COLUMN

スタートアップが重視すべきは利益か?成長か?

2020.05.24

スタートアップが成長の過程で対峙する問いの一つに、「利益創出を優先すべきか、成長を優先すべきか」があります。半ば神学論争にも陥りがちなこの問いを要素分解することで、利益と成長のバランスの取れた経営を実現する方法を考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

「利益か成長か」を考える4つの視点

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):2020年3月、ソフトバンクグループ(以下、SBG)は最大4.5兆円の資産を売却し、それを原資に自社株買いや負債の返済を行う方針を発表しました。

SBGは全般的に成長性を重視する会社という印象がありますが、2019年秋にはWeWorkの一件もあってか、ソフトバンク・ビジョン・ファンドの出資先に対して収益性とガバナンスを求める旨が報じられています。

従前の主張内容を踏まえると、「成長性から収益性への方向転換」と言っても差し支えないと思いますが、こうした経緯を踏まえ、スタートアップは利益を優先すべきなのか、成長を優先すべきなのかという問いについて考えてみたいと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):「利益か成長か」という問いは、過去から何度も繰り返し議論されてきたテーマです。

村上:これは非常に難しい問いだと思います。単純な二項対立と捉えて、どちらか一方を善だと決められる話ではありませんし、もう一段階、分解して考えてみる必要があります。

「利益か成長か」を議論する際に、目安になるポイントが4つあると思います。 1つ目が、最終的に「Winner Takes All」、勝者が独占的地位を獲得することが可能なマーケットかどうか。2つ目が、市場規模が大きいかどうか。成長性が持続的に期待できるのかという視点。TAM(Total Addressable Market:実現可能な最大の市場規模)の話ですね。

3つ目が、スイッチングコストの高さ。一度市場を獲得しきった後にそれを維持できるのかどうかという視点。そして4つ目が、見込まれる収益性。市場を獲得しきったとして、利益が出る構造なのかという問題です。

SaaSの判断指標「40%ルール」

小林:「収益性か成長性か」という概念が特に意識されるようになったのは、SaaSが普及したことにも一因があるのではないでしょうか。SaaSは、当該領域におけるWinner Takes All型のプレイヤーが出やすい産業構造。言い換えると、後発プレイヤーが勝ちにくい産業構造です。

その背景として、高いスイッチングコストがあります。ある領域で、先行プレイヤーが広くユーザーを獲得すると、後発プレイヤーはスイッチさせにくいということですね。市場シェアが高く、TAMの大部分を獲得できている状態であれば、高い収益性が期待できます。 このような構造のビジネスの場合、より成長性を重視する意味があるということだと思います。

村上:そうですね。先ほどの4点の整理でSaaS型の事業について確認してみましょう。 まず1点目について、SaaSはWinner Takes Allが成立しやすいと言って良いでしょう。2 点目の市場規模に関しては対象とする業界にもよるので、一概には言えません。

3点目のスイッチングコストについて、SaaSではチャーンレート(解約率)が注目されますが、それは、チャーンレートが低ければスイッチングコストが高いはずだという類推が成り立つからでしょう。4点目の収益性に関しては、SaaSビジネスは粗利が非常に高い事業が多い。

まとめると、総じてSaaSは、先行投資して成長した先に、大きな利益創出が担保されやすいビジネスモデルであると言えるんじゃないでしょうか。一方、米国の投資家の間では、SaaSビジネスの成長性と収益性のバランスを確認する指標として「40%ルール(「年間の売上高成長率と営業利益率の合計が40%以上である状態を健全とする目安」)」という水準が共有されています。

この40%という数値は、先述した高いスイッチングコストと高い収益性を前提としても、なお、このくらいの数値は出して欲しいという、経験則に基づいた水準なのでしょう。

朝倉:この「40%ルール」を実現するパターンには幅があります。 成長率は前年比100%だが利益率はマイナス60%という赤字のケースもあれば、成長率20%、営業利益率20%のケースもある。実態は全く異なりますがどちらも「40%ルール」はクリアしている。

T2D3(Triple, Triple, Double, Double, Double:売上の成長率が2年連続で3倍、3年連続で2倍を達成している状態。優れたSaaS事業の目安)の過程にある会社でいうと、200%の成長率で利益率はマイナス160%といった状態も許容され得るということですね。

小林:成長率と利益率のバランスを見るべきだという考え方が、わかりやすく一つの式に表現されているため、この「40%ルール」という相場観が確立したのでしょう。

成長にアクセルを踏む前に検討すべきこと

朝倉:成長率と利益率の間には、トレードオフ的な緊張関係もあります。特に難しいのは、どのタイミングであれば、大きな赤字を許容して成長を加速させる戦略に舵をきっていいのか、という点でしょう。

例えば、プロダクト・マーケット・フィットも成立していないうちから、拡大路線をとって一気に顧客獲得を推し進めたところで、顧客が定着しなければ、底の抜けた器にずっと水を流し込んでいるような状態になります。CAC(顧客獲得コスト)はかかる一方で、どんどんユーザーが抜け落ちていき、LTV(顧客生涯価値)も下がっていってしまう。

先ほど挙げた4つの観点を満たすような産業構造の場合、成長性を重視する合理性が高まるという話をしましたが、これはあくまで、ユーザーに支持されるプロダクトが確立した上での話です。

村上:その通りだと思います。チャーンレートが高く、スイッチングコストが低い段階、つまり、プロダクト・マーケット・フィットがまだ成立しておらず、競争力が十分ではない状態で成長を優先するのは、非常にリスクの高い判断でと言えるでしょう。

4つの観点のうち、収益性については、特にソフトウェア産業であれば、比較的早い段階で明らかになりますし、判断しやすい要素だと思います。

一方、TAMについては慎重な検討が必要でしょう。TAMが10兆円ある産業だと言いながら、客観的に見ると、そのプロダクトで獲得できる現実的なTAMは100億円程度、というケースはままあります。こうした状態でアクセルを踏んでしまうことは非常に危険です。

4つの観点の内、特にTAMとスイッチングコストに関しては謙虚に検討したほうがいいと思います。これらの確度が高まってきたときが、アクセルの踏み時なのかもしれません。

小林:スイッチングコストに関して、最近の事例で面白いと感じたのがSlackの事例です。Slackはビジネスチャットとして圧倒的なシェアを持っていると見られた時期がありましたが、後発のマイクロソフト社のTeamsにDAU(Daily Active User)を追い抜かれました。

TeamsはOffice製品との抱き合わせ的な面もあるので、若干ボーナスめいたところもあるかもしれませんが、いずれにしても当初の想定とは異なり、後発に追いつかれ、追い抜かれてしまうということは実際に起こり得ます。

朝倉:別の視点ですが、成長性を重視するケースで、KPIを、売上や粗利ではなく、顧客数や導入社数に設定している場合も注意が必要でしょう。

顧客数や導入社数は伸びていて、KPIだけ見ていると成長しているように見える場合でも、実はずっと無料で導入されていて、有料転換しようとした途端にユーザーが抜けてしまうといったことも起こり得ます。先ほどの「40%ルール」の話題でも言及しましたが、その数値の裏側にある実態がどうなっているかを把握する必要があります。

調達環境を踏まえて「利益か成長か」を見極める

小林:「利益か成長か」を考える際に、もう一点、資金調達等の環境の変化についても意識すべきだと思います。

朝倉:外部環境ですね。

小林:はい。いくらでも資金が得られる状況なのであれば、成長に対する投資を積極的に行ったほうがいいという考えになりやすい。一方で、なかなか資金調達の算段が立たないタイミングにおいては、自社の運転資金でどのように事業を回していくかという考え方がより重視されるでしょう。

つまり、一概に「成長性が重要だ」、あるいは「収益性が重要だ」と決められるものではなく、資金調達等の外部環境や競争環境の変化を意識しながら、利益か成長かのバランスを見極める ことが重要なのだと思います。

村上:そうですね。将来的に利益創出できるユニットエコノミクスがすでに成立していて、今がアクセルの踏みどきだというタイミングというのは、往々にして会社独自の財務的な余力はあまりないケースが多いですよね。資金調達が事業の継続成長の前提となっているわけです。

こういう場合を考えると、「利益か成長か」の問いは、先述した4点に加え、調達環境・自社の財務的キャパシティも考慮に入れて検討する問いだということになるでしょう。この時、資金調達環境は自社が許容できるリスクを測る上での尺度となるので、絶対に無視してはいけない要素です。

朝倉:市場に資金が潤沢にあるバブルのタイミングでは、当然、資金が調達しやすい。その機を捉えて、確信犯的に、大きく資金を調達して一気に成長を加速させるのは、一つの考え方だと思います。

例えば、ドットコムバブル当時、ライブドアやサイバーエージェントはその調達環境を最大限活用した という事例もあります。意識してバブルを活用するということは、戦略として否定されるものではないと思います。一方で、自分たちが、あくまでそのような外部環境を前提にしたゲームに参加していることに対しては、自覚的であるべきでしょう。

村上:その通りだと思います。 たまたま今は新型コロナウィルスの感染拡大によってマーケットが崩れていますが、今後も何回かマーケットが良いとき、悪いときを繰り返すことを考えると、財務戦略は「利益か成長か」に付随する重要な戦略ファクターだと思います。

朝倉:まとめると、「利益か成長か」という問いに対しては、まず市場や事業の特性を捉え、1.Winner Takes All・勝者独占が可能な産業なのか、2,市場規模・TAMは十分に大きいのか、3.スイッチングコストを高い状態にできているのか、4.成長した先に高い収益性は実現できるのか。これら4つの視点を検討する必要がある、ということ。加えて、外部の資金調達環境に目を向けましょうということですね。

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