プラットフォームの成長に欠かせない「ネットワーク効果」。一般的にはスタートアップが構築する参入障壁の一例とも考えられています。しかし、ネットワーク効果は永続的に競合参入を妨げる機能を果たすのでしょうか?ソーシャルゲームやSNSを例に、ネットワーク効果が参入障壁として機能するための条件について考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)
利用者数の多さに比例するネットワークの価値
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は一般に参入障壁として取り上げられる「ネットワーク効果」について考えたいと思います。参入障壁とは、競合(顕在・潜在)プレイヤーが同じマーケット・事業に参入するのを阻み、顧客を奪われないようにするための仕組み、構造のことですね。英語では”Moat”(堀)と表現されます。
たとえばウォーレン・バフェットは、投資において「”Moat”が十分構築できているかを重視する」と述べています。 参入障壁にもいくつか分類があります。
例えばバフェットの代表的な投資先の一つにコカ・コーラがありますが、バフェットは「コカ・コーラの強力なブランド認知は、他製品には容易に切り崩す事のできない参入障壁である」と考え、こういった会社を好みます。ネットワーク効果も、参入障壁の一種として取り上げられることが多いですね。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):ネットワーク効果について、Wikipediaでは「製品やサービスの価値が利用者数に依存していること」と定義されています。使っている人が増えれば増えるほど、より価値が高まるということです。
ネットワーク効果の代表例として挙げられるのが電話ですね。電話は使う人が1人しかいなければ何の価値もなく、2人でも単なるピア・ツー・ピア(P2P)の通信しかできません。しかし、多くの人が使えば一般的な通信網となる。利用者が増えれば増えるほど、利用者にとっての価値が上がります。同様に、インターネットサービスの多くがネットワーク効果によって広がったのは事実でしょう。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。留意すべきは、ネットワーク効果の効き目はサービスの性質によって強さが違うという点だと思います。たとえば電話やメッセージアプリは、ネットワーク効果を比較的強く感じられるプロダクトだと思いますが、各サービスにとってネットワーク効果が本質的に、どれくらい参入障壁として寄与するかが問題です。
ネットワーク効果は諸刃の剣?
小林:複数の事業者が同じ価値のサービスを提供しているのであれば、一般的には、利用者の数が多い方が広まりやすくはあるでしょう。一方で、同じように見えるサービスでも、実際には異なる新しいサービスが出現した場合だと、状況は異なります。
例えばモバイルゲームのプラットフォームが、ガラケー(ガラパゴス携帯)からスマートフォンにシフトしていったような状況ですね。2010年代初頭のソーシャルゲームの事業環境を思い返すと、当時、ガラケーのプラットフォームは多くのゲームユーザーを抱えていました。
そこにスマートフォンが現れたわけですが、テクノロジーの変化やコンテンツの違いが出てきたことで、ガラケーのプラットフォームが陳腐化し、単純にユーザー数の多寡だけでは、付加価値を提供し続けることも、ユーザーを囲い込むこともできないといった状況が起きました。SNSの栄枯盛衰も、同じような状況だったのではないでしょうか。
朝倉:そうですね。よく言われる話ですが、 Facebookは最初に登場したSNSではありません。MyspaceやFriendsterのように、Facebookよりも先行して多くのユーザーを抱えていたサービスもりました。
しかし、Facebook は大学という小さな社会集団で濃厚なユーザークラスターを生み出し、「この学校ではFacebookを使った方がより多くの友人と繋がれる」という「Facebokを選ぶ理由」を創り出しました。局地的なネットワーク効果を生み出し、その横展開で一気にユーザーが広がっていった例です。
当たり前の話ですが、SNSは人と交流するためのツールですから、「友達が使っている」ことが使う理由になります。ネットワーク効果によってユーザー数の拡大が図りやすいサービスの典型例ですね。
小林:朝倉さんは日本のSNSの栄枯盛衰の只中にいたと思います。日本では、ある時期まではmixiがSNS最大手でしたが、FacebookやTwitter、LINEといった軸足の異なるサービスが出てきて、覇権が移り変わりました。
朝倉:そのときの実体験から強く感じるのは、ネットワーク効果は必ずしも参入障壁ではないんじゃないかということです。たしかに、右肩上がりの成長プロセスにあるサービスが急速にユーザー数を拡大させる施策として、ネットワーク効果を採り入れるのは非常に効果的だと思います。
一方で「参入障壁」と呼べるような新規参入を食い止める持続的な効果がネットワーク効果にあるのかと言えば、私は懐疑的です。例えばC向けのWebサービスの場合、利用者数には一定の上限がありますから、いずれは飽和点に達して成熟期を迎え、通常はその後、下降線を辿るものです。恐ろしいのは、ネットワーク効果は逆回転を起こし得るという点です。
SNSだと、サービスが成長している間においては、「ユーザーが集まっていること」自体が、新規ユーザーがサービス利用を始める理由となり、同時に新規の競合プレイヤーが参入することを妨げます。一方で、使う理由が「友達が使っている」からであればこそ、人が集まらないSNS、人が離れていくSNSに魅力はありません。
ユーザー数が減少局面に入ると、今度は利用を止める理由にもなり、急速にユーザー離れが起きます。負のネットワーク効果が働くわけですね。ネットワーク効果はサービスの成長期においては利用を促進する反面、衰退期においてはユーザー離脱を促進する原因にもなる。これを果たして「参入障壁」と呼ぶべきなのか、疑問に感じるところです。
ネットワーク効果だけでは参入障壁たり得ない
村上:ネットワーク効果が参入障壁になり得るのは、スイッチング・コストが高い場合ではないでしょうか。人間は飽きやすい生き物ですから、人の趣味嗜好だけに依存して構築されたネットワーク効果は崩れやすい。
しかし、例えば電話の場合、電話会社を変えようと思ったら新たに回線を引く必要があり、ユーザーからすればスイッチング・コストが高いわけです。このように、ユーザーの支持だけでなく、リアルアセットによってスイッチング・コストが高い状態に保たれていることとセットになることで、ネットワーク効果ははじめて参入障壁となり得るのではないかと思います。
朝倉:SNSの場合、運営者側がスイッチング・コストになり得ると目論んでいたのが、アクティビティログやライフログですね。自分自身の行動履歴や記録が貯まっていくことによって、ユーザーにとって離れがたいサービスになるものと考えられていました。
ですが、蓋を開けてみると、こうした思惑は期待通りの結果にならなかった。それはスイッチング・コストになり得るほどのログを十分に蓄積できなかった、蓄積すべきログの性質が違ったということなのかもしれませんし、そもそもこうしたログは一つのサービスにとどまる理由にならないということだったのかもしれません。
またユーザーの嗜好や生活スタイル、ライフステージが変わると、それまでに蓄積していた過去のログが、今のユーザーにとって不適切になり、かえってサービスの卒業を促す一因にもなっていたのでしょう。
村上:蓄積されたデータに価値があるかどうかは、データの性質によっても異なるでしょうね。例えば、あるユーザーのライフログを15年分蓄積している場合と、短期間しか蓄積していない場合でも、最新の多様な消費者のライフログを持っている点では、後者の方がより高く評価されるといったケースはよくあります。
単にデータを蓄積しているだけでは、スイッチング・コストになるとは限りませんし、どのようなデータにどうアプローチするかが重要なのだと思います。
朝倉:ネットワーク効果にせよ、データ蓄積にせよ、それが恒久的な参入障壁に直結するわけではないということでしょうね。
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