COLUMN

スタートアップの事業計画 3つの検算方法

2020.03.15

事業計画の策定は、多くのスタートアップ経営者が頭を悩ませる問題だと思います。しかし、事業計画の作り方に関する書籍や知見はあまり多く流通してないのが実情です。今回は特に、事業計画を策定した後の、計画の精度や確からしさの検証について、3Cの観点に分けて考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

Customer ユーザーの獲得ロジックは妥当か

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):資金調達を試みる際や、自社の成長戦略を描こうとする際に必要となる事業計画ですが、ことスタートアップの事業計画について参考になる関連書籍や資料は、そんなに多くありません。

我々も以前、スタートアップにおける事業計画の要否や適切な策定時期精度の高い事業計画の策定方法についてお話しましたが、今回は策定した事業計画の精度を自分で点検する方法について考えてみたいと思います。

このテーマを考えるにあたり、今回は3C(Customer、Competitor、Company)の観点から、アプローチしようと思います。まずは、Customer。顧客、市場についての観点ですね。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):事業計画の策定時、スタートアップの皆さんは当然、自社の成長を信じて計画を練ると思います。ですが、市場成長や市場との比較を考慮して策定しないと、事業計画の妥当性が疑われてしまいます。

例えば、市場は5〜10%程度しか成長していないのに、自社の成長は倍々を想定するような計画です。これ自体が必ずしも実現不可能だということではありませんが、市場成長について、一定程度の注意を払った説明をすべきだと思います。

朝倉:既存事業者から市場のパイを奪うような、際立って破壊的なビジネスモデルの条件が満たされている場合には実現可能かもしれませんが、そうでなければ、合理的な説明を作り込む必要がありますね。

村上:市場と自社の関係を説明するロジックには、いくつかパターンがあると思います。まず、既に市場があり、市場の成長に合わせてどれだけその市場を奪うかという、市場の大きさに対しての市場シェアが問題となるケース。

次に、既存のサービスを置き換えていくことを想定して、置き換え率が想定したスピードで進むのかが論点となるケース。そして、新規性の高いサービスであるがゆえ、既存には類似サービスが見られず、TAM(Total Addressable Market:実現可能な最大の市場規模)自体の見通しがまだつかないというケース。

それぞれに、どのようなロジックで策定した事業計画が実現可能になるのかを検算していく必要があるでしょう。

朝倉:我々が日々接するのは、レイターステージの方々が多いため、TAMそのものが見えていないというケースはあまり多くはありません。

一方で、創業間もないスタートアップなど、「自分たちがこれから市場をつくる」、「自分たちの成長がトップラインでありTAMだ」という意気込みで臨む方々もいることでしょう。こういった場合には、そもそもどのようにTAMを想定していくのがいいと思いますか?

村上:難しい問題ですよね。風呂敷を広げる必要は当然あると思いますが、一つ挙げられるとしたら、想像するTAMの中から、一番獲得しやすい潜在的なTAMをいくつかの層に分けて管理し、説明していくということでしょうか。

まず特定のユーザーの裾野があると仮定します。その中で、強い興味を持つであろうユーザー、もう既に他の類似サービスを利用しているユーザー、といったように、顧客を細分化していくつかの層に分けます。

その上で、TAMサイズを、全体では1兆円。強い興味を持つであろうユーザー層だと3,000億円。現実的に既に他類似サービスを利用しているユーザーは200億円。といったように、細分化して検討し、それぞれのユーザーをどのくらいの速度で獲得できるのかを説明するという方法は一つあるかと思います。

朝倉:なるほど。そもそも、自分たちが狙っているマーケットにおいて、今まではどういったサービスやプロダクトが不完全ながらもニーズを満たしていて、これからそれをどう置き換えていくのか。といったような、何かしらのアナロジーがあると、よりTAMを想定しやすいでしょうね。

Competitor 競合の存在を自社の成長にどう読み込むか

朝倉:次に、Competitor。競合についての観点から見た事業計画の検証法について考えましょう。

村上:直接的な競合がいる場合といない場合があるので、分けて考えましょう。レイターステージである場合には、大抵は競合が存在すると思うんですよね。

具体的には、自社と同じくらいのフェーズで展開している競合、先行している競合もしくは大企業、これから新たに参入してくる若いスタートアップのような潜在的競合といったように、色々な種類の競合がいるかと思います。

他社の情報を得るのはなかなか難しいでしょうが、そういった競合の成長率・スピードや成長規模、ユーザーの獲得スピード・獲得効率を意識しながら検討していくのが重要になるでしょう。

朝倉:なるほど。例えば、先行しているプレイヤーがいて、それが上場企業であれば、ある程度は情報も開示されていますから、業績などをベースに状況を分析できるはずです。

先行しているプレイヤーを新しい技術や時代に即したUXで置き換えていくことを想定する場合、既存プレイヤーのボリュームはそのまま参考数値になるでしょう。過去の実績から、競合の成長スピードも、一定程度は想定できるはずです。

一方で、「自分たちは、サイズはまだ小さいけれども、成長スピードは速いはずだ」と主張するうえで、成長スピードが異なるわけだから、先行する類似サービスの成長率をそっくりそのまま引用するわけにはいきません。この場合、既存プレイヤーの動向を、どのように参考にすればいいと思いますか?

村上:端的に言えば、ユーザー数とその獲得手法・スピードをどう考えるか、に帰結すると思います。例えば、B to Bであれば、月間新規獲得社数が○○社、B to Cであれば月々の利用者数が○○万人、といったように、ユーザー数に関する何らかの自社データがあるはずです。

これらの既存ユーザー数を分解して考えます。競合からリプレイスして獲得したユーザーなのか、それとも今までリーチされていなかったユーザーを新たに開拓したのか。競合からリプレイスした場合、手段は例えば入札によってなのか、それ以外のやり方なのか。ユーザーをどこからどうやって獲得したのか、経営している側にはなにかしらの肌感があるはずです。

これを踏まえて事業計画の話に戻ると、例えば「来期はトップラインが5億円成長する」と想定している場合、まず、自社が新しいユーザーを開拓して獲得した事による売上なのか、既存サービスのユーザーを置き換えて獲得した事による売上なのかを分けて話す必要があります。

その上で、既存サービスを利用していない新規ユーザーの獲得であれば、その獲得スピードと売上成長率。競合からのリプレイスなら、リプレイスが進む速度と売上成長率。これらの数字に関する足元の実績と将来予測が論理的に整合しているかを検証しなければなりません。

この部分を見誤ってしまうと、描いている成長率の辻褄が合わなくなってしまう恐れがあります。例えば、初期は非常に速いスピードでユーザー獲得が進んだが、それは競合から顧客を奪いやすい特殊な環境が背景にあったからだとしましょう。

その場合、その獲得スピードは、遅くてもその競合からユーザーをリプレイスしきったら止まるものです。にもかかわらず、初期の獲得スピードを、長期的な成長率の根拠に置いてしまっている場合というのは意外にあります。ここは、初期の成長率は継続しないものだときちんと想定するべきでしょう。

朝倉:自社の成長スピードを想定するにあたって、競合の成長率や規模をそのまま参考にするのではなく、実績数値を細分化することで考えるというアプローチですね。既存サービスからのリプレイスか、既存サービスを活用していない顧客の獲得なのか、その内訳によって、計画策定の考え方も、戦略・戦術も異なってきますから、まずはそこを明確に把握しましょう、と。

「競合がいない」場合に有効な検証法

村上:そうですね。この他に考えなくてはならないのが、比較する競合が存在しないという場合。あるいは、自社がドミナントプレイヤーになった場合ですね。こうした場合には、何を比較対象とすべきなのかが問題になるかと思います。

そうした際にお勧めなのは、ビジネスの内容では必ずしも競合とは言えないのだけれど、成長の構造が類似したサービスを参考にすること。SaaSだと分かりやすいかと思うのですが、提供している付加価値は異なるが、似たような構造で成長している他SaaS企業は参考になると思います。

例えば、HR SaaSだとしたら、海外の類似HR SaaSは自社の成長ペースを考えるうえで間違いなく参考になります。直接競合する相手でなくても、先行している他企業の成長率を見ることによって、今と同じような成長率を維持することが現実的に可能なのかを考えやすくなると思います。

MRR(月間経常収益:毎月決まって発生すると見込まれる売上。SaaSのような継続課金ビジネスで特に重視される)のように、どんどん積み上がっていく性質の数値の積み上げ速度などは、他社の先行事例と比較することによって、現実的な数字が見えてくるのではないでしょうか。

朝倉:以前もお話ししたことがありますが、SaaSは様々な指標が平準化されており、横並びで比較しやすい事業です。そのため、提供しているものが異なっていたとしても、他社を参考にしやすい業種かもしれませんね。

村上:そうだと思います。この点でSaaSは成長可能性が説明しやすい。逆にSaaS以外の業種の場合には、何を類似サービスと見るのかが、難しいケースもあるでしょう。ですが、裏を返せば、会社側が、何を比較対象として算出しているのか、そのロジックをきちんと説明することが出来れば、投資家を説得しやすい。ですので、こういった分析や市場調査は無視出来ないものだと思います。

朝倉:スタートアップの事業計画策定に限らず、上場企業のデュー・デリジェンスなどでも、同様に、類似事例を参照することはありますね。例えば、日常生活に溶け込んだ、ちょっとした嗜好品に関する価格感度を想定する場合、直接参照ができる情報がないのであれば、例えばスターバックスの事例を引いてくるなど、アナロジーを活用して説明することもあります。

Company As Isの姿との整合性・連続性はあるか

朝倉:最後に、3Cの中のCompany。自社についての観点から、事業計画の検証法を考えましょう。自社についても、点検しなければならない点が多々あります。

村上:はい。事業計画の策定プロセスでは往々にして未来の話ばかりしがちですが、真っ先に分析すべきなのは、過去の実績だと思います。「過去には成長していないけれど、将来伸ばしたい」という意志が強く入り過ぎてしまい、過去実績と将来の数字の連続性が担保されていないケースはよく見ます。

すると、どうしても事業計画の妥当性が欠けてしまうため、この部分の検証は怠ってはいけないと思います。一番説明しやすいのは、過去実績と将来の数字に連続性がある場合ですね。

朝倉:例えば、過去のCAGR(年平均成長率)が8%であり、今後もその成長率が見込まれます、というのは一番分かりやすい説明ですよね。

村上:そうですね。ですが、実際には、全てのKPIが連続的でシンプルな会社ばかりではないでしょう。例えば、リテンション率が上がる見込みである、またはチャーンレートが下がる見込みである、といったように、過去の実績との連続性が担保されないことのほうが多い。

そうした場合には、過去にやっていたことの何が課題で、今後何を改善することによって解消するのかという部分のロジックをきちんと持つ必要があります。「過去やっていなかったが、これからは注力する」程度の説明だと、投資家を納得させるのは困難です。非連続な数値を採用する場合、説明のハードルが高くなるということを認識して、点検していくのが一つのポイントだと思います。

朝倉:横ばい状態が長く続いた後に急激な右上がり曲線を描く、ホッケースティック型のチャートを目にすることってありますよね。今までは成長率がなだらかだったのが、資金調達後のあるタイミングから急激に成長率が上がるといった説明。

あるいは、数年後に上場を見越しているという会社が、これまではずっと赤字で、投資を経て赤字をさらに掘り、なぜかわからないけれども上場予定の1年前になると急激に売上と利益が急上昇し、ものすごいスピード感で黒字化が進むといったような。

よく目にする事業計画の説明チャートです。こうした想定自体はもちろんよいのですが、外部からは「なんででしたっけ?」 という当然のツッコミを受けます。こうした疑問に対して、納得感のある説明は必要でしょうね。

成長規模が大きくなれば検証項目も変わる

村上:そうですね。また、成長率に加えて、成長規模の検証も重要です。特に、レイター期だと、成長率も重要だが、達成すべき成長の額も大きくなります。具体的には、1億円を倍にするとしたら2億円で増分は1億円ですが、100億円を倍にしようとすると増分は100億円です。これは、成長率は同じなのですが、実現可能性を加味すると、果たして同じことなのか。この部分の点検も必要だと思います。

朝倉:同じ成長率でも、1億円増やすのと100億円増やすのでは訳が違いますよね。

村上:その通りです。やはり小さい金額のときには、白地が大きいので開拓・リプレイスがしやすく、今期売上数千万に対し来期1億増、といったように、売上増額をつくりやすい。なので、成長率も達成しやすい。

一方で、売上規模が大きくなると、数%の成長の絶対額も大きくなる。その場合、「さらに100億円分買ってくれる人はどこにいるのか」がまず問題になります。本当にそんな規模の顧客がいるのか、あるいはどこから奪うのか、どこに市場があるんだということを具体的に検証する必要があると思います。

朝倉:そうですね。大きな規模の成長を計画する場合、現実的に必要なリソースとコストが計画に落とし込めているのかも重要です。大きな成長規模は何によって実現されるのか、営業なのか、だとすると営業リソースは計画に織り込まれているのか。あるいはインバウンドで獲得されるのなら、それに見合ったプロモーション予算が計画されているのか。

そのうえで、それだけの売上・ユーザー数を仮に獲得できたとしても、その状況に対応できるカスタマーサポートの確保は想定されているのか。そういったところまで具体的なリソースを想定して、コストに落とし込めているかは、重要な検算ポイントです。

村上:はい。営業やカスタマーサクセスなど、実行体制の見直しは非常に重要です。例えば、営業をいきなり年100名以上増やさなければならない計画になっていたとすると、それに呼応してマネジャーの採用も必要になってくるでしょう。今の給与水準でそれだけの人員を採用できるのかといった問題も生じます。

また、ユーザーの性質の観点でも、規模が大きくなると変化がおきます。ファーストムーバー(先行者)からマス層へと転換していくわけですが、その際にカスタマーサクセスの体制は従来通りでいいのかどうかは検証しておく必要があります。

朝倉:B to C事業の場合、マスを狙っていくということになれば、自力でプロダクトを使いこなせる人ばかりではなくなるわけですから、 よりサポートを手厚くしなければならないでしょうし、BtoB事業なら、利益率が低い顧客が増えてくるといった事態もおきます。スケールするが故に解決しなければならない課題も増えてくることでしょうね。

村上:まさにだと思います。「ユニットエコノミクス(顧客単位の採算性)は確立しています」、「TAMは大きいのでまだまだ成長します」といった説明に落とし穴がないかということですよね。事業規模が拡大した際にも、同じユニットエコノミクスが成立し続けるのか、という検証ポイントは、見落とされがちだと思います。

朝倉:常識的に考えると、面を取ろうとしたら効率は悪化します。

村上:そうですね。そこを、あえて効率が改善すると想定しているのは、よほどコストサイドでスケールメリットを生む仕掛けがあるのか、などのポイントを問われるでしょう。

朝倉:成長しても採算性を維持できる前提の計画で「保守的な見立てです」と説明されることもありますが、外部の人間からすると、規模が拡大してもユニットエコノミクスが維持できるという想定は、かなり強気な見立てに見えるということもあります。

村上:B to Cで生じがちなケースですが、規模が拡大してユーザーの獲得単価が下がる一方で、カスタマーサクセスの負担が増し、期待した程利益率が上がらないということもあります。この場合も、やはりユニットエコノミクスと規模の関係に留意したほうがいいでしょうね。

投資対効果の検証を通して実行レベルを上げる

村上:こうした点を踏まえ、売上・利益の基本的な数値をつくった上で、研究開発費や営業費用、広告宣伝費などの各種固定費・投資を考慮に入れて、本当に妥当な売上とコストの想定なのか、本当に利益が創出できるのかは、最後に検証したほうがいいでしょうね。

朝倉:投下したコストに関する投資対効果を説明する必要があります。

村上:はい。CAC(顧客獲得単価)やLTV(顧客生涯価値)が測れるような広告の費用対効果は、比較的測定しやすいでしょう。こうした項目以外でも、個別の投資に対しての費用対効果を検証していくことが出来れば、これはもう事業計画策定としては「精緻化」の段階と言えるでしょう。投資対効果が可視化できていれば、投資が柔軟に、スピード感を持って実施しやすくなります。

朝倉:今回は3Cに沿って、Customer、Competitor、Companyという3つの視点から事業計画の検算ポイントについて考えました。ここで挙げた観点は、外部からは当然質問されることなので、きちんと自信を持って答えられるように準備しておく必要があります。こういったところに、事業計画の精度の高さや解像度の細かさが表れると感じます。

外部からのQ & Aを何度もシミュレーションし、検算を重ねていくことができれば、より頑強で説得力のある事業計画が策定できると思います。

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