事業計画の策定プロセスには、多くのスタートアップ経営者が頭を悩ませるのではないでしょうか。今回は精度の高い事業計画を策定するにあたって何が必要か、5つのポイントに分けて考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)
そのKPIは会社のフェーズに合っているか?
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):以前、スタートアップにおける事業計画の要否や適切な策定時期についてお話ししたことがありますが、今回は精度の高い事業計画を策定するためにはどうすればいいのかについて考えましょう。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):これは、スタートアップの方々から出る頻出質問の1つですよね。会社ごとに特色が出やすい部分でもあり、正解というものはありませんが、押さえておくべきポイントはある気がします。
朝倉:上場企業に必要なのはもちろんのこと、未上場企業であっても、ステージがミドル・レイターへと進めば進むほど、事業計画の重要性は増します。
一言に「事業計画」と言っても、人によってイメージしているものが異なると思うので念のため確認しておくと、ここで言う事業計画とは、パワーポイントなどで作成されたピッチ資料ではなく、主にスプレッドシート、Excel等で表現される、売上、利益、KPI、及びそれらの試算ロジックなどを網羅した資料のことです。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):事業計画の精度を上げる際に、押さえておくべきポイントは5つあると思います。まず1つ目が、KPI設定の妥当性。2つ目が、積み上げ式策定・逆算式策定のバランス。3つ目が、ユーザー・ペルソナのリアリティ。4つ目が、TAM(Total Addressable Market:実現可能な最大の市場規模)の妥当性。そして5つ目が短期的・長期的視点のバランスです。
順を追って考えていきましょう。まず、1つ目のKPIですが、これは業態によってもまちまちですし、成長フェーズによって変化していくものだと思います。例えば、営業人員を増やせば掛け算で売上もどんどん伸びるというフェーズがあったとしても、3年後、5年後にも同じロジックで成長し続けられるかと言うと、そうではありません。
フェーズが進むと、それまでとは異なるKPIで事業計画を考えたほうが実態に合っているし、外部の人に伝わりやすいというケースは結構目にする気がします。
ですから、事業計画の精度を高めるためには、フェーズごとに議論しながらKPIを柔軟に変えていくべきだと思います。逆に言えば、KPIは一度決めたら終わりではなく、常にその妥当性を意識すべき、と言うことですね。
フェーズによって積み上げ式策定・逆算式策定を使い分ける
小林:事業計画を積み上げ式で策定するのか、逆算式で策定するのかという点に関しては、会社のフェーズによって適した方法が変わってきますね。初期フェーズだと、自社のリソースが制約条件となりますから、それをどう増やしていくかが事業計画策定の際のキーファクターになります。自分たちの手元にある材料から積み上げ方式で計算できるわけです。
一方で、会社や事業・プロダクトの規模が大きくなってくると、マーケットの上限や白地から逆算して考える必要が出てきます。
朝倉:事業規模が小さいうちはシェアも低いため、やればやるほど伸びていくけれど、事業が成熟するにつれ、シェアが高まり、マーケットの上限が見えてくると言うことですね。
小林:例えば、売上を1社あたり単価×社数で算出できる事業形態なら、クライアントは現実的に何社まで獲得できるのか、単価はどこまで伸ばせるのか、といった点が、より重要になっていくでしょう。
朝倉:スタートした時は、自社のリソースに、特定のパラメーターを掛け合わせたら線形的に会社が成長していくと想定していたものが、事業が成熟してくるにつれて同じ試算方法では通用しなくなってくる、ということですね。
規模が大きくなるにつれて、今までと同じように人員数といった自社のリソースを無尽蔵に増やしていくことができるのかといった点や、マーケットの上限、競合とのシェアの奪い合いと言った要素も絡み合ってきます。ドミナントポジションを獲得する戦略、競合優位性を確立する戦略なども、投資家が注視するポイントになるでしょう。
リアリティあるユーザー像を共有する
村上:3つ目に挙げた、リアリティのあるユーザーイメージを持てているかどうかについてですが、これも会社の成長に伴って生じがちな論点です。事業が一定規模に達すると、さらなる成長のためにより大きなマーケットにアプローチをしていかなければなりません。その際、大きな母集団に注目し過ぎて、具体的なユーザーのイメージが欠落した事業計画を策定してしまうというケースも見受けられます。
朝倉:初期のサービス設計時には、多くのスタートアップが具体的なペルソナを強く意識します。「都心に住んでいる20代の働く女性」といった粒度のターゲットセグメントをさらに噛み砕き、一人の特定の人物像にまで具体的にイメージした上で、その人に刺さるプロダクトを提供していくというアプローチを採るものです。
ですが、ある程度事業が大きくなると、ターゲットを数字で語ってしまい、自分たちが抱えているユーザーがどういう人たちなのかを見失ってしまいがちですね。
村上:はい。既存ユーザー・潜在ユーザーをリアリティを持って分析できていないと、事業計画全体がリアリティのないものになります。事業がスケールしても、具体的な顧客やユーザーをイメージした戦略・計画・説明が必要だと思います。
朝倉:これはBtoBでもBtoCでも言えることですね。BtoBなら、自分たちの顧客を、大企業・中小企業といった大カテゴリで捉えるのではなく、事業内容、人員体制、意思決定プロセスといった細部まで顧客像を落とし込んで考えていかないと、リアリティを失ってしまうでしょう。
TAMが大きくても、説明できなければ意味がない
小林:TAMも随分と意識されるようになりましたが、自分たちがアプローチできるマーケットが最大何兆円、何千億円、何万社なのかといった大きな数字が羅列されているばかりでは意味がありません。
何らかの切り口・視点から、その最大市場を細かく分解していくことで事業戦略や事業計画の解像度が上がっていくわけであって、最大社数×社単で最大売上規模いくら、というような計算では全く説得力のない事業計画書になってしまいます。
朝倉:算出ロジックの説明がないまま、その会社が設定しているTAMの数値だけを伝えられても正直よく分からないですよね。
小林:はい。TAMは、数値が大きければ大きい程いいと思われがちですが、大きくても解像度が粗くてイメージが掴みづらい計画は、実行性が乏しいと思われてしまいます。
村上:5つ目の、短期的・長期的視点にも関連してきますが、直近1年の計画は表現できていても、どうしたらより大きなTAMにアプローチしていけるのか、長い時間軸での成長イメージが描けていないと、投資家の説得は困難になるでしょう。
事業計画には、短期予算計画の延長という側面と、長期的・戦略的なTAM実現への道筋という側面があり、どちらが欠けても片手落ちの状態になります。ですから、実績・短期的成長見通し・長期的なTAM実現の見通しをうまくつなぎ合わせることが必要になるのだと思います。
小林:まとめると、KPI設定は妥当か、積み上げ式・逆算式の算出ロジックをどちらも意識できているか、リアリティのあるユーザーイメージは持てているか、TAMの算出ロジックは妥当か、短期的・長期的な視点どちらも意識できているか。この辺りが事業計画の精度を上げるためのチェックポイントとして有効だと言えるのではないでしょうか。
朝倉:自分たちで話しながらも、今回は耳が痛いと思うところもありますね。というのも、自分たちがマザーズ上場企業の経営をしていたときに、今回挙げられたポイントを完璧に実行できていたのかというと、正直なところそうとは言えません。行うは難しで、未上場のスタートアップだけでなく上場企業であっても、この観点でパーフェクトな企業はなかなかないのではないか、というのが私の実感です。
村上:そうですね。なかなか超えられないハードルだと思います。