COLUMN

上場を見据えたスタートアップに求められる事業計画の精度向上

2021.03.07

レイトステージのスタートアップが意識すべきポイントの1つが、上場後を見据えた外部のステークホルダーとの信頼関係構築。その裏付けとなるのが「事業計画の精度」です。グロースキャピタルとしての切り口で、「精度」の意義について考えます。

(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)

事業計画しと実績のPDCAサイクルが回せているか

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):私たちシニフィアンはグロースキャピタル「THE FUND」を運営していますが、レイトステージのスタートアップを見る際には、主に5つのポイントを見ています。「経営チーム」「事業の価値」「上場企業候補としての耐性」「財務体質」「投資条件」ですね。5つあるので我々は「ペンタグラム」と呼んでいます。

過去に「経営チーム」と「事業の価値」についてお話をしました。

今回からは「上場企業候補としての耐性」について考えていきます。「上場企業としてやっていく準備ができているか?」を検討するにあたり、5つの観点があると思います。1つ目は「事業計画の精度」、2番目は「経営管理体制」、3番目は「ガバナンス体制」、4番目は「コンプライアンス体制」。そして最後が「組織拡大に対する耐性」です。

「上場企業候補としての耐性」という観点は、ベンチャーキャピタル(VC)であればあまり論点にならない、グロースキャピタルならではの要素だと思います。

今回は、「上場企業候補としての耐性」の内、「事業計画の精度」について考えてみましょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):シード・アーリー期のスタートアップの場合、立てた事業計画に対して実績がどうだったかというトラックレコードがほとんどないですよね。事業そのものがピボットする可能性もありますし、「事業計画の精度」を議論できるだけの材料が、あまりないと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):「精度」という言葉に表れていますが、自分たちの見通しに対して、実績がどれだけマッチしているかというのは、我々が注意して見ているポイントですね。

朝倉:以前、「経営チームのエグゼキューション力が重要だ」という話をしましたが、計画の精度はエグゼキューションとも関連する内容です。要は自分たちが立てた計画を、きちんと実行に移し、達成できているのか、ということですから。

村上:IPO直前のレイトステージのスタートアップは、既に何期も経営をしてきて、事業計画と実績のPDCAサイクルを回してきているはずです。我々も経営管理の側面で、そうしたPDCAサイクルがしっかり最適化できているかという点に注目しています。

小林::単に、きれいに整ったエクセルを作るといった「精度」ではなく、計画の実行と振り返りといったサイクルが回せているかということですね。

「計画をどう実行するか」という戦略も必要

村上:外部のステークホルダーに対して自社の説明をするにあたり、ステークホルダーが身内のようなVCが中心だと、計画に含まれるリスクや、投資に対するリターンの見立て、目標に対する進捗、未達なら未達の理由、といったことも、ある程度は阿吽(あうん)の呼吸で理解してもらえるでしょう。

しかし、上場すると、それまで全く接点のなかった外部のステークホルダーが何万人にも膨らむ可能性があり、その人たちは会社のデジタルな説明資料やトラックレコードを見るだけで投資判断をします。ですから、計画の「精度」が高いかどうかが、上場企業として非常にクリティカルになります。

小林:見通し能力の高さはどのくらいか、それと並行して実行能力はどれだけあるかという点で、「精度」という言葉には市場の見極め、また自分たちの実行力の見極めの精度も含まれますね。

村上:事業戦略・事業計画を立てながら、実行プラン・戦術も合わせて練る重要性は、より増してくることでしょう。

朝倉:事業計画の前提となる戦略と一気通貫した実行プラン・戦術がセットで提示されると、事業計画に一層の迫力が出てきますね。

上場企業としての実力を証明するライセンス

村上:職業柄、ものすごい数の事業計画を見たり作ったりしてきましたが、改めて思うのは、事業計画は経営のセンスの表れなんですよね。おしゃれな人は洋服選びや着こなしが上手というのと一緒で、事業計画を見た瞬間、経営センスの良し悪しが分かる。もちろん、それがすべてとは言いませんが、その違いは明らかに表れると思っています。

朝倉:事業計画上の数字に「魂が込められているのか」がポイントですね。

単なる成り行きではなく、ターゲットとする顧客がこれだけいて、今期はこれくらいアプローチできるから、この程度の顧客獲得を達成できる、といった意思の反映された計画になっているか。あるいは、逆算型で、目指している水準に達するためには、これくらいの顧客獲得が必要だ、そのためにこういった戦略戦術を展開する、といった組み立て方もあることでしょう。

いずれにせよ、経営としての意思が込められた計画かどうかは、重要だと思います。

村上:例えば、重要経営指標(KPI)の選び方にしても、魂が込められている場合は経営上の意思が明確に表れているんですよね。経営として目指すゴール、そこに到達するための戦略、それが落とし込まれた計画・KPI、すべてに経営の意思とセンスが表れると思います。

上場後はプロダクト磨きのセンスよりも、経営のセンスを問われるフェーズに移行すると思います。一番手っ取り早くそのセンスが表れるのが事業計画だと思うので、投資家の立場では注視したいですね。

朝倉:「上場企業候補としての耐性」として、5項目をブレイクダウンして挙げましたが、真っ先に「事業計画の精度」を取り上げているのは、我々がそれだけ事業計画を重視しているからです。

よく「初期のスタートアップに事業計画は必要ない」といったことが言われますが、シード・アーリーとレイトで、事業計画の重み付けは全く異なるということですね。