事業リスクと市場リスクの2軸で考える株式市場の棲み分け —日本の株式市場のあり方に関する試案— Vol.2

現在行われている日本の株式市場再編に関する議論について、スタートアップ関係者の立場からシニフィアン共同代表・小林が考える5回シリーズの第2回。
今回は、「事業リスク」と「市場リスク」という2つの軸から、既存の4市場の状況を整理し、市場の棲み分けに関する試案をまとめています。
前回の「スタートアップ関係者のための、株式市場再編に関する論点と影響」はこちらをご参照ください。

本コラムの内容は、東京証券取引所主催の「市場構造のあり方等に関する懇談会」におけるシニフィアン株式会社の発表を加筆、修正したものです。

(文責:小林賢治)

「市場リスク」と「事業リスク」

 2019年2月現在、東京証券取引所には、東証1部、東証2部、マザーズ、JASDAQという、4つの異なる市場が併存していますが、東証と大証の経営統合といった経緯によって、その位置づけに重複した部分があります。こうした4市場の棲み分けもまた、株式市場再編の議論における重要な論点です。

 この点、異なる市場の棲み分けを考えるにあたり、「市場リスク」と「事業リスク」という2つの軸に整理して検討することが有効であると、筆者は考えています。
 まず、新興企業と実績のある企業では、事業リスクに大きな差があります。こうした事業リスクの大小によって市場を切り分けるという考えについては、すんなりと理解が進むのではないでしょうか。一方で、市場リスクについては、少々補足が必要でしょう。

 市場リスクには様々な要素が含まれますが、ここでは特に、「株式売買」と「価格決定」という株式市場の2つの役割が機能しているかどうかに注目して考えています。
 前者の「株式売買機能」は、投資家がまとまった量を売買できるだけの株式のトレーディング量、すなわち流動性があるかどうかによってリスク度合が判断されます。
 他方、後者の「価格決定機能」は、日々の取引が一部の(=特定方向に傾きやすい)市場参加者に依存するものではなく、幅広い志向性を持った投資家の間でなされるかどうかによってリスク度合が判断されます。
 言い換えるならば、市場リスクとは、「買いたい時に買い、売りたい時に売るということをまとまった量かつ適正と思われる価格でできるかどうか」によって判断されるものです。
 以上の2つの機能は、上場している株式であれば当たり前に保証されていることのようにも思えますが、実際にはそうではありません。この点について、少々長くなりますが、機関投資家として日本の上場株式を運用しているみさき投資・中神氏の著作を引用してみましょう。

 (投資家は)金主のお金を預かっている以上、「返してくれ」と言われれば、株式を売却して現金化しなくてはなりません。こういう宿命を背負っているがゆえに、投資家にとって好きな時に換金できるかという流動性は非常に重要なものなのです。
 ファンドでは何日で返金に応じるかという取り決めがなされており、…(中略)…公募投信の場合、現金化に10日以上かかるような投資はできませんし、長期・厳選投資を標榜する投資家でも現金化に100日以上かかるような投資を行うことには困難が伴います。
 具体例を考えてみましょう。…(中略)…実は1人の投資家が1日の売買に関与できる割合は概ね20%までと考えられています。それを超えて取引を行うと、その日の株価はその投資家1人の考えでつけられていると見られてしまうためです。よって、(1日の)売買代金が5000万円あっても、実際に1人の投資家が取引できる株式は20%の1000万円までです。…(中略)…(この仮定の場合)運用額50億円で10社に集中投資しているファンドは、1社当たりの投資金額は5億円なので、全て取引し終えるまで5億円÷1000万円=50日を要します。これが流動化日数と呼ばれる数値です。…(中略)…ファンドとしては、企業の売買代金が少ないと、せっかくいい会社なのに、運用額が増えてしまったのでみすみす売らざるを得ないという事態に陥ってしまうのです。
 経営者は日々自社の株式を売買するわけではないので、流動性がどれくらい重要かということはあまり関心を持っていないかもしれません。しかし流動性が十分にあれば、それだけ多様な投資家に注目される可能性が広がります。特に、企業の経営に注目し、中長期にわたって支えてくれる投資家を得たいと考えると、流動性を高めて置いた方が望ましいと言えます。

中神康議『投資される経営 売り買いされる経営』(日本経済新聞出版社、2016年)より

 大口の投資家が一気に売買しようとすると、自分たちの動きで株価を大きく動かしてしまうことがあります。そのため、一日に売買できる量は制限されてしまい、目標とする水準まで株式を売却する(あるいは買い集める)には、一定の日数を要してしまうのです。日々の流動性が低い銘柄の場合、この流動化日数がかかりすぎるために投資家から敬遠される、という指摘です。

 2点目の機能である「流動性を生み出す要因が、一部の市場参加者の高頻度の取引に限定されず、幅広い投資家の間で取引され得る」という点については、下記の例がわかりやすいでしょう。

(出所:Speedaデータを元にシニフィアン分析)

 これは、ある上場企業の上場日以降の流動性の推移を示した図です。この企業には下記のような特徴があります。

・ IPO時のオファリングサイズが非常に小さかった
・ 上場後は堅調に業績を伸ばしており、毎四半期大きく売上を伸ばしている
・ 筆頭株主ほか、大株主が上場後も継続保有しており、8割超の株主が株式を動かしていない(大量保有報告書等からの推計)

 この企業は、少なくとも業績面でいうと不人気になるどころか人気銘柄になってもおかしくない成果を出しています。しかしながら、実際の売買取引は初期の3ヶ月こそ旺盛であったものの、それ以降は急激に熱が冷め、ほとんど取引が行われなくなってしまっています。

 マザーズに上場する新興企業の場合、創業者の保有分など、そもそも市場に放出される可能性が非常に限定的な株式の比率が高く、一部の投機的な投資家がその銘柄に飽きてしまったら途端に流動性が下がる、という現象がよく起きます。上記の企業は一例ではありますが、これと同じように流動性が出ている期間が上場直後に偏っている新興企業は少なくありません。

 このような新興企業の場合、上場直後の取引が盛んな時期の数値が非常に高く出て、分析する期間の切り出し方によっては「流動性が高い」ように見えてしまうことがありますが、実際には一部の投機筋の頻繁な取引に依存しているものであり、望ましい流動性の形とは言えないでしょう。

流動性の低い銘柄の時価総額は幻想?

 市場リスクについて、価格決定機能における流動性の重要性をわかりやすく説明しているのが、東証1部上場企業レノバ社CFOである森氏の下記のコメントです。

流動性(日々の株式のトレード金額)も大事です。流動性の低い銘柄の時価総額は、バーチャルというか、バリュエーションの目線としてあまり参考になりません。例えるなら、流動性の低い銘柄の時価総額とは、巨大な氷山の表面を削った粉雪のようなものの取引金額をもって、氷山全体の価値を測るようなものです。粉雪を買っている人は単にカキ氷を異様に愛する人かもしれず、その単価の掛け算で氷山全体の価値を測ることは適切でありません。

Newspicks編集部「【300社分析】IPO後も株を上げる企業」に対するコメントより、森氏の承諾を得て掲載。誤字は引用者が修正

 同氏はバンカー及びCFOとして長く資本市場に携わってきた人物ですが、流動性が低い企業の株価は市場原理が正しく働いた結果ではない場合があり、このような株価は実務上もアテにできないことを述べています。この指摘は、筆者の実感とも合致するものです。
 以上の点を踏まえ、市場リスクと事業リスクの2軸で市場を整理してみると、現在の株式市場の構造が明確にわかります。

 上図の左側は現状を図式化したものです。

 前回に述べた東証と大証の経営統合の歴史的経緯から、JASDAQがマザーズと東証2部という2つの市場と重なる部分が大きいことには仕方がない面もあります。

 一方で、東証1部上場企業の中にも流動性が大きく低下し、市場リスクが上がってしまっている企業が存在しているのが実態です。こうした企業は、いわば市場から放置された企業です。2019年年初のようにマーケットが大きく動いた状況においても、ほとんどトレーディングされていない企業が一定数存在するのです。こうした企業群は、先に挙げた二氏の意見に則れば、機関投資家の投資対象となりづらい上に市場原理が働いておらず、株価自体もアテにならない存在であり、世間一般の「東証1部上場企業」のイメージからはかけ離れてしまっているのです。

 今回の市場の再編にあたっての懇談会の中では、「時価総額をベースとした制度設計を進めるべきではないか」という意見も委員から挙がっています。ただ、流動性が低い状況において時価総額がアテにならないことを踏まえると、単純にその数値のみを要件として1部の基準とする考えには疑問が生じます。むしろ、市場リスクの大小を測るという目的で、日々の取扱高と流通可能な株式(流通株式)の比率を見るべきではないでしょうか。

 以上の点から、筆者は、既存の上場企業を市場リスク、事業リスクという2軸で切り分けることによって、うまく市場の棲み分けを整理できるのではないかと考える次第です。

「流通株式」の定義を考える

 さて、市場リスクについては流動性に関する基準が現時点でも設けられており、上場審査基準にも上場廃止基準にも明記されています。それでは、そうした基準が設けられているにもかかわらず、実態としてほとんど取引されない企業が残存しているのはなぜなのでしょうか?

 その答えは、「流通株式」の定義にあると筆者は考えています。

 現在の4つの株式市場のうち、JASDAQを除く各市場は、上場審査において流通株式比率の基準を設けています(東証1部:35%、2部:30%、マザーズ:25%)。
 流通株式比率は、発行済株式のうち、実際に市場に流通し得る株式数の割合のことを指します。具体的な「流通株式」の数は、上場株式数から「固定株」の数を差し引いて算出します。この「流通株式」の定義が、実際の流動性を担保していないように見受けられるのです。

日本取引所が定める「流通株式」の定義は下記の通りです。

日本取引所「流通株式に関する基準 について」より

 上記のうち、②役員所有株式と③自己株式は明確です。注意すべきは、④の「上場株式数の10%以上を所有する者が所有する株式数」が「固定株」とみなされるということです。裏返して言えば、10%未満の株式を所有する株主が保有する株式は、日本取引所の定義では「流通株式」と見なされているのです。

 例えば新興企業の場合、創業メンバーやエンジェル投資家などが、10%未満の株式を保有しており、上場後も株式を継続保有し続けることも珍しくありません。この場合、定義上は流動性基準をクリアしているものの、実態としては市場に株式がほとんど流通していない、という事態が起こりえるのです。

 実際の流通株式が少ない状況で会社の業績が低迷すると、流通時価総額が小さくなり、結果としてアクティブな機関投資家がほぼ投資できない状況に陥ってしまうといったケースが生じるのです。

 新興企業の場合、そうした事態に陥らないように、多くの場合、東証1部への変更上場に合わせて既存株主からの売出などを行い、マーケットに流動性を提供しています(じげん社などがこのパターンです)。

 仮に、今議論されているように東証1部の基準が見直されると、マザーズから東証1部への変更上場のタイミングが後ろにずれることになり、新興企業の資本政策上、大きな方針変更を強いられることになります。

 この点については、次回のコラムでより詳しく議論します。

第1回:スタートアップ関係者のための、株式市場再編に関する論点と影響 —日本の株式市場のあり方に関する試案— Vol.1

小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。