【ジーニー】最先端技術で世界に挑むアドテク企業 Vol.1

「日本発の世界的なテクノロジー企業をつくる」という想いのもと創業された株式会社ジーニー。日常生活の中で、パソコンやスマートフォンの広告に触れる機会は頻繁にある一方、そうした広告を下支えする技術や、SSP・DSPといったネット広告特有の業態には、馴染みが薄い面もあることでしょう。今回は「技術開発力」と「事業推進力」にこだわってアドテクノロジーの展開に取り組まれているジーニー工藤社長に、経営に対する考えや世界展開に向けての戦略に関するお話を伺います。
事業の詳細については、「成長性に関する説明資料」をご参照ください。

工藤智昭(くどう ともあき)
早稲田大学大学院理工学研究科で充足可能性問題(AI)の研究の傍ら、インターネット広告ベンチャーの起業と経営を経験。卒業後、株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)入社。事業開発室にてアドネットワーク事業推進を行い、リクルートの広告を起点として、日本最大のエリアアドネットワークの構築を手掛ける。2010年4月 ジーニーを設立、代表取締役社長に就任。2012年8月 Geniee International Pte., Ltd.を設立、Representative Directorに就任。

2010年4月創業の株式会社ジーニーは、最先端のアドテクノロジーで顧客の収益を最大化する企業。SSP/DSP/DMPを同時にOEM提供できる世界で2社のうちの1社。主力事業であるGenieeSSPは国内トップクラスの規模を誇る。2016年7月、MAJIN(マジン)の提供を開始し、マーケティングオートメーション事業を推進。海外展開にも積極的でアジアNo.1を目指す。2016年度(2017年3月期)売上高約117億円、営業利益約2.6億円。証券コードは6562。

アドテクで世界を変える

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):まずはどのような経緯で起業に至ったのか、聞かせていただけますか?

工藤智昭(ジーニー代表取締役社長。以下、工藤):実は学生時代にも起業していました。自分でプログラムを書いてビジネスを作ろうと思っていたんです。一方で研究もすごく楽しくて、学術レベルの技術的に難しいことをビジネスに繋げられたら世界を変えられるだろうとも考えていました。ただ、その時点では世界を変えるような会社を作れるイメージが持てなかったので、一度どこかで勉強しようと考えて、リクルートに入りました。

村上:その後、もう一度起業された2010年は、日本でもアドテクが盛り上がりつつあるタイミングでしたね。どうして再び起業しようと思われたのですか?

工藤:アドテク分野は、もともと自分がやりたかった技術力が勝負を分ける分野で、この技術が広告業界や世界を変えるかもしれないと思っていました。当時、アドテクの基本技術であるRTB(リアルタイムビッディング)や、その頃アメリカでRTBやアドテクの会社が伸びそうだということに関して、日本での認知度はほとんどなく、ようやくブログに書かれるかどうかという程度でした。そういう状況でしたから、リクルートがアドテク分野に本気でコミットするのかどうか分からなくて、それなら自分で起業してみようと思って決断しました。

村上:その後、孫正義さんと会われて、経営者としても色々刺激を受けられて、また会社としても提携に至ったというストーリーを拝見しましたが、起業の前から面識はあったのですか?

工藤:孫さんと知り合ったのはソフトバンクアカデミアに入ってからです。アカデミアに入ったのも色々逆算してのことでした。三木谷さんのそばで働いていた人がジーニーに面接を受けに来たことがあったのですが、そこでその人に三木谷さんが普段どういうことを考えて、どんなことをしているのかヒアリングしたんです。その中で印象に残ったのが、提携したい相手と半年や1年前からプライベートで仲良くなるということでした。

当時、アドテクが伸びていく中で、世界的な企業と組んだほうがいいと考えていました。その相手は日本の中だとソフトバンクだろうなと思っていたんです。それでソフトバンクアカデミアの試験を受けて参加したんです。行ってみるとソフトバンク内部の幹部もいれば外部の経営者もいました。内容もめちゃくちゃ面白かったです。孫さんの話を伺うと、自分なんて本当にまだまだだと毎回感じます。もっと頑張らねばと気合が入ります。

着実にプロダクトを積み上げて面を取る

村上:プロダクトについて教えてください。現在はフルラインナップで事業を展開し、またMAJINというプロダクトで自動化にも挑戦されています。世のアドテク企業はフルラインナップだけではなく専業型、また専業型でもDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)専業など様々な企業が乱立しています。その中で当初SSP(サプライ・サイド・プラットフォーム)から事業を始められたのはなぜでしょうか?

ジーニー「成長性に関する説明資料」より

工藤:創業当時に方針を決める時にみんなで議論して決めたんですが、当時のカオスマップ(インターネット広告市場の業界地図)を見ても、DSP、SSPと色々ある中で一番重要なのはSSPだと僕らは考えました。SSPによってメディアのマーケットシェアを取ったあとに、メディアのデータやユニークな広告枠を使うことで、DSPなどの他の展開もしやすくなると考えたからです。世界の会社でDSP単体では厳しいところが多かったので、戦略上SSPが最終的に有利になるだろうと思いました。

村上:SSPからDSP、自動化へと展開する戦略も当初から想定されていたのでしょうか?

工藤:2013年頃に自分たちのプロダクトを全て、再度生み直そうとなったタイミングがあって、その時にこの戦略を考えました。

村上:きちんとマネジメントさえできれば、アドテクの会社としては複数プロダクトを揃えて広告主の面を取りに行ったほうが有利だと思われたということですね。

工藤:はい。データの面でもビジネスの面でもスケールメリットが働きますからね。今、我々のプロダクトが扱うのは800億インプレッションくらいなんですが、30億とか40億だったときと比べると、発注したいとか入札したいとかいう広告主さんの量が圧倒的に増えました。スケールメリットを追求するとそうなるんだと思います。

村上:とはいえ、複数のプロダクトをラインアップすると、パイプラインマネジメントやファイナンスの工面が難しくなってくると思うんですが、そのあたりはどう対処されてきたのでしょうか?

工藤:新しい機能を制作したら、一つ一つちゃんと利益が出るまでマネジメントしていくようにしていますね。作ったものをきちんと価値を出して継続的に使ってもらえる状況までこだわってやっていきます。成功しないなら早期にやめ、リソースは割きません。そうやってプロダクトごとに開発競争も勝ち抜いて一定利益が出ている状況にする。既存プロダクトで利益が出ている状態を担保した上で、次のプロダクトを生み出すということをやっています。

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