「脳の記憶補助装置を開発する会社」をテーマに、中小企業向けのクラウドサービスを展開するナレッジスイート。同社の稲葉雄一社長にそのビジネスの特徴や今後の展開について聞いたインタビューの第3回。(全3回)前回の記事はこちらです。
(ライター:石村研二)
ノンポリシーがポリシー
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):御社は、今はSaaS型のビジネスを展開してらっしゃいますが、今後、ユーザー企業のビジネスの履歴がデータとしてどんどん溜まってくると思います。クラウドを脳の記憶補助装置と位置付けていらっしゃいますが、次に狙われる新規事業の構想などがあれば、お聞かせください。
稲葉雄一(ナレッジスイート代表取締役社長。以下、稲葉):僕らはノンポリシーをポリシーとしているので、具体的に「これ」というものはありません。 これは僕らの一つのルールでもあるのですが、開発ポリシーやサービスの方向性、ビジョンや展望を聞かれた時、いつも「ノンポリシーです」と答えているんですよ。今後のことは良くも悪くもお客様の声で決まっていくので、僕らのポリシーや展望というものはないんです。
ただ、最初にお話ししたように、中小企業の社員は1人何役もこなさなければならないので、それをサポートするものとして活かせるのであれば、データマイニング、AI、IoTといった新しい技術を選択することになると思います。今のマーケットはキーワード先行で動いているという気がしますが、僕らはニーズ先行で物事を考えているので、「お客様にAIを提供します」ではなくて、ニーズに基づいてどんな技術を選択するかを考えるんです。もちろん研究開発はしているんですが、新しい技術で既存の技術を代替するという考え方ではなくて、お客さまのニーズが先にあって、どの技術を当てはめればそれに応えられるのか、またどれだけ効率化や生産性に寄与するのか。という考え方でやっています。 僕らにとって一番悩ましいのは、汎用性を高めるという課題です。例えば運送業のお客様から「こういう機能を作って欲しい」という声が溜まったとして、その機能が運送業でしか使えないのなら意味がないので、どうやって汎用的な機能にするかを考えるんですが、これが難しいんです。汎用化できない機能は作りません。その判断が一番難しいですね。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):世の中によくある、顧客ごとにカスタマイズしていく方向ではないんですね。
稲葉:それは絶対にダメですね。ユーザー側がカスタマイズしていけるように、ベースは汎用度の高いものにしないといけません。実はそれが一番難しく、真剣に考えてプロダクトに落とし込んでいく必要があります。僕らは業務の効率化を実現させるためのプラットフォーマーなんです。プラットフォームにさまざまな汎用的な機能を乗せて、ユーザーにはその中から機能を選択してカスタマイズして使っていただく。自分にとって使い勝手のいいものを自分でアレンジできるようにすれば、ユーザーには使っていただけます。そうすればデータが溜まり、僕らもマネタイズできるんです。
大胆な投資戦略を取れるか
村上:既存ユーザーにデータ量を増やしてもらったほうが、利益率の上がり幅は大きいですよね。一方で、まだマーケットでのサービスの浸透度は低いですから、投資先行で攻めていき、この先10年くらいは拡大期と捉えておけばよいでしょうか。
稲葉:今回のロードショーで機関投資家も意見が割れているところです。「アマゾン的に先行投資型で動け」という機関投資家が多い一方で、「日本のマーケットの制約を考えると、早い段階で利益を確保しながら前に進むしかない」という意見もあって、どちらの意見を優先させるかの判断は難しいと思っています。
村上:そこは非常に重要な判断ですね。投資家もどっちの戦略をとるのかによって、いい意味でも悪い意味でも評価が分かれるでしょうし、投資判断に大きく影響しそうですね。今回の上場で獲得された資金も限られていますから、例えば営業を優先して人材確保に使うのか、もしくはシステム投資に重点を置くのかなど、判断が求められますね。
稲葉:それは、クラウドビジネスにとって一番重要な経営視点だと思います。通常毎月の利用料が12ケ月分入ってくるのは翌期なんです。契約期は数か月分しか売上計上できません。また営業経費もかかります。決算のタイミング次第では、翌々期に12ケ月分フルにもらえるタイミングもあります。一方でプロモーション費用を一気にかけたり、人を一度に多く採用したりすると、その期の業績に大きく影響が出てしまいます。そこの舵取りが難しいところですね。クラウドビジネスは完全に先行投資型のビジネスなんです。
村上:国内と海外の機関投資家で意見に違いはありますか?例えば、海外の方がもっと先行投資でやったほうがいいとか?
稲葉:海外はそうですね。あと国内の大手も同じで、「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)で物事を考えたほうがいい」「一時的な株価を気にすることはない」と言いますね。ただ、日本のマーケットは短期的な赤字を非常に気にしていると感じます。考え方としてはあるのかもしれませんが、日本のマーケットを見てしまうとまだまだ難しいだろうなと感じてしまいます。
村上:当時、KDDIや電通など、大手企業と事業提携されたり、出資を受けられたりしていますが、どのようにして関係を築かれたのでしょうか。
稲葉:僕が経営者として心がけてきたことは、狙うべきターゲットとなる企業の決算資料を全部読み込むということです。そして、彼らの戦略の要素を、僕らの会社のビジョンや展望に埋め込ませる形で、SEO対策として自社ホームページに仕込むんです。そうすると、彼らが自社に近いビジョンを持つプレイヤーを探した時に検索上位に来て、彼らから問い合わせが来るんです。通信業者と組みたいと思った時には、ソフトバンク、ドコモ、KDDIの資料を全部読み込みました。その結果、KDDIから声がかかったんです。
村上:それは非常にユニークな取り組みですね。広告宣伝のプロならではの、インバウンドを作る戦略が素晴らしいですね。
稲葉:あとは、全部ゴルフです(笑)。IT業界では最初、何のつながりもなかったんですけど、ゴルフのコンペに出続けることによって多くの方とのつながりができました。会社の中でも、僕のゴルフだけは認められていると思います。
村上:本日はありがとうございました。日本の中小企業を活性化する取り組み、楽しみにしております。
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