スタートアップ関係者のための、株式市場再編に関する論点と影響 —日本の株式市場のあり方に関する試案— Vol.1

2018年の年末から2019年の年始にかけては、上場各社の株価が乱高下する様子が日々報じられました。一方で、こうしたマーケットの浮き沈みとは別に、株式市場関係者の注目を集めているのが、株式市場の再編に向けた検討の行方です。
スタートアップの経営にも密接に関わる日本の株式市場のあり方について、シニフィアン共同代表・小林による論考を5回に分けて掲載します。

第1回は、株式市場再編の議論に至った経緯と、今回の議論で検討されている論点、並びにスタートアップへの影響について整理します。

(文責:小林賢治)

はじめに 〜本論考の位置づけ〜

 日本のスタートアップの多くは、マザーズへの上場を目指します。未上場企業に対するリスクマネー提供の裾野が米国や中国ほどに広くない日本においては、マザーズ上場をステップにして東証1部へと昇格することが、会社を大きく成長させるうえでの王道になっています。

 その意味では、目下議論の的になっている株式市場の再編は、スタートアップにとっても本来極めて大きなインパクトを持つ問題であるはずです。それにもかかわらず、筆者自身も属するスタートアップ・コミュニティの中で、今回の市場再編について事態を把握している方があまりにも少ないのが現状です。スタートアップを取り巻くエコシステム全体に大きな影響を与えうるテーマであるにしては、実際に話題にしている方が少なすぎる、というのが偽らざる実感です。

 このような危機感から、本論考は主としてスタートアップ関係者を念頭にまとめています。また、単に現状の議論の状況をまとめることに留まらず、スタートアップ関係者の立場からはどのような制度設計が望ましいのかといった観点からの提言をも含めており、読者層、テーマのいずれにおいても、スタートアップ関係者を主軸においた内容となっています。

 後者の提言については、我々が踏み込んで述べるべき内容か悩ましくもありますが、具体的な案を呈示することで、さらなる議論の活性化の契機となることを願い、コラムとして公表する次第です。

 なお、本コラムの内容は、東京証券取引所主催の「市場構造のあり方等に関する懇談会」にてシニフィアン株式会社がゲストスピーカーとして招かれた際に発表した内容を加筆、修正したものです。この場を借りて、貴重な機会を頂戴したことを御礼申し上げます。

株式市場再編の議論に至る経緯

 2019年2月現在、東京証券取引所には、東証1部、東証2部、マザーズ、JASDAQという4つの一般向け現物株式市場が並存しています。こうした市場の併存は、大阪証券取引所によるジャスダックの吸収合併(2010年)、大証と東証の経営統合による現物市場の統合(2013年)といった経緯に起因するものです。

 2013年の統合当初は、既存投資家や発行体である上場企業の混乱を防ぐために大きな再編は行われず、現状維持に近い形がとられた経緯があります。その点、今回の市場再編に向けた検討は、日本取引所にとって、統合以来の積年の課題であると言えるでしょう。

 今回の市場見直しの検討にあたり、日本取引所は「市場構造の在り方等に関する懇談会」を発足し、外部の専門家を委員として招聘して議論を重ねています。今回の市場再編検討の狙いとして、日本取引所は下記のように述べています。

上場会社の企業価値の維持向上をより積極的に動機付け、国内外の多様な投資者からのより高い支持を 得られるものとなるよう検討していくことが、資本市場の持続的な発展、ひいては日本経済全体の発展に寄与していく観点から重要であると考えられます。

(日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」(論点ペーパー)より。下線は原文ママ)

 世界第3位の経済大国の上場株式市場を見直そうというのですから、単なる一企業のPMI(Post Merger Ingegrationの略。企業の合併後の統合プロセス)にとどまるものではありません。市場参加者への影響が大きいことを鑑みて、日本取引所は本件についての情報開示と合わせてパブリック・コメントという形で広く意見を募っています。

上場企業が多いことは悪なのか? 市場再編3つの論点

 今回の懇談会の論点は多岐にわたります。日本取引所から公開されたペーパーに基づくと、大論点としてI〜IIIの3つ、より詳細な論点として①〜⑦の論点が挙げられています。

I:エントリー市場の位置付けの明確化
 a.新興企業向け市場(マザーズ)
  ① 新興企業に対する上場後の成長の動機付けの在り方についてどう考えるか
  ② 新興企業向け市場における上場基準等の在り方についてどう考えるか
 b.実績のある企業向け市場(市場第二部、JASDAQ)
  ③ 実績のある企業向け市場における上場基準等の在り方についてどう考えるか
II:ステップアップ先の市場の在り方(市場第一部)
  ④ ステップアップ先の市場の上場会社として求められる基準・義務についてどう考えるか
  ⑤ ステップアップ先の市場の上場会社として求められる基準・義務を満たさなくなった場合の取扱いについてどう考えるか
III:市場からの退出の在り方
  ⑥ 上場廃止の在り方についてどう考えるか
  ⑦ その他上場制度上の課題等について

(日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」(論点ペーパー)より)

 一部のメディアでは、「拡大してきた『1部』の企業数を絞り込むほか、『2部』と新興企業向け『ジャスダック』を統合することが柱」(時事通信)、「最大のテーマが主力の1部市場の位置づけだ。東証は企業数を絞り込むことを目的に、500億~1000億円の時価総額の基準を設けることを検討する」(日経新聞)とも報じられています。

 かつては一流企業であることを示す称号であった「東証1部上場」が、上場企業数の増加とともに、ブランドとしても実態としても日本を代表する企業群を表すものではなくなってきていることに対する問題意識が高まっている様子が見て取れます。

 先にあげた記事中では、「時価総額500億~1000億円を基準として、約600~1000社に厳選し、『日本を代表する企業が上場する市場』を目指す」(日経新聞)ことも報じられており、検討段階とはいえ、かなり大掛かりな市場の再編を視野に入れた議論が行われているようです。

 こうした一連の報道を見る限り、今回の「市場構造の在り方等に関する懇談会」では東証1部上場企業数の「絞り込み」に力点が置かれているようにも感じられます。先に挙げた日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」(論点ペーパー)中の3つの大論点の内、

II:ステップアップ先の市場の在り方(市場第一部)
III:市場からの退出の在り方

(日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」(論点ペーパー)より)

に関わる内容です。

 この点、確かに他の先進諸国と比べると、日本はその経済規模に比して、上場企業数が多い状況に思われます(下記、取引所代表市場参照)。

日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」関連データ集より

 ここで立ち止まって考えるべきは、「上場企業数が多いことが、具体的にどういう問題につながっているのか?」ということでしょう。この点、現在懇談会で行われている議論の内容を確認すると、単なる上場企業数の多寡ではなく、「東証1部」という看板を背負うのにそぐわない企業までもが1部上場企業の中に含まれており、玉石混淆の状態になっていることがより懸念されていることが見て取れます。

経営努力の有無にかかわらず株価が底上げされる東証1部上場企業

 先に挙げた日経新聞の記事では以下のように、東証1部上場企業に対して、インデックス連動型のパッシブ投資家の資金が流れ込むことが問題点として挙げられています。

1部に上場すれば、代表的な株価指数である東証株価指数(TOPIX)の対象になる。日銀は年約6兆円の上場投資信託(ETF)を購入しており、株価の押し上げ効果が大きい。1部の上場企業にはこうした投資マネーの流入を当て込み、企業価値の向上をおろそかにするケースも指摘されていた。1部の基準見直しでこうした状況の是正を図る。

日経新聞

 下の図は、日銀によるETFの買い入れ量の推移を示したものです。2014年10月末の「量的・質的金融緩和」の拡大の発表を受けて、日銀はETFの買い入れ量を毎年拡大しており、2018年には6.5兆円もの買い入れを行なっています。

(出所:日銀)

 

 東証の投資部門別売買状況によると、2018年は海外投資家がここ10年間で最大の5.4兆円の売り越しをしたことがわかります。つまり、海外投資家の大きな売りに対して、日銀が過去最大規模の買い入れによって相場を買い支えた構図になっています。

 日銀は、2016年10月からETFの買い入れ方針を変更し、対象銘柄数が少ない日経平均連動型を主体とする方針から、東証1部の全企業を対象とするTOPIX型ETFの買い入れを7割とする方針へと変更したため、企業の業績に関わらず、買い支えによって累計数十兆円の日銀マネーが東証1部に上場する全ての銘柄に対して流入したわけです。

 これだけ大規模な買い入れを行なった結果、東証1部の多くの企業では、間接的に日銀が筆頭株主になるという事態が起こっています。ニッセイ基礎研究所の井出チーフ株式ストラテジストの推計によると、既に多くの企業で日銀は“隠れ大株主”となっています。

 また、日銀は買い入れを行うのみで、現状では売却を行っていないため、市場に流通する株式を減らし、値動きを激しくしているという市場関係者の声もあります。下記の「対浮動株比率の保有割合」を見ても、その影響の大きさが見て取れます。

(出所:ダイヤモンド・オンライン「日銀が「大株主」になる企業100社ランキング!3位太陽誘電、2位ファストリ、1位は?」での井出氏の推計より。2022年3月は日銀のETF買い入れのピークとなるタイミングと予想されている)

  “官製相場”の是非はさておき、「東証1部に上場する企業数は絞り込むべき」とする主張の背景には、「経営努力を怠っている企業に対しても、『東証1部上場』というだけでパッシブファンド等の資金が投じられ、株価が下支えされてしまっている」といった批判が込められているように見受けられます。

 このような問題意識から、TOPIXの対象をより選別し、「東証1部にふさわしい」企業に絞るという考えは確かに理解できます。市場原理を改めて機能させるという点で、東証1部上場基準の厳格化を歓迎する投資家も少なくないことでしょう。

 一方で、そうした選別が大きな荒療治になることは、想像に難くありません。既存の東証1部上場企業を市場から退出させることは、既存株主や発行体企業に甚大な影響を及ぼすことでしょう。既に、今回の絞り込みの報道が出て以降、TOPIXの対象見直しによる上場企業の株価への影響に関する複数の予測レポートが証券会社からも出されていますが、その影響は株価だけに留まるものではないと想定されます。

スタートアップにとっても他人事ではない、東証1部上場基準の厳格化

 また、こうした東証1部上場基準の厳格化の議論が盛んに行われる一方で、もう1つの論点であるはずの新興企業向け市場に関する議論は、あまり目にすることがありません。投資家目線での、市場の効率化に向けた議論は極めて重要ですが、同時に、上場市場が果たすべき大きな役割である「リスクマネーの提供」についても、この機会により活発な議論が交わされて然るべきでしょう。

I:エントリー市場の位置付けの明確化
 a.新興企業向け市場(マザーズ)
  ① 新興企業に対する上場後の成長の動機付けの在り方についてどう考えるか
  ② 新興企業向け市場における上場基準等の在り方についてどう考えるか
 b.実績のある企業向け市場(市場第二部、JASDAQ)
  ③ 実績のある企業向け市場における上場基準等の在り方についてどう考えるか

(日本取引所「市場構造の在り方等の検討に係る意見募集」(論点ペーパー)より)

 ここからは、東証1部のあるべき姿に関する議論を踏まえたうえで、新興企業への影響という観点に注目して考察します。

 さて、筆者の周辺の上場企業では、マザーズ上場の後、できるだけ速やかに東証1部に変更上場することを目指しているケースが多く見られます。下記の表は、2016〜2018年の間にマザーズから東証1部に変更上場になった企業を分析したものです。

(出所:東証データよりシニフィアン分析)

 上図を見ると、マザーズ上場後1〜2年間で東証1部に市場変更している企業が全体の3分の2を占めており、その中でも1割以上が、規定上の最短期間である上場後1年間で変更上場していることがわかります。

 1〜2年という短い期間の間に変更上場のプロセスを進めるため、マザーズ上場後も引き続き市場変更に向けた手続きや審査が続くことになります。新興企業の多くが、できるだけ迅速かつスムーズに変更上場を果たすために、マザーズ上場後から変更上場するまでの間、公募増資やM&Aなど、審査の際の確認項目となる大規模なコーポレートアクションを手控えるケースが少なくありません。また、東証1部への変更上場が比較的速やかに行われることから、「マザーズ上場時点ではそれほど大きな調達や売り出しを行わず、東証1部変更上場の際にオファリングを行う」という起業家や既存株主からの声を、実際にしばしば耳にします。

 しかし、「東証1部の基準」が見直されている今、その影響は既に東証1部に上場している企業にとどまらず、これから東証1部を目指そうとする新興上場企業・未上場企業にも及びます。これまでのように、マザーズをステップとして短期間で東証1部に市場変更する、というスタイルの資本政策が期待できなくなれば、事業運営に必要なリスクマネーの獲得方法や、既存株主の売り出しタイミングも考え直さなければなりません。

 次回以降は、新興企業のコミュニティに長く関わってきた人間として、ともすると見過ごされがちな「リスクマネーの提供」という観点から、株式市場の構造に関して論点を整理してみたいと思います。

小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。