COLUMN

着金を確認するまでがスタートアップの資金調達プロセス

2020.01.24

シリコンバレーではタームシートを交わした後になって投資が頓挫する事例が話題になっています。今回は、スタートアップ経営者側の視点から、資金調達を成功裏に終えるためにはどのような心構えで臨むべきかについて考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代 麻理子 編集:正田彩佳)

資金調達プロセスは着金を確認するまで終わらない

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):先日、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、ビジョンファンド)が、投資検討を進めていたいくつかのスタートアップへの支援を立て続けに打ち切っていたというニュースが報じられました。

詳しくは記事を読んでいただければと思いますが、タームシートを取り交わし、その上で投資しないという判断を何件か立て続けに下したということに対して、シリコンバレーのVCを中心に批判的な意見が出ているようです。

今回はスタートアップ経営者・起業家の立場から、資金調達のプロセスにどう臨むべきかについて考えてみたいと思います。

注釈を加えると、タームシートとは正式な投資契約を締結する前に交わす、投資の主要条件をまとめた概要書のことです。まずはタームシートのやりとりを通じてメインの論点についてスタートアップと投資家が交渉を行い、重要な論点に関しておおむね合意したうえで、契約書のドラフトを相互に修正するという進め方が一般的です。

個々のケースで事情は異なるのでしょうが、基本的にタームシートはあくまでも想定される交渉条件について記載されているものであり、正式な契約書ではありません。したがって、一般的に法的拘束力は有しません。そのため、タームシートを交わしたからといって、資金調達は完了したものと会社側が安心してしまうのは、随分と危ういことだと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):今回のような事例が特殊事例なのかというと、決してそうではありません。ビジョンファンドは規模も大きく、目立ちやすかったために話題になっていますが、タームシートを交わした後に投資が反故になるケースは他にも結構あるのが実情です。

例えば、リーマンショックのようなマクロレベルで情勢の変化が起きた際や、投資を行う側の企業に不祥事等何らかの大きな変化が起きた場合であれば、投資プロセス自体がストップするといったケースは過去にも見受けられます。

朝倉:タームシートに限らず、本契約書であっても、投資の実行日までに問題が起きた場合には投資を取りやめることが記載されていることが多いですよね。

海外の事例ですが、契約は締結されていたにも関わらず、投資する側の企業に不祥事があり、大混乱の末にラウンドそのものが取り消されたということも、知る限りあります。この場合、スタートアップ側には特段の落ち度はなかったのでしょうし、不運としか言いようがないのですが、それでもこういった事態が起きてしまうこともあるわけです。

小林:着金を確認するまでは、気が抜けないということが如実にわかるエピソードですね。

朝倉:「おうちに帰るまでが遠足です」という常套句と同様、実際に銀行口座に入金がなされ、それを使える状態であることが確認できるまでは、資金調達が終わったと思わないほうがいいということですね。こうした教訓をふまえて、起業家側はどう備えるのがいいのでしょうか?

複数の投資家と並行して資金調達プロセスを行うことの意味

小林:単一の投資家に集中して資金調達プロセスを進めると、何らかの状況変化が起きた際に行き詰まるといった事態に陥りやすいのでしょう。その点、複数の投資家候補を持って進めることが大切なのだと思います。

ただ、前提知識として頭ではそう理解していても、ある一つの投資家から強気なバリュエーションが提示されたら、スタートアップ側としては、その1社に賭けてしまいたくなるものなのでしょうね。「バリュエーションは高ければ高いほうがいい」という考えも理解できますし、冒頭の事例も、こうした状況ではあったのでしょう。

ですが、バリュエーションだけで性急に判断してしまい、他の候補者との対話を遮断してしまうと、こういった不測の事態に際しては脆弱になってしまいます。

朝倉:複数の投資家と話をした中で、1社だけが飛び抜けて高い評価を下してきたとしても、本当にそれが履行されるかどうかはわからないと思ったほうがいいのかもしれません。

実際にあった事例ですが、交渉を進めるに当たって、エクスクルーシブ(単独)での協議を条件とされたスタートアップがあったそうですが、いざ検討が進みだすとどんどん条件が厳しくなり、最終的にその投資家からは資金調達が実現できなかったという話もあります。

結局、また新たに資金調達の検討を始めなければならず、エクスクルーシブの期間中は他の投資家とコンタクトがとれなかったために、無駄に時間をかけてしまったというケースですね。

小林:今回のビジョンファンドの一件により、年頭からマクロ環境の先行きが楽観視できないような状況になってしまいましたが、そういった心理は当然投資家にも影響を及ぼすでしょう。シリコンバレーでは先行きに対して厳しい見立てが支配的なようですね。

不測の事態に備えるためにも、単純にバリュエーションだけで投資家を選定することを避けるべき時機に差し掛かっているのかもしれません。

朝倉:特に、リード投資家ではなく、フォロワーの投資家が非常に高いバリュエーションを設定してきたからといって、そのバリュエーションを前提として資金調達を進めようとすると、その後で苦労することもあります。

小林:実際に、ある投資家から提示されたバリュエーションに、他の投資家は到底ついていけず、交渉を進めていく間に、どんどんバリュエーションが下がっていくといった事例が散見されます。起業家は、バリュエーションに関して、常に客観的な見立てを持つように意識しておいたほうがいいのでしょうね。

朝倉:そうですね。いずれにせよ、なるべく複数の投資家と並行して話を進められるように、ホットラインを保っておくほうがいいということだと思います。