前回に引き続き、先日出版されたシニフィアン共同代表・朝倉の新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』について紹介します。今回は会社の中でファイナンスに主に携わるCFOについて取り上げます。人によって捉え方が異なるCFOの仕事について、シニフィアンの3名が考えます。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(編集:箕輪編集室 神平歩美、佐々木信行、篠原舞)
CFOの役割は人によって解釈が違う
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉) :今回の『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』は、タイトルからも分かる通りファイナンスを扱った本です。それも、投資理論ではなく、会社側から見たコーポレート・ファイナンスを扱う本ですね。 会社の中でファイナンスを専門的に担当する人のことを、「CFO(Chief Financial Officer)」と呼ぶじゃないですか。じゃあ「CFOって何をする仕事なのか? 」と言うと、実は人によって捉え方が違うんじゃないかと思っています。これは僕自身がスタートアップの経営者を務め、また上場してそんなに時間が経っていない比較的若い会社を経営するなかで感じたことでもあります。 例えば、僕がやりとりしていたあるCFOは「CFOっていうのは資金調達をする役割です」と言い切っていたわけですよ。「お金を調達することが仕事なんだから、調達の機会が少ない上場以降って実はやることないんです」と平気で言う。 だけど世の中を見渡してみたら、非常に大きい会社でしばらく資金を調達していない会社であっても、「CFO」と呼ばれる人はいるわけですよね。じゃあそのCFOが、果たしてCFOとしての機能を果たしていないのかと言うと、決してそんなことはないはずです。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):確かに上場して会社が大きくなっていると、そんなに頻繁に資金調達するわけではなくなる。そうなると、いわゆるコーポレート部門を統括する人だったり、あるいはIRをずっとやっている人といった、管理部門の代表格みたいな見られ方をすることがありますよね。
朝倉:そうした見られ方のように、ファイナンスの機能の一側面でイメージを持たれることが多いように思います。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。大企業からスタートアップまで、幅広い企業のCFOの方とお話しすることがありますが、面白いことに、会社によってCFOの方が経験してきた業務に一定の幅が見られるんですよ。全員が経理財務部門の出身かというとそうではない。もちろんピュアな経理財務から上がってきた方もいらっしゃいますが、例えば、グローバルの事業責任者を歴任された方など、異なるバックグラウンドの方もいる。事業を全社的に見る、財務という視点から見るなど、会社の将来を考える上で、どういう方が適任かを考えるケースが出てきているのでしょうね。 分かりやすい例だと、キャッシュコンバージョンサイクルを短くしないといけないっていうテーマが前面に出ていると、調達出身の人がいいんじゃないかとか。資金じゃなくて、資材の調達の方ね。
朝倉:資材ね。プロキュアメントですね。
村上:資本市場との対話が大事だとなると、資本市場と接することに慣れた方が選ばれることもあるでしょう。それも単にIR経験者だから良いというわけではありません。例えば、事業の内容が複雑で、肌感をもって生々しく伝えられる方がいい場合、事業経験者が資本市場の窓口になった方がいい、ということもあります。企業のフェーズにあった経験を持ったCFOが着任して結果を出すケースもあると思うんですよね。
朝倉:ええ。
村上:そういう意味では、社長になられましたけど、SONYの吉田(憲一郎)さん。もともとはSo-netの社長を務めてらっしゃいましたが、平井社長時代にSONY本体のCFOになられて、SONY再建に大きな成果を挙げ、社長になられました。新しいCFOの十時(裕樹)さんもユニークな経歴の持ち主です。普通は経理・財務部長がCFOになるケースが多いと思いますが、SONYのような大企業でも、管理部門にとどまらない多様な経験を持った方がCFOに抜擢される例が増えているというのは、企業がCFOの役割を単なる調達屋さんではなく多面的に捉えてきている証拠だと思います。
小林:国内事業中心であったJT(日本たばこ産業)が積極的に海外M&Aに取り組んで行ったときの旗振り役となったCFOの新貝(康司)さんも、いわゆるコーポレート部門ではないところからの出身ですよね。
朝倉:もともと工場にいらした方でしたっけ?
小林:そうですね。
村上:一方で米国のCFO事情を見ると、内部昇格でも事業経験者でもなく、いきなりバンカーなどの外部の資本市場経験者を抜擢するケースが日本より多いように思います。日本だと、いきなりバンカーが大企業のCFOになるとか、プライベート・エクイティ出身者が抜擢されるって、なかなか考えられないですよね。その背景を考えてみると、米国の方がより資本・資産の配分や、どう資本市場と対話していくか、どう財務戦略を事業の成長に繋げるかといった観点を重視しているからだと思います。 米国ではこうした観点が会社の成長に貢献するという見解が共有されているからこそ、そうした経験を持つ人をCFOに抜擢しているのでしょうね。
会計とファイナンスの違いは意思の有無
朝倉:スタートアップのCFOを例に考えてみましょうか。以前に、外資系金融人材がスタートアップに来ているという話をしたじゃないですか。マネーフォワードの金坂(直哉)さんや、僕が社外取締役を務めるラクスルの永見(世央)さん、メルカリさんの長澤(啓)さんなどを含め、いろんな方がゴールドマンサックスやモルガン・スタンレー、JPモルガンといった外資系の投資銀行からスタートアップの世界に来ていると。これって一つの新しい現象だと思います。 それに対して、監査法人などにお勤めだった方々が、スタートアップのCFOをなさっているケースもありますよね。会計士や税理士といった方々。 で、前者と後者で、同じCFOと言っても、得意になさっている分野や主に取り組んでらっしゃることが明確に違うなと感じることはありますよね。
村上:スタートアップが一定の成長を実現し始めると、急成長にあわせて管理部門を強化することが強く求められるますよね。その際、中に管理部門の経験をもった人がいないので、会計周りのプロフェッショナルの方を採用するのはよくあることです。これはこれでスタートアップの成長においてとても意義のあることですよね。一方で、管理部門の強化という文脈と、戦略的に資本市場と対峙する役割の間には、少しギャップがあるように思います。CFOを狭義の機能で捉えてしまうと、このギャップの大きさに気がつかない。 大企業の一部は徐々に戦略的なCFOを抜擢するケースが増えているし、スタートアップも一部そうなってきています。人材の供給さえ追いつけば、このトレンドは継続するんじゃないでしょうか。
小林:実際、監査法人出身者や会計士の方がスタートアップに加わるケースって多々ありますし、GMOのCFOである安田(昌史)さんのように、監査法人出身で名CFOとして評価されていらっしゃる方もいます。 ただ、監査法人を出てCFOとなった時にチャレンジになる点を敢えて挙げるとすると、会計とファイナンスの指向性の違いがあると思います。ファイナンスの場合、どういう意思をもって将来的な企業価値向上を考えてるか、つまり、自分の意思をどう込めてるかっていう点が大事ですよね。それに対して会計って意思を込めてやるものではなくて、きちんとしたルールにのっとって厳格にやるものなわけです。
朝倉:虚心坦懐にね。
小林:そうなんですよ。ルールにのっとって、むしろ意思を込めてはならない。こうした点で、意思を込めない会計と、積極的に未来に向けて意思を込めるファイナンスの間には隔たりがある。そういう意味で志向性やスキル面での違いはあるように感じますね。
村上:今回の本で説明しているファイナンスという活動の中で、本質的に大事で、そのわりに普段なかなか意識にあがってこないことは、外部に説明することの重要性です。 「いやいや、そのために会計ルールに沿って開示資料を準備しているんでしょ」という声が聞こえてきそうですが、そうではありません。説明に活かせるファイナンス思考というのは、自社をどういう角度で切り取っていくか、相対的な比較優位性をどう説明していくか、どういうコミニュケーションスタイルで伝えるかといったこと。切り取られた会計数値が全てを自動的に語ってくれるわけではありません。それはあくまでルールに沿った事実であって、それをどう説明していくかが大事。決して、会計ルールを捻じ曲げて、数字をいじることではない。現状を踏まえてどう未来を語るか、この説明にファイナンス思考が活かされると思います。 「コミュニケーション」という観点を含めて、ファイナンス思考とは何か、どう活用できるのか。こういった問いを小難しいファイナンス理論ではなく、シンプルなフレームワークで説明しようとしている点が、この本の面白いところではないかと思います。
CFOの役割はアップデートされ続ける
朝倉:小林さんはDeNAでCSO(Chief Strategy Officer)っていうタイトルだったじゃないですか。
小林:はい。
朝倉:コロプラの長谷部(潤)さんもCSOですよね、タイトルは。
小林:そうでしたね。その後、CFO兼CSOとなって、今はCFOですね。
朝倉:CSOはCFOの違いというのは、どう捉えればよいですか?
小林:CFOとCSOをどういう役割のキーにするかっていうのは、それこそハーバードビジネスレビューにもそういう特集が組み込まれたことがあったんですけれども、いろんな考え方があると思います。 一つには、攻めと守りを分担した方がいいんじゃないかという役割分担の考え方がありますね。積極的に外に攻めていく戦略策定だったり、コーポレートディベロップメントだったりっていう機能をCSO側が担う、という分担です。しかし、一方でCFOって守りばっかりやってるのか、みたいな話も当然出てくるわけです。
朝倉:そうでしょうね。
小林:CFOの代表的な役割の一つと多くの人が認識している資金調達にしても、単に守りからではなくて、攻めの目的から実施する調達してるのはスタートアップでよくあることですし。
朝倉:そりゃそうですね。
小林:最近は揺り戻しもあって、そもそも分けるべきものなんですかっていう議論もよく聞きますね。先ほど名前のあがったコロプラの長谷部さんもCSO兼CFOになったわけですし。
朝倉:これからもCFOなりCSOの定義や求められる役割も変わっていくのでしょうね。そうした中で、その時々に適したベストプラクティスが生まれてくるということでしょうね。
小林:そういうことでしょうね。
『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』7月12日発売
売上・利益の前年比増減に一喜一憂する「PL脳」に陥っていたら、日本にAmazonは生まれない! 将来の意思決定を可能にするファイナンス的な発想こそが、今のような先行き不透明な時代には一人ひとりのビジネスパーソンに不可欠です。その背景について実践例も紹介しながら、シニフィアンの朝倉が解説する1冊です。
朝倉 祐介
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
村上 誠典
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。
小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。