長期化する新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を受け、経済にも甚大な影響が生じています。リーマンショック以上とも言われる世界的不況を迎え、先行きの不透明さが増す中ではありますが、これまでの歴史を振り返ると、逆境を糧に成長するスタートアップが存在するのも事実です。今回は、不況下において成長するスタートアップについて考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)
Slack, Uber, Instagram 逆境のなかで生まれたスタートアップ
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を受けて、スタートアップに限らず経済全般に甚大な影響が及んでいます。世界的な景気後退を迎え、先行きの不透明さが増すなど、危機感を募らせるニュースが多い中ではありますが、過去、このような不況、逆境のタイミングでも成長を遂げたスタートアップが相応にあるのもまた事実です。
例えばリーマンショック後の不況期では、アメリカであれば SlackやUber、Square、WhatsAppの設立年次が2009年です。InstagramやPinterestが設立されたのは2010年ですね。
日本に目を向けてみると、ユーザベースが設立されたのが2008年。ラクスルは2009年に創業しています。今、注目を集め、成長しているスタートアップの中でも、不況期に設立され、その荒波を乗り越えてきた会社も確実にあるということです。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):苦境期を乗り越えて成長している会社の特徴を考えるにあたり、アナロジーとして苦境期に採用された人材の特徴を考えてみると面白いのではないかと思います。
例えば、就職氷河期に採用された人と、大量採用期に採用された人には、一定の違いがありますよね。人材も会社も、やはり、苦境期のマーケットの峻烈な選別機能をくぐり抜けた、という共通の特徴が顕れるのではないでしょうか。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):選別機能というところで言うと、プロダクトを選ぶクライアントやユーザーの目もあると思います。好況期にはなんとなくノリや雰囲気で新しいプロダクトが使われることもありますが、不況期には「本当に必要」、「絶対ないと無理だ」というものでないとなかなか採用されない。
先日、まさにユーザベース創業者の梅田優祐さんが、プロダクトについて「ユーザーにとって何が何でも必要、Must Have、というレベルにまで引き上げないとユーザーは課金してくれない」 と書かれていました。
不況期においては、“Nice To Have”はなかなか選ばれづらくなるでしょう。つまり、”Must Have”かどうかがより問われるようになる。結果、プロダクトの力を強めることに集中していくようになるということなのかもしれません。
朝倉:以前、米国でスタートアップを経営されているシリアル・アントレプレナーのKiyo(小林清剛氏)と話した際に、面白いと感じたことがあります。
何かというと、彼は「日本のスタートアップは、実はプロダクト・マーケット・フィット(以下、PMF)する必要が無いんじゃないか」と言っているんですね。詳しくは記事をお読みいただきたいのですが、アメリカのマーケットは地域の多様性も高く、人種も含めてバックグラウンドがバラバラだから、プロダクトが多くのユーザーに受け容れられる相当練り込んだものになっている必要がある。したがってグローバル展開にも移行しやすい。
一方で、日本は非常に同質性が高く、初期のユーザーのほとんどは関東平野に集中しているため、そこまでPMFが成立しきっていなくても、マーケティングの力で一定のユーザー数は獲得できてしまう。したがって、力技で第一想起を得ることで、一定水準の事業成長は遂げられるのではないかと。
相対的にはそう見える日本の市場ですが、それでも不況期においては、プロダクトの磨き込みに対する感度をより一層上げていかなければなりません。結果として、不況期を乗り越えて生き残った会社は、そのフェイズを乗り越えた会社なのでしょう。
苦境期はさまざまなシナリオを練る機会
村上:そうですね。加えて、資金面での選別機能も強く作用すると思います。 創業期の資金もそうですが、シリーズA以降での選別も、当然より厳しくなっていきます。これはスタートアップに限ったことではなく、投資という分野全体の選別機能が圧倒的に厳しくなる。
投資対象としてのスタートアップの魅力は、飛躍的に成長する可能性があるところです。しかし、いったん不況に入ると、ダウンサイドリスクがないか、損失を出さないかといったリスク回避型の見方をされがちです。
起業家は、このように前提が大きく変わった中で資金繰りしていかなければなりません。単純に、「TAMが大きい」、「成長しそうだ」といったことだけではなく、しっかりとマーケットニーズがあるか、戦略が描けていて戦術レベルにまで落とし込めているか、といったより具体的なアイデアが求められます。
別の見方をすれば、創業期に、楽観的なシナリオだけではなく、悲観シナリオも含むさまざまなシナリオを入念に練る機会を得たと考えれば、これは起業家にとってはチャンスと捉えることもできますね。
創業期に成長シナリオのパターンについて深く思考できていれば、次に訪れるグロースフェイズには、より準備できた状態で臨むことができます。これも後にアドバンテージとなるポイントなんじゃないでしょうか。
小林:外部環境が底であるということは、言い換えると、この後は必ず上向くということ。資金面、採用面いずれも状況は良くなっていくわけで、その時に向けて初期段階で思考を鍛える機会を得ているということですね。
不況期は採用の絶好のチャンス
朝倉:採用面に関して言うと、不況下では買い手市場になるため、会社側は人材を選別しやすく、より優秀な人を採用しやすい環境だとも言えます。
私はリーマンショック当時、戦略系コンサルティングファームに在籍していましたが、当時若手のコンサルタントに転職エージェントが案内していたのが楽天、Amazon、エムスリー、エス・エム・エス、GREE、DeNAといった会社です。
紹介されるのはだいたい同じ顔ぶれ。これらの会社は当時、人材を採用しやすい状況だったんだろうと思いますが、あの不況下でも積極的に採用活動をしていたこのあたりの会社は、今もサバイブしています。
村上:そうですね。私も、不況下において唯一、スタートアップにとって有利に働くのは、採用だと思っています。大企業に在職している相応にハイスペックな人材が、転職マーケットに放出されるという現象も起きるでしょう。
また、一部の超ハイスペック人材も、マーケットの潮目が変わったために、積極的に、働く場所を変えるという動きをするようになり、採用候補として表出すると思います。
従来は、そういった人たちの採用競争は激しいものでしたが、不況下においては、超優良企業か、今からビジネスを本格化するスタートアップしか採用しなくなります。なので、スタートアップにとっては、採用の需給環境としては非常にいいはずです。
加えて、不況期って10年は続かないんですよね。数年で絶対に上げ潮が来る。なので、数年の間にきちんと準備を進めておけば、PMFして「さぁこれからアクセルを踏むぞ」というタイミングで、資金面・人材面ともに追い風のフェイズを迎えることができるはずです。
また、不況期を共にした初期メンバーや初期投資家と良好な関係が築けていれば、景況が好転した時も強固な体制を維持した状態で攻めに転じられます。
このように、不況期の起業では、厳しい外部環境の中で溜めた力を、環境が好転した時に一気に発揮できるというストーリーが描けるんじゃないでしょうか。
小林:確かに、初期にしっかりしたカルチャーが築かれていたり、信頼がおけるメンバーを確保できたりすることによって、拡大のための素地や土台が強固になるというのは、不況期のポジティブな面としてあるでしょうね。
朝倉:やや精神論めいた話にもなりますが、経営者は外部環境が厳しい苦境の時にこそメンタリティや思考の深さが鍛えられるものです。 流動性や環境変化、リスクに対する感度が高まりますから、緻密に戦略を練り、プロダクトを磨き、収益性が確保できる強い事業構造を構築しようという意識がより強く働くんじゃないかと思います。
だからこそ、村上さんが先述していたように、苦境期に鍛えられたプロダクト・事業が、景気が好転していくタイミングで、一気にアクセルを踏めるようになる。ある種の相乗効果が働くんでしょう。
不況が引き起こすパラダイムシフトはスタートアップの勝機でもある
村上:まさにそうですね。もう一点思うのは、不況期にはマクロのニーズ変化やパラダイムシフトが世界的に起きやすいということです。例えば、リーマンショック時には、従来は高コストでも何も疑わずに行われていたことに対して、効率化のニーズが一気に高まりました。
このような新たなニーズや考え方の変化が、さらに新しいテクノロジーの登場と重なると、大きなパラダイムシフトが起きます。大きなマクロのダイナミクスの変化によって、世界全体で人々の行動様式、働き方、ライフスタイル、考え方など、様々な変化が生じるでしょう。
それはつまり、既存のサービスとマーケットニーズのギャップ・歪みが非常に生じやすいフェイズということです。なので、新たなニーズを一番先にとらえることができるという意味では、新しい事業を創業するタイミングとして、好機である。
こうした変化の局面でファーストムーバー(先行者)として逃げきれるチャンスもあるというところも、非常に面白いんじゃないかと感じています。
朝倉:結局のところ、既存の仕組みに縛られる必要がなく、変化に即して柔軟に大胆な新しい手段を提示できることが、失うものが何もないスタートアップの一番の強みですからね。既存のビッグプレイヤーはすでにアセットや人を抱えているために、なかなか一気に戦い方を変えられない。
これはスタートアップにとってのチャンスでもある。スタートアップは「治世の能臣」ではなく「乱世の奸雄」を志向しないと。ここまで、不況期のスタートアップのあり方について話してきましたが、結局のところ、順境期の戦い方と、不況期の戦い方というものがあり、その違いを認識して順応していくということなんだと思います。
バブル期にはバブル期の利点があります。日本でいえば、ITバブルがあったからこそ、楽天やサイバーエージェントのような新興プレイヤーが追い風を受けて台頭することができたわけです。バブル期の追い風を掴んで大胆に仕掛けるという戦い方もある。
一方で、不況期には、違う立ち居振る舞いが求められる。闇雲な拡大よりも、粛々と事業・プロダクトを磨き、事業を育てていくことにより力点が移っていく。どっちが正しい、どっちが間違いという話ではなく、周辺環境の違いによって戦い方のパターンが変わってくるということなのだと思います。
個人的には、不況期だからといってそんなに落胆する必要もないと思います。いつの時代だって新しいニーズはあるし、そこに訴求するソリューションを提供することができれば、時間はかかっても、より骨太な事業を作ることができるのですから。
こんなご時勢だとどうしても暗い面に目が行きますが、創意工夫で骨太な事業を自分たちがつくっていくという気概を持ちたいものです。
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