2020年6月15日、関西電力が旧経営陣に対し損害賠償を求める訴訟を起こすことが報じられました。会社が、自身の経営陣に対して損害賠償請求をするとは、どういうことなのでしょうか。コーポレート・ガバナンスの観点から考察します。
本稿はVoicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)
関電金品受領問題の経緯
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は、コーポレート・ガバナンスに関するテーマです。関西電力が旧経営陣に対して起こした損害賠償請求訴訟について考えます。 毎日新聞の2020年6月15日の記事では、「岩根前社長ら旧経営陣5人を提訴へ 関電が発表 19億3,600万円賠償求め」となっています。まずは簡単に経緯を確認しましょう。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):背景にあるのは、一時期、報道等で盛んに取り上げられた、関西電力幹部が、福井県高浜町の元助役から3億6,000万円相当の金品を受け取っていたという金品受領問題です。関電の監査役会が設けた取締役責任調査委員会の報告書(2020年6月8日公表)の中で、会社がこの問題に対する対応義務を尽くさなかったことが指摘されました。
この報告書を踏まえ、会社に対して旧取締役らが損害を与えた、善管注意義務違反に相当する、として、会社側が旧取締役らに対し、損害賠償を求める訴訟を起こすと発表した、という流れですね。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そもそも事の発端は2018年、国税局の税務調査で高浜町元助役の申告漏れが発覚したのをきっかけに、同助役から関電への資金提供が判明したところに遡ります。それを受けて関電は、外部弁護士も加えて社内調査を実施したのですが、その調査結果を公表していませんでした。
しかし2019年9月になってその事実が報道され、改めて再調査を行うことになり、その報告書がまとめられて開示されたのが2020年6月8日、ということになります。 つまり、事実をきちんと調査して公表するまでに約2年かかっているということです。
税務調査によって発覚し、社内調査を余儀なくされたものの結果は未公表。それが報道により白日の元にさらされ、最終的に第三者委員会の調査報告書がまとまったという経緯ですので、株主から経営陣の責任追及がなされ、それに対する説明責任を果たす意味で旧取締役会の善管注意義務違反として整理された。こういった事案です。
朝倉:この事案の特殊性は、第三者委員会の報告書をもとに、会社が、旧経営陣の善管注意義務違反で訴訟を起こしている点です。取締役の善管注意義務違反が問われると聞いて想起されるのは、通常は株主から取締役に対してということを思うと、少し特殊です。
第三者委員会調査が経営陣の責任追及のトリガーとなるケース
小林:そうですね。同様の事例として挙げられるのが、スルガ銀行のケースです。 スルガ銀行は2018年11月に、旧経営陣ら9人に対して5億円の賠償請求を行いました。これもまさに第三者による取締役等責任調査委員会の報告内容をもとに、旧経営陣の責任であるとして、会社側が旧経営陣に対する損害請求訴訟を起こしたというケースです。
ちなみに、スルガ銀行の場合はその後、2019年3月に株主代表訴訟があり、565億円という大規模な損害賠償請求がなされましたが、その前段に、まず会社が旧経営陣に損害賠償請求するという経緯があった点が、関電のケースと類似しています。
日本の場合は、欧米に比べて、株主代表訴訟の数は少ない一方で、こういった第三者委員会の調査が、賠償請求の大きなトリガーになる例が出てきています。
日本では一般的に、具体的な法令違反が無いものについては、役員の善管注意義務違反を問いづらい、と言われています。具体的で明確な法令違反、例えば、金融資金商法違反、外為法違反、独禁法違反といったものがあり、かつ具体的な金額として損害が発生した場合であれば、善管注意義務が明確に問われた例はありますが、そのように断定できない場合、経営陣に比較的有利な判決になりやすい。これが日本の特徴でした。
それに対して、スルガ銀行の事案以降、第三者委員会が調査を通して明確に「これは許されない」と提示するケースが出てきました。今回の関電でも、第三者委員会の調査報告が、経営陣の責任を問う契機になったという点は、日本における取締役責任論において、大きな転機になると感じています。
朝倉:見方によっては、会社側が自発的に、関係者の責任追及・賠償請求をすることによって、対外的に「禊」の姿勢を示しているようにも見えます。小林さんが述べたように、これまでの傾向を考えると、役員の善管注意義務違反はなかなか問われづらい状況にありますが、そこを敢えて会社側から自発的に、厳しい姿勢で責任追及をしている、といった構図を対外的に示しているわけですね。
日本のコーポレート・ガバナンス進化におけるスルガ・関電事例の意味
小林:ここで、スルガ銀行の事案における調査委員会の報告書の中から、印象的な部分をご紹介します。スルガ銀行の取締役等責任調査委員会の報告書では、取締役会自体については「外形的には整っていた」と評価しています。(P.94)
その上で、各取締役について、事実認識と義務違反を検証しているのですが、スルガ銀行元代表取締役会長・岡野光喜氏については、リスクを認識し、リスク管理体制・内部統制システムの機能不全を認識していたことから、内部統制システムを構築するための適切な措置を講ずべき義務が生じていたが、それを怠ったことについて「善管注意義務違反が認められると判断する」としています。(P.102)
これは、過去の事例に照らせば、かなり大胆な、踏み込んだ表現です。第三者委員会による調査報告・指摘が、経営陣に対して緊張感をもたらすきっかけになる、という意味で、この報告書は、日本のコーポレート・ガバナンスにおいて大変重要な意味を持っています。
村上:そうですね。この数十年でコーポレート・ガバナンスは漸進的に進化してきました。その中で、スルガ銀行や関電の事例で、第三者委員会に関するプラクティスが蓄積されてきたことは、大きな前進だと評価できるでしょう。
関電の事例では、国税局の指摘がトリガーとなり説明責任が生じた、それに対して第三者委員会による調査を行って透明性高く株主に報告する、というプラクティスがフィットした。このように、株主に対する説明責任を果たす一連のプロセスが整ってきたということですね。
小林:日本のコーポレート・ガバナンスは海外の投資家からも注目されています。「なぜ日本には、株主代表訴訟のような株主からの強いプレッシャーが存在しないのか」といった点もよく指摘されます。
日本の株主訴訟のあり方が、突然欧米流に変化することはないと思いますが、一方で、これらの事例のように、日本独自の形で、会社の外からの監視・プレッシャーのありようが進化していくのは非常に面白いと思います。
朝倉:日本で株主代表訴訟が頻発した場合を想像すると、経営が批判される以上に、訴訟側が批判されるのではないでしょうか。その点、亜流めいてはいますが、スルガ銀行や関電のように、会社が積極的に経営陣の責任追及・処分を行うという方法は、良くも悪くも日本流のプラクティスになっていくのかもしれません。
加えて、余談ではありますが、今回、請求されている賠償額19億3600万円の内訳を見てみると、実に7億7300万円が、今回の金品受領問題を調査した第三者委員会の費用なんですよね。実に賠償額の40%が、第三者委員会の費用です。 ある意味、弁護士事務所にとっては大きなビジネスですが、こんな不正がなければ生じるはずのなかった費用です。
村上:最後に触れておきたいのは、再発防止策です。関電の調査委員会報告の中で、「ユーザー目線でのコンプライアンス意識の醸成」「内向きの企業体質の是正」「地元を重視する施策についての透明性の向上」「取引先関係者からの金品受領に関する明確なルール設定」「悪しき情報が早く伝わり、現場に直接メスが入るためのガバナンス体制の再構築」、この5点が挙げられていますが、これらはガバナンス体制構築にあたって、基本的な骨格となるものです。
コーポレート・ガバナンスが進化してきた現在、改めて、こういった基本的な事柄が明記されているのは、お題目ではなく、実効力を伴う、細かい運用レベルまで落とし込んで、これらの規定を整備すべきだということなのだと捉えています。こういった再発防止策を他社も導入し、ベストプラクティスが横展開され、日本のコーポレート・ガバナンスがさらに進化することを強く望みます。