COLUMN

スタートアップ「冬の時代」に備えて

2019.11.08

WeWorkのIPO延期をきっかけに、スタートアップへの投資の過熱ぶりを危惧する声が高まっています。米中問題などの先行き不透明なマクロ経済の状況も相まって、日本のスタートアップにも、景気の後退局面が訪れるのではとの指摘も見受けられます。今回はスタートアップの「冬の時代」を想定し、その対処について考えます。

本稿はVoicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

WeWorkのIPO延期が及ぼす影響

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):WeWorkのIPO延期が象徴的ですが、最近では昨今のスタートアップへの投資があまりにも行き過ぎていたのではないか、との指摘をあちこちで目にします。また、これをきっかけに、スタートアップに冬の時代がくるのではないかとの声も耳にします。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):確かに、ここのところ活況であった未上場の資本市場に対して、冷や水を浴びせるようなネタがいくつかあり、スタートアップ投資へのネガティブな見解が増えてきているように感じます。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):論点をいくつかに分けて考えると、一つ挙げられるのは、未上場市場のお金の流れがどう変わるのかということ。日本のスタートアップにはまだ危機が到来していませんが、グローバルでは以前から未上場市場に対するお金の流れに変化が表れていて、今回の件でより大きく変わる可能性があるということです。これが日本でどうなるか。

二つ目は、上場市場への影響です。証券会社や機関投資家が、IPOに対してより保守的、厳格になっていくだろうということ。未上場時のファイナンスや、IPOの備えをしっかりとしていかないと、IPOの実現は難しくなるのではないでしょうか。

リーマンショック時のセコイアの訓え、ふたたび

小林:具体的に備えるといった場合に、前もってどのように準備しておくのがいいのでしょうか?

朝倉:前提として、「ベンチャー投資がバブルだ」と言われているのは、2019年の今に始まったことではなく、2015年頃から言われ続けていることです。国内ベンチャー投資額が700億円にも満たなかった2010年頃に比べると、今は信じられないくらい、投資額が集まるようになりました。それに伴い、ここ3、4年はずっと「近い内にベンチャー投資バブルが崩壊するだろう」と言われ続けているように感じます。

最も直近の「冬の時代」は、2008年リーマンショック後のタイミングでしょう。当時、セコイア・キャピタル(アメリカの老舗VC)が投資先のベンチャーCEOを集めて行ったプレゼン資料は、今も尚、一見の価値があります。

何が書かれていたかというと、まず1点目が、「コントロールできるものをマネージしよう」ということ。分かりやすくは、コスト削減ですね。成長や収益の前提など、アップサイドも含めて、より保守的な計画を立てようと述べています。

2点目が、「クオリティーにフォーカスしよう」ということです。これは何もダウントレンドの時に限らないことですが。

3点目は、「リスクを下げる」ということ。不確実性が高いリスクのとり方を限定的にしようということですね。

そして最後に、「負債を減らそう」ということです。これらは、今から10年以上前に、セコイアが投資先に伝えたものですが、今も十分に通用する内容でしょう。

村上:そうですね。リーマンショック後の状況を振り返ると、厳しいファイナンス環境になればなるほど、ファイナンスで差がつく可能性があるということが言えるかと思います。全ての会社がうまくファイナンスできるわけではないので、ファイナンス的な思考が強い会社は、有利に人材獲得やマーケティングを行うことができ、事業上優位に立てる可能性が相対的に高まるでしょう。

未上場企業は、ファイナンス環境が厳しくなることによって、IPO市場でイグジットできるかどうかをより意識するようになるかと思います。未上場企業の投資家も、上場後の投資家目線で、ビジネスモデルが成り立っているか、長期的にサステイナブルな事業かなどを具体的に検証した上で、IPOが可能かどうかを見極める必要があります。

WeWorkのケースは、そこが少し甘かったのかもしれませんね。これはWeWorkに限らず起きていることですが、コンセプトだけで資金がついていた感は否めません。具体的に戦略に落とし込んで、ファイナンス的な言語で話ができるかどうかが、今後はより重要になってくるでしょう。事業戦略や事業計画、ストーリーの作り込みなど、プロダクトではなく、戦略の部分をしっかりと備えられるかどうかが、事業成長の差として表れるような気がします。

未上場時に、時価総額が同水準の上場企業と自社を比較する

小林:特に、レイター期の未上場スタートアップだと、バリュエーションが数百億円中盤〜後半程になることもありますが、そうなると、価格の妥当性について、同じ規模の時価総額の上場株と比較されることになります。「このバリュエーションなら、既に上場している企業の方が割安ではないか?」と見なされるような水準だった場合、上場前はなんとかしのぐことができたとしても、IPOがうまくいかなくなったり、上場後に一気に株価が下落したりといったケースが、より多く起きることでしょう。

朝倉:スタートアップは上場して初めて、市場の評価にさらされるわけですが、未上場の段階からマザーズやその近辺の上場後のマーケットの値動きを、常に先行指標として注視しておくべきなのでしょうね。

今はバリュエーションが数百億円のスタートアップが世の中に多々存在しますが、「自分たちと同じくらいの時価総額の上場企業には、どのような会社があるのだろうか」と比べてみるのもいいのでしょう。「果たしてそれらの企業よりも、自分たちのほうが、価値が高いと言えるのか」は、自身に問うべきストレステストかもしれません。

複数の投資家の意見を聞き、取り入れることの重要性

村上:もう一点、WeWorkの件から考えられるのは、投資家のN数です。未上場と上場投資の大きな違いは、上場株は投資家のN数が圧倒的に増えるということです。未上場投資でのN数は、投資家がある程度の数いたとしても、上場株に比べたら圧倒的に少ない。WeWorkの場合は特に、その数が限りなく1に近かったんでしょうね。

資金調達の際、未上場スタートアップの経営者は、ファイナンスの時間軸や説明の容易さから、資金力がある一人の人にベットする方法を取りがちです。けれども、上場を見据えるのであれば、N数を絞らずに、複数の起業家や投資家の意見を聞き、取り入れていくほうが、結果的にはリスクヘッジになるかと思います。

小林:特に最近だと、上場株の機関投資家が未上場投資をするケースも見られるようになってきました。彼らも、上場後のマーケットで、どのくらいの株価感になるのかを意識しながら投資していると思うので、そうした人の視点も織り交ぜながら上場準備をする重要性が今後より一層増していくように思います。