COLUMN

スタートアップはどこまで詳細に事業計画を作り込むべきか?

2019.07.26

「スタートアップに事業計画は必要ない」といった声を耳にすることがありますが、それでは、スタートアップはどのタイミングから、どのくらいの粒度でビジネスプランを作るべきなのでしょうか。大企業での事業計画策定との違いも参照しながら、考えてみましょう。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

事業計画を作る適正タイミング

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は事業計画の立て方について考えてみたいと思います。大企業では、社外向けのコミュニケーションや社内向けの管理のために、事業の成長を反映した事業計画や中期経営計画を立てますよね。 一方で、これからプロダクトを開発しようとしているシード段階のスタートアップでは、事業計画など立てようがない、作る意味がないといった声をよく耳にします。そのフェーズでは、事業計画を考えるよりも、プロダクトのコンセプトなどを考えることのほうが重要であるという考え方ですね。 それでは、どのタイミングからどの程度の粒度で事業計画を作るのがいいのか、考えてみましょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):いくつかの視点に分けて議論しましょう。まず、会社を作る側の視点から考えると、事業計画を作れないタイミングでは作ってはいけないし、作る必要もないと思います。無理やりに作ったとしても、そこに反映されている数値に意味はないでしょう。「事業の将来性を考えると計画としてはこんな感じだろうな」というイメージが湧くフェーズであることが、事業計画を作成するうえでの必要条件だと思います。

もう一つの視点は、外部とのコミュニケーションにおける事業計画の意義です。会社が存続していくと、必然的にステークホルダー(利害関係者)が増えていきます。従業員や株主、新規の資金調達先、アライアンス先などが増えてくるにつれて、そうした方々の期待レベルに合致した物が提示できないと、会社としてコミュニケーションがしづらいという状況が出てきます。 事業計画を作る適正なタイミングについては、自社の視点と外部とのコミュニケーション上の必要性という2つの観点から検討すべきであるというのが、基本的な考え方です。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):最近はリーンキャンバスなど、改変性が高く、トライ&エラーがしやすいフォーマットを通じて事業の説明が行われるようになっていますが、自分たちが一体何を試しているのか、どんな仮設を検証しようとしているのかを認識することは大切だと思います。 私は、事業計画の作り方が分からない状況であっても、何かしら自社の取り組みを表現する試みは必要なんじゃないかと考えています。

短期的予算計画の延長と長期的見通し。事業計画の2側面

朝倉: プロダクト・マーケット・フィットやユニットエコノミクスが確立していなかったとしても、「大体こんな感じになるのではないかな? 」という認識がある程度持てるようになるタイミングが適しているのかもしれませんね。

村上:全くプロダクト・マーケット・フィットが成立していないのに、TAM(Total Addressable Market)だけで事業計画を作っているパターンも見聞きします。ですが、その前にまずは、予算繰りを含めた短期間の計画・目標を立てられるようになっていることが必要でしょうね。

前提として、事業計画は短期的な予算計画の延長線上の側面と、長期的なTAMの見通しの側面があることを認識することです。この2つが合致したタイミングが、事業計画の整合性が担保される時なのではないでしょうか。

朝倉:その点では、トップラインの伸びは予測できないにしても、コスト計画はどのフェーズでも読みがあるはずですからね。

村上:トップラインの成長が見えていなかったとしても、「これだけトップラインを伸ばしたい」という目標を定めれば、それに伴って採用やパイプライン、ローンチの目標などが見えてくるはずです。このように、目標値を設定し、予算化が見えてきて、数年後の予算はどうなるのかという議論ができるような段階が、事業計画作成に適したタイミングなんじゃないでしょうか。

複雑性が増した事業をいかに説明するか

朝倉:事業がある程度進捗しているスタートアップで、特定のプロダクトは既に仕上がっている一方で、新たな事業を始めようとしている場合、事業計画作成の複雑さが増しますよね。

既存事業は既に実績が出ており、計画に蓋然性があったとしても、新たなプロダクトはシード段階という状況で、なおかつ新規事業の方の成長期待度が大きいといった場合、事業計画の作り方も複雑になってしまいます。

小林:これは上場後によく起こりますよね。前職の時にもありました。全く当たるかどうか読めないようなフェーズの事業と、着実に読める事業が同居する時の事業計画の作り方は、多くの会社があるタイミングで出会い、悩むと思います。 新規事業には投資枠やコスト枠のようなものを置いて、どれくらいのチャレンジまでなら許容するかの関係性を握るのがいい気がします。

村上:上場企業において、投資家は特段、長期の計画を発表することを求めていないじゃないですか?

小林:そうですね。大体3年、長くて5年くらいですかね。

村上:大企業になればなるほど、足元をしっかりと固めて結果を出しておけば、長期の計画については、「こういうマーケットに対してこういう競争力で事業を開発します」という話で投資家は理解すると思います。 一方で、スタートアップの段階で、やたらと曖昧なビジョンや将来像に無理やり数字を合わせたような計画を作ってしまうと、逆に全体の計画の確からしさ、信頼性が下がってしまうでしょう。

スタートアップであれば、短期・積み上げ式の作り方と、長期・ゴール逆算式の作り方の2つをうまく使い分ける必要があります。細かく積み上げている数字はしっかり予算ベースで作成しながら、長期的な目標に関しては、大きなビジョンやTAM、競争戦略を示し、投資家と対話できるのが理想ですよね。

無理やり大きな絵を描いて、それだけに事業の説明が偏ってしまうと、朝倉さんが言った「事業計画の複雑性」は乗り越えづらいと思うんですよ。最悪のケースは、投資家からは「あいつ、言ってることザルだな」と思われてしまい、作ってる側は「こんなにすごいビジョンを語っているのに、相手に全く理解力がない」と憤慨するいった齟齬が起きてしまうことです。 事業運営の複雑性が高い時には、単に数字だけでなく、対話を重ねることで理解を深めてもらうといったスタイルを採らないと苦しいかもしれません。

既存プロダクトは過去実績で語る

朝倉:複雑性が高い状況という点で言うと、例えば、既にシリーズB、シリーズCと、何度か外部からの資金調達を重ねているスタートアップの場合、自分たちの既存プロダクトは細かい粒度、確度で物事を語っていて、なおかつ、新しく始めるプロダクトについても、その既存プロダクトと同程度の確信を持って外部と話していると、聞き手と話し手との間でコミュニケーションが噛み合わないことが往々に起こるように感じます。

スタートアップ側としては、既に自分たちはシリーズB、Cといった段階の、事業が確立した会社であるという認識にもとづいて、新規プロダクトも既存プロダクトと同じような確度で語っているけれども、聞き手は「それはそれ、これはこれ」で、新規事業についてはゼロからの目線で評価するため、両者の話が噛み合わないといった状況です。

村上:そういった複雑性によるコミュニケーションの齟齬を緩和するためには、事業計画の説明の際に、過去の実績数値を活用するのがいいんだと思います。既存事業は過去数値からのトラックレコードの延長線で説明ができる。一方で、新規事業には過去数値がありませんから、よりロジックや戦略の説明が重視されます。

両者は、過去数値の有無の点で、重ね合わせることにそもそも無理があります。そこを理解し、既存事業は過去数値を重視して説明し、新規事業はロジックや戦略性を重視して説明する、というように分けて説明する癖を付けると、聞く側も理解しやすくなるんじゃないでしょうか。

各事業のフェーズを切り分けて考える

村上:事業の複雑性が高い時にもう一つ大事なのは、エクセルのひとり歩きを避けることです。例えば投資家との対話では、冒頭で「既存事業は予算を達成する確率が高いために手元資金に余裕があり、新規事業に関してはマーケティング戦略も投資戦略も柔軟性がある」といった一工夫を加えるようなことですね。それが無いと、投資家も数値を見ただけでは理解しづらくなってしまいます。

小林:確かにそうですね。まず、それぞれの事業がどのフェーズにあって、どの粒度で語るべきなのかを把握することが必要なんでしょうね。

村上:そこがしっかりできていないと、本当は非常にチャンスがある事業や計画を話さないといったケースが生じてしまいます。「本当はすごく面白いと思っている新規プロダクトがあるけど、理解してもらいにくいので、今回の説明資料には入れていません」といったような状況です。 こうした面白い可能性について伝えそびれてしまうのはもったいない。

小林:まだふわっとしていて、突っ込まれたら答えられないから資料に含めないといったケースですね。

村上:答えづらいからといって、可能性を感じていて、本当は注力したいと思っている事業について説明しないというのも、非常にもったいない話です。

小林:そういう意味では、フェーズ感も含めて、関係者に事業がどの粒度感かをきちんと伝えることが大切ですね。