、サイバーダイン社が挙げられますが、他にはまだ類を見ないのが現状です。同社の株価は最盛期に比べると現在は3分の1程度に落ち着いていますが、最盛期についた株価がビジネスの実績だけで説明できるかと言ったら、そうではない気がします。
話題性や革新性は単体で評価するのは難しく、総合評価になるため、個人投資家が先行して投資するという状況が起こりやすいのでしょう。
朝倉:期待が先行すると、株価に大きな変動が見られる局面かもしれませんね。
Pre/Post-IPOスタートアップのバリュエーション連動
朝倉:Pre-IPO、Post-IPOスタートアップが相互に及ぼす影響についても考えてみましょう。この点、2017年から2019年にかけて大型上場を果たしたスタートアップ、あるいは、時価総額1000億円程度にまで成長したスタートアップが順調に成長を維持できるかどうかが、2020年のPre-IPOスタートアップの資金調達にも影響を及ぼすのではないでしょうか。
村上:まさにそうだと思います。特に、レイターステージのスタートアップのバリュエーションは、先行上場企業のバリュエーションに影響されて決まることが多い。そのため、先行上場企業の株価が大きく下落した場合、Pre-IPOマーケットにも大きな余波が広がるのではないでしょうか。
朝倉:大型Post-IPOスタートアップが2020年にどのような成長を果たすのか。これが、2020年のPre-IPOスタートアップ投資を見通す上でキーファクターとなるということですね。
小林:Pre-IPOスタートアップの発展と、Post-IPOスタートアップの発展は極めて密接にリンクしています。そのため、この両者が健全に育っていかないと、日本のスタートアップ・エコシステム全体を強化していくことはできません。2020年は、この両者のバランスをより強く認識する1年になるのではないでしょうか。
村上:個人的には、Pre-IPOスタートアップ、Post-IPOスタートアップの間で、人材・資金の流通が活発になる気がしますね。
朝倉:ラウンドの大型化と並行して、バリュエーションも大きくなっているPre-IPOのスタートアップもありますが、2020年はこうしたバリュエーションが正当化できるのかどうか次第で、一定の選別も進むことでしょう。2019年中に、既に兆しは表れていました。
いずれにせよ、2019年のようなブル相場が続くのかどうかによって大きく変わってくるとは思いますが、2020年のスタートアップシーンにおけるトピックは、「ミドル・アーリーステージスタートアップのラウンド大型化」、「ディープテック系スタートアップのIPO」、「Pre/Post-IPOスタートアップのバリュエーション連動」あたりを注視することになりそうです。