中小企業庁がまとめた『2020年版中小企業白書』では、人的資本投資に力を入れている企業の労働生産性の上昇幅が大きいことがクローズアップされました。一方、スタートアップを中心に後を絶たないのが採用の失敗。ミスマッチはなぜ起こり、どうすれば防げるのかについて考えます。
(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)
過剰な高評価が生む「期待値のギャップ」
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):スタートアップの経営において起こりやすい問題の一つに「人材採用の失敗」が挙げられます。
ひと口に「失敗」と言っても、そもそも人選が間違っていたケース、採用後の接し方を間違えてしまったケースと、さまざまな場合があるでしょう。まずは、人選の失敗について考えてみましょう。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):経営者にも得意分野とそうでない分野があります。例えば、営業は得意だが、ファイナンスは専門分野ではない、とか、テクノロジーには詳しいが、営業のことはわからない、といったものですね。自分が苦手とする分野の人選は、どうしても難しいものです。
詳しくない分野で人材を採用しようとすると、経営者自身はスキル面の評価は的確にできません。その一方で、自分が確信を持てる別の観点、例えば経歴、レファレンスの質、人柄、カルチャーフィットなどから、応募者を評価してしまうことがあります。
実際に配属される部門の責任者などから、スキル面が気になると言った懸念が出たとしても、経営者が押し切ってしまうと、入社後に、本来期待していた能力が発揮されず、「期待値ギャップ」が顕在化するといったことが起こります。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):期待値ギャップがより顕著に表れがちなのは、経営者自身、対峙する中で相手が優秀かどうかの確信が持てなくても、経歴やキャリアが優れているために安易に受け入れてしまうパターンですね。MBA ホルダーや有名コンサルティングファーム出身の人材で起きがちです。
「キラキラキャリア」に目が眩みがちなスタートアップ
朝倉:いわゆる「キラキラキャリア」問題ですね。無闇やたらに輝かしい経歴を持つ人物を経営者が採用したくなってしまうのは、確かによく見られる傾向です。経営者がキャリアに箔がある人物ばかりを求めるようになると、傍目に見ていて、懸念を持ちます。
小林:スタートアップの経営者は、経歴が素晴らしい人物に対して浮き足立ってしまう傾向があることに自覚的であるべきだと思います。起業直後には到底現れなかったような、素晴らしい経歴の持ち主が現れると「こんな優秀な人材は、二度とうちには来ないのではないか」というバイアスがかかって、過剰に高く評価してしまう。初期のスタートアップには非常に多いケースだと思います。
村上:採用時の評価と入社後の実際のパフォーマンスで期待値ギャップが生じるケースは、ある側面を過剰に高く評価する一方で、それ以外の側面の評価が曖昧になり、「それ以外」の部分にリスクが潜んでいたということが多いように思います。
小林:CTO(最高技術責任者)の採用を例にとると、本来はエンジニアリングの能力で見極めなければならないところ、経営者とビジョンの点で強く共鳴し、「カルチャーフィットする人材だった」という理由で採用を決めてしまう、と言ったケースですね。
もちろん、ビジョンへの共鳴もカルチャーフィットも重要な要素ではあるのですが、CTOですから、それだけで決めるポジションではありません。結果として、CTOとしては力量不足だった、という事態に陥ってしまいます。
村上:他にも、過去に失敗した採用への反省からバイアスがかかってしまう場合もあります。過去失敗したポイントばかりに注意が向いてしまい、そのポイントだけ取り出して「前の人と比べて非常に良い」と過剰に評価してしまう。ところが実際に働き始めると、その採用で本来欲しかったスキル・スペックに関しては、その人物の力量では不足していることがわかる、といったケース。このようなパターンで期待値とのギャップが発生することもあります。
ポストやSO、待遇先行型の採用はお互いに不幸にしかねない
朝倉:ここまでは主に、人を選ぶ段階での失敗例について考えましたが、続いて、採用自体はできたものの、処遇面で間違えてしまうといったパターンについても考えましょうか。
小林:初期にSO(ストックオプション)を配り過ぎてしまった例は、多くのスタートアップで見られますね。
朝倉:実績のある人物を迎えたいがために無理にポストを作ってしまうケースもよくあります。会社にも事業にも興味関心を持ってくれているし、是非来て欲しいが、それなりの役職・待遇を用意しなければ入社してもらえそうにない、ということでポストを新設してしまうパターン。
しかし、組織に必要な機能を冷静に検討した時に、本当にそんな人物が必要なのかと言えば、そうではないことがままあります。新たにポストを用意したものの、既存組織との業務範囲の分担が整理できていなかったり、会社のフェイズが早すぎたりするがために、せっかく入社してもらっても力を発揮できる余地がない。迎えた人物がオーバースペックであるがゆえに、お互いに不満を募らせてしまう、といった例ですね。
村上:やはり経歴が光る人を採用・厚遇するときは期待値ギャップが大きくなりやすい。実績・経歴だけで優秀だと思い込みスクリーニングが甘くなる、その上、甘く評価した人物を厚遇してしまい、後々トラブルに発展する、というケースはよくありますね。
小林:そういった人物を、ひとまず社長付・社長室長といった現場ラインを持たないポジションに置き、オンボーディングをした上で、具体的なCXOレベルのポジションに据えるという対処法もあります。それ自体は否定しませんが、いつまでも曖昧なポジションのまま、現場から「あの人は何をしているのか」「高い給料をもらっているように見えるけれど、何のためにいるのかよく分からない」といった不満が出て、組織が崩れていく、というケースも見受けられます。
朝倉:こういった問題を避けるやり方の一つとして、最初からフルタイムで参画してもらうのではなく、パートタイムで、お互いに様子を見る期間を設け、うまく機能する感触が掴めれば、そこから徐々に巻き込んでいくというやり方もあると思います。
やや極端な特殊事例ですが、最初は監査役として関わっていたのに、気付けば執行側になっていた、という事例もありますよね。部分的に、段階的に巻き込んでいくやり方も一つだと思います。
「カルチャーフィット」を採用ミスの言い訳にしていないか
朝倉:スタートアップの採用失敗を振り返った際に、よく耳にするのが「カルチャーフィットがなかった」という要因分析です。採用した人物の能力は高かったが組織にフィットしなかった、という説明ですね。
「能力とカルチャーフィットで迷うことがあったら、カルチャーフィットを優先させよう」とはよく言われることです。これ自体は決して間違った考え方ではないと思いますが、採用の失敗を振り返るときに、深掘りせぬまま安易に「組織にフィットしなかった」という言葉で片付けているのではないかと感じることもあります。
経営者個人との相性が悪かったという場合も「カルチャーフィットの問題」で片付けているように思いますし、場合によっては、経営者の方にこそ反省すべき点があったのではないか、と思われることもあり得ます。
こういったミスマッチを繰り返さないためにも、「カルチャーフィット」という言葉に逃げず、もう一段階言語化して、反省点を捉えることが重要だと思います。
村上:確かに、カルチャーフィットを言い訳に使うケースは非常に多いですね。これでは学びがありません。振り返りが曖昧なままでは、採用前に組織への順応性を見極められなかったという問題をいつまでも解決できません。
カルチャーフィットが採用の成否を分ける重要な因子なのであれば、それを採用時にどうスクリーニングするかまで突き詰めて考えるべきです。カルチャーフィットという言葉は、個人的な相性の問題を多分に含んでいますから、成長のための採用戦略を考えるなら、ここは整理しなければなりません。
小林:経営者にとって重要なポイントですね。トップが自らの主観だけで問題を顧みるのは難しい場合もありますが、逃げずにそこを見つめていくことが採用、ひいては組織・事業の成功につながるでしょう。
採用ミスが起こることを想定した採用プロセス・人事制度の構築を
朝倉:ここまで、起こりがちな採用の失敗例を挙げてきましたが、これらの問題を防ぐには具体的にどのような対策が必要でしょうか。
村上:会社の規模が大きくなり採用数が増えると、属人的な目利きでは人のスクリーニングができなくなり、一定の確率でミスが発生するということを前提として捉えるべきでしょう。だからこそ、複眼的な採用プロセスを構築し、第三者の視点を取り入れることが重要になります。
注意したいのは、この第三者の視点を無視してしまうケースが往々にしてあるということです。採用プロセスに第三者の意見を取り入れるなら、その第三者のネガティブな評価を重視する姿勢が必要だと思います。
朝倉:採用ミスを完全に防ぐことはできないというのはその通りでしょうね。だからこそ、失敗するという前提で、採用プロセスや人事制度を設計していくべきではないかとも思います。
優秀な経営者の方であっても、必ずしも人を見極める力に秀でているとは限りません。人によりますが、優れた経営者やビジネスパーソンであることと、人を見る目があることの間には、大して相関性がないと感じることも、ままあります。 この点、なるべく周囲の意見を取り入れしながら、良い人材を選んでいくが望ましいのでしょうね。
また先ほど、「厚遇しすぎてしまう」ケースについて話しましたが、最初にインセンティブとして一定規模のSOを渡して採用するのではなく、一定の条件を満たせば一定の量を配分する、といったコミュニケーションをするといった方法もあるでしょう。
あるいは、どんなに実績のある人物でも、いきなり要職に据えるのではなく、段階的に組織に迎え入れるロードマップを相互にすり合わせておくといった方法もあるでしょうね。会社側にも、また新たに加わる想定の人物のためにも、状況の変化に応じ、軌道修正できる余地を残しておく準備が肝心なのではないでしょうか。