COLUMN

横領問題に見るスタートアップ管理体制の課題

2020.07.24

2020年6月10日に、エルピクセル株式会社の元取締役が会社の資金から約33億5,000万円を横領(うち5億9,500万円は発覚前に返還)していたことが発覚、報道されました。大きな衝撃を持って迎えられたこのニュースを受け、スタートアップの管理体制について考えます。

(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)

拡大期のスタートアップが見落としがちなベーシックな管理体制

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は、未上場スタートアップの管理体制について取り上げたいと思います。2020年6月10日に、医療用 AI 開発ベンチャー企業、エルピクセル株式会社の口座から、経理担当の元取締役が現金29億円を着服し、FXの購入・取引に充てていたという横領事件の報道がありました。 村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):こういった不正行為を防ぐための方法は、複数の人間によるチェック体制を構築すること、社内規定を作ること、といった非常にベーシックな方法です。しかし、改めて気づかされるのは、こういった管理体制・仕組みを構築すること自体が、会社の成長過程の中で抜け落ちてしまいやすい、ということですね。 小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):設立されて間もない段階の会社では、「明日も会社を存続させられるかどうか」が最重要課題で、経営陣はキャッシュの残高に強い注意を払います。頻繁に通帳を睨んで、「いつ引き落としがある、いつ次の支払いが来る」といったレベルでキャッシュの流れを注視している。 今回の件は、そんな経営者ハンズオンの管理体制だったところから、会社組織として管理体制が整備されないまま、扱う金額が一気に数十億単位に増えてしまった、そのような状況だったのではないかと推察します。 朝倉:そうですね。黎明期のスタートアップにおいては、率直に言って、1ヶ月遅れで確認する財務三表はほぼ意味をなしません。何よりも大事なのは資金繰り表、もっと言えば、銀行通帳です。私自身、零細スタートアップの経営者を務めていた頃は、頻繁にオンラインバンクの口座残高を睨んでいました。 このように、例えば、数千万円規模の資金調達で活動しているような、規模の小さなスタートアップであれば、資金繰りに対する感度は非常に高いはずです。会社が順調に成長・拡大して、上場準備に向かうフェーズともなれば、管理体制、特に財務の管理体制は当たり前に整備されていきます。 しかし、ちょうどその中間にある規模・フェーズのスタートアップにおいては、管理体制の構築といった観点が抜け落ちてしまいがちなのかもしれません。ことに事業拡大に集中するスタートアップであればこそ、管理体制の構築、といったトピックには、経営陣もなかなか気乗りしない面もあるのでしょう。

経営者の善管注意義務、投資家からのチェック体制

村上:そうですね。先日の事件を巡る報道の中で、「誰に責任があるのか」といった論調もありましたが、これはなかなか難しい論点です。やるべきことは非常にベーシックなことで、口座を管理する役員なり、管理職なりに、一人で管理させず相互にチェックする仕組みを作れればいい、それだけと言えばそれだけのことなのですが、上場審査前の段階で、財務管理体制のチェックがされているかといえば、そうでもないというのが現実なのでしょう。 投資家が財務管理のオペレーション体制まで十全にチェックしきれているのかというと、そうでもないでしょうし。経営陣においては、資金管理を適切に執り行うことは大きな責任ですから、善管注意義務違反を問われることになっても仕方ないと思います。プロダクトや事業の成長と同等以上に、資金管理は、経営者の重要な責務であるはずです。 朝倉:こういったガバナンスの問題における投資家の立場が問われる論調もありますが、ここまで大規模な横領が起きる例は稀で、日本のスタートアップ業界ではあまり発生してきませんでした。村上さんが述べたように、ベーシックな管理体制があれば、通常は起きないことですが、今回明らかになったように、いざ発生したときには非常に大きなインシデントに発展する、経営上の重いリスクです。

善管注意義務の観点からも、経営者はより、管理体制に対する意識を高めていかなければならないでしょうし、実際にこうした事案が発生した以上、会社を取り巻く投資家も、資金に対するチェックの目をより厳しくせざるを得ないでしょう。 取締役、監査役といった機能に関しても、こういった状況を防ぐためのベストプラクティスを確率する必要があるでしょうね。

【シニフィアン:60分ウェビナー】ライフネット生命は如何にしてRe-IPOを決断し、実行したのか

7月29日(水)18時より、シニフィアンは60分ウェビナーを開催します。 ライフネット生命 森社長、近藤執行役員をお迎えし、「ライフネット生命は如何にしてRe-IPOを決断し、実行したのか」について、お話しいただきます。 2020年7月3日にローンチされた、ライフネット生命の海外募集による新株発行及び株式売出の背景について、2年前に経営のバトンを受け継いだ森社長、また本資金調達の実務責任者である近藤執行役員と、シニフィアン村上が語ります。 参加をご希望の方は、こちらからご登録ください。 オファリングの概要については、以下のnote記事をご参照ください。 ライフネット生命の"Re-IPO":海外募集による新株発行及び株式売出 ※ なお、シニフィアンは本オファリングについて経営側のアドバイザーの立場で議論やご支援をさせていただきました。