競争環境が激しさを増せば増すほど、どうしても競合の存在感に意識を奪われてしまいがちになりますが、「脅威」である競合の存在を、自社の成長に活かすことはできないものでしょうか。競合の存在がもたらす影響や、それへの対応など、スタートアップの競争戦略について考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)
競合の存在は「脅威」か「機会」か
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回はスタートアップの経営において、競合の存在をどう捉えるべきかについて考えてみたいと思います。
シリコンバレーや中国であれば、一つ筋の良さそうなビジネスが出てくると、一気に同領域でスタートアップが乱立することは珍しくありません。日本の場合、起業家の数自体が多くないため、競争環境は比較的緩やかです。
とはいえ、同様に、特定のカテゴリー、特に参入障壁が低い領域では一気に競合プレイヤーが増えていくケースもあります。例えば、一時期のグルーポンのコピーキャット、フラッシュマーケティング事業などがそうですね。
一般的には競合は脅威となる存在、できればいてほしくない存在ですが、その一方で、競合の存在が自社の成長に繋がるという側面もあります。
競争環境が激しい事業領域において、競合の存在をどう捉えるべきか。競合の存在を自社の成長にどう活かすか。本日はこの点について考えたいと思います。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):自社が成長期にあるか、成熟期にあるかによって、競合がもたらす影響も異なると思います。
過去の事例を挙げると、ソニーが初めて薄型テレビを発売した時は、技術的に、他社に大差をつけた革新的なプロダクトだったため、競合が存在しませんでした。 ところがその時、何が起こったかというと、全く売れなかったんですね。
それから数年が経過し、他社が追随商品をどんどん出したことで、ようやく市場が盛り上がりを見せました。競合の参入によって市場が拡大したのです。一時的にせよ、その時期は、競合が増えたことによって、各社に利益がもたらされた、というケースです。
このように、新たに可能性のあるマーケットが誕生し、競合各社がこぞって参入することで、技術革新のペースが早まったり、一気に各社のマーケティング予算が投下されて認知が高まったりして、市場が活性化することもあります。
こういったケースでは、競合の存在が自社事業の発展に寄与したと言えるんじゃないでしょうか。
朝倉:広報の面で考えても、1社だけではなく、複数の競合プレイヤーがいる事業領域のほうが取り上げられやすいですしね。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):起業家側は往々にして自社のプレゼンテーションで「競合が存在しない、ユニークな存在だ」ということをアピールしがちです。ただこれは、投資家の目線からすると不安要素として映りがちです。競合がいないのは、誰も関心を持たない、面白みのないマーケットだからなのではないか、という疑問が湧く場合があるからです。
逆に、競合が多数存在する場合、そのマーケットに魅力を感じている会社が複数いることにより、少なくともそのマーケットは有望だということが証明されている、と受け取ることもできます。
朝倉:市場の勃興期・成長期では、逆に競合がいるからこそ市場が盛り上がっていく、という側面がありますね。しかし市場が成熟してくると、パイの拡大は止まり、競合とは、限定されたパイを奪い合う、シェアを奪い合う関係になります。
小林:まさに、先程の薄型テレビの例では、市場の成熟後は明確にコスト競争力の戦いになりましたね。各社、インチあたり価格の値下げ合戦や、それを実現するための生産性改善の設備投資に向かいました。
朝倉:市場が成熟期に入った場合、競合に対しては、成長期とは異なるアプローチを取るべきなのでしょうね。
村上:市場成長期においては、模倣戦略・同質化戦略は悪手ではありません。例えば、競合と同じ機能を実装していくと、市場においてその機能が標準となり、逆にその機能がないことが劣位と受け取られるようになります。したがって、競争において、ある程度は同質化が必須戦略となる。また、各社がこぞって同様の開発を行うことで、技術・サービスともに進化していくという利点さえあります。
一方で、市場成熟期に競合各社が模倣戦略を取ると、戦略的に効果があるかは不明だが競合がやっているからやる、といった施策が増えてしまい、結果的に業界全体の収益性を下げることにつながります。
スタートアップが警戒すべき王者の競合模倣戦略
朝倉:スタートアップでは、自社プロダクトのUI変更を行うと、翌週には競合プロダクトにそっくりそのまま模倣されるといった事態も起こります。真似された側からすれば、面白くない、と感じるのは無理もない話ですが、事業領域全体で見ると、そういった競争が市場を活性化し、パイが拡大するという側面もあるということですね。
小林:スタートアップが最も恐れるのは、ビジネス基盤が確立していて投資余力のある大手、強いプレイヤーが、模倣戦略を取ることです。
代表的な例は、ビジネスチャットツールにおけるSlack対Microsoftの構図ですね。Slackは、ビジネスチャットツールで十分優位なポジションを構築していたにも関わらず、MicrosoftがTeamsで参入し、現在ではTeamsのアクティブユーザー数がSlackを越えています。
Microsoftが、自社のビジネス基盤を活用し、オフィスツールとの抱き合わせでビジネスチャットを一気に普及させるという、王者の戦略を取った例です。スタートアップから見ると、成長期にこういう競合が現れると強い脅威になりえますね。
村上:以前、参入障壁、”Moat”について話しましたが、参入障壁になりうる要素とは、模倣しづらいものであるはずです。一方で、先述した成長期・成熟期それぞれにおける模倣戦略や王者が取る模倣戦略について考えると、これはとどのつまり、模倣しやすいもの、つまり参入障壁として機能しないものを、市場内で模倣し合っている状態であるわけです。
そうなると、実際、最も開発力・資金力のある王者が、最も完全に模倣・再現することができ、他プレイヤーの競争優位性を無効化することができる。王者にとっては、模倣により、競争相手の競争優位性を無効化し、同時に自社の競争優位性を高めることができる。王者の模倣戦略とはそういう効力を持つものだということですね。
朝倉:王者の模倣戦略というと、やはりFacebookが挙げられるでしょう。彼らの戦略は明確で、新たなコミュニケーションサービスが出現したら、買収するか、徹底的に模倣する。
WhatsAPPやInstagramは、買収で内側に取り込み、今や自社プロダクトとして成立させています。一方、買収できなかったSnapchatに関しては、躊躇なくメイン機能を模倣し、そのまま自社プロダクトに反映するという戦略を取っています。セオリー的には「競合手に対して差別化戦略を取るべき」と説かれそうなところですが、彼らは徹底的な同質化戦略を取る。まさに王者の戦い方ですね。
村上:大手でM&A戦略を議論する際には、競合分析から入ることが多いですよね。 GoogleにしてもFacebookにしても、いま伸びている競合はどこか、という分析が経営戦略上の重要イシューです。
例えば先程の例で言えば「今、Instagramっていうのは伸びてきているが、うちはどうする?」という議論を欠かさずにしておく。そうすると大きな間違いは起きない。王者の経営戦略では、目配りする論点は多いものの、戦略を考える方法論は比較的シンプルだと思います。
競合を意識した組織マネジメントの功罪
朝倉:ここで視点を変えて、社内コミュニケーションにおける競合の取り扱い方について考えてみましょう。よくあるのは、競合を意図的に仮想敵に仕立てて、組織マネジメントを行う手法です。
小林:この手法を取ると、マネジメントがしやすくなり、組織のエグゼキューションレベルが上がる傾向にあると思います。競合の動きを見てすぐに組織が反応するので実行スピードが上がりますよね。
朝倉:わかりやすい仮想敵がいることで、組織内の一体感・求心力が高まるという側面もありますよね。
村上:仮想敵がいることによって戦略がシンプルになるという効果もあるでしょう。例えばニコンvsキャノンの競争のように、競合とのスペック・機能比較をベースに、自社プロダクトの進化を議論できるので、非常にわかりやすい。
そういう意味では、仮想敵を設けることにはメリットもありますが、その反面、注意すべき点もあります。競合を強く意識しすぎ、戦略議論がシンプルになりすぎた結果、第3の選択肢を見落とし、意識していなかったプレイヤーに優位を奪われるといったリスクが生じます。
小林:それは、今挙げられたレンズ交換式カメラの例でも顕著ですね。
当時、レンズ交換式カメラ市場では、ニコンとキャノンで合わせて8割程度のシェアを持っていました。両者のプロダクトラインナップはほとんど同じ、お互いに完全に同質化戦略でぶつかり合っていた。
しかし、この競争環境に対し、ミラーレスという新たなプロダクトを持ったソニーが仕掛けてきたわけですね。ニコン・キャノンは両社とも、明らかにミラーレスを軽視していました。お互いを意識しすぎるあまり、第三勢力を軽く見て対応が遅れたケースです。
村上:他には、米国におけるケーブルテレビ局間のコンテンツ競争に、全く新しい配信プラットフォームとしてNetflixが攻めて来た、日本におけるガラケー上のコンテンツ戦争に、スマホが入ってきてゲームのルールが変わった、などの例も同様ですね。
プラットフォームや技術基盤が根本的に異なる勢力を、競合と認識できずに対応が遅れてしまった。これは競合を仮想敵化し、同質化戦略を取る手法が孕むリスクだと思います。
小林:業界・集団の中で陳腐化・コモディティ化が進んでいるときに、ゲームチェンジャーが現れて、集団ごと一気に打ち負かされてしまうパターンですね。
朝倉:先述したように、競合を仮想敵化する組織マネジメントは、非常にわかりやすい手法である一方で、事業成長の本質からずれたところで不必要にエネルギーを使ってしまうという側面もあります。
小林:そうですね、とにかく競合の一挙手一投足全てが気になってしまう、という状態は健全ではありませんよね。
朝倉:はい。もっとマーケット、顧客と真摯に向き合ったほうがよい局面もあります。
また組織マネジメントの観点では、競合対策ばかりに執心していると、相手が陳腐化したり、撤退したりした時に、目標を見失ってしまう、燃え尽きてしまうこともあります。
村上:先述したように、1対1の競合関係だけではなく、第3の選択肢を見落とさないようにする、一段視座の高い競合戦略を考える必要があると思います。同業他社との横並び比較や単純な同質化戦略だけにとらわれず、広い視野で競合を捉えて戦略を描くことができれば、対競合戦略・競合対策という考え方は非常に効力を発揮します。
小林:自分たちが目の前の競争環境にとらわれて、集団ごと陳腐化していないかどうかを客観視する冷静な視点と、競争相手を意識して競争を仕掛け続ける熱量の高い視点のバランスが必要だということですね。
朝倉:セオリーとして、「競合のことは意識しすぎずに、顧客・マーケットに集中せよ」と言われることもあります。これはこれで正論ではあるのですが、とはいえ、やはり同時に、広い視野で競争環境を捉え、競争相手がどういった反応・リアクションを仕掛けてくるかを見極める努力を放棄すべきではないでしょう。相手を観察することによって、自分たちの戦略オプションに対する理解を深めることもできる。
競合という存在を冷静に見極めることで、自社の戦略を磨く要素にすることが肝要なんだと思います。