上場が近づくレイトステージのスタートアップが意識すべき取締役会の運用やボードメンバーの構成について意識すべき点は何か。グロースキャピタルの視点で考察します。
(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)
上場後の取締役会に注がれる外部の視線
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):2015年のコーポレートガバナンス・コードの公表以降、上場企業に関するガバナンスの重要性が再認識されるようになりました。
また最近ではスタートアップでも、上場が近づいたレイトステージの会社を中心に、上場を見越したガバナンス体制のあるべき姿を巡る議論が増えてきたように感じます。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):そうですね。上場準備段階に入れば、証券会社などから微に入り細に入り指導されるポイントがまさにこの「ガバナンス体制」です。
中でも注目すべきは、会社にとって本質的な議論を交わす場であるべき取締役会が適切に運営されているか、実効性が高い形になっているかという点です。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):取締役会で外部の目に耐えられる議論をしているかという点は重要です。上場後の取締役会は、ガラス張りの部屋で少数株主の視線を浴びながら議論をするという感じに近いんですよね。そうなったときに耐えられる議論ができるよう、準備しておく必要があります。
小林:決議機関として適切に機能させるための各種規程の整備、取締役会に関連する書類の適正な管理、会議開催に伴う適切な手続きといったテクニカルな点は、最低限整備しておかなくてはなりません。
朝倉:それらを踏まえたうえで、会議での決定事項を執行に落とし込む手続きが整備されているか、会社を動かしていけるか、といった実効性の整備を意識する必要がありますね。
取締役会の体裁を整えたは良いものの、社外取締役が規程の文言レベルの指摘、確認ばかりに終始し、本質的な議論がなされない、といった悩みの声を耳にすることもあります。
内輪の議論で気付かなかった観点を得る機会
村上:一般的に、レイトステージ、上場企業、大企業と会社が成長するにつれ、取締役会は非効率になりがちです。
多くのスタートアップ経営者は、「いちいち説明したり承認を取り付けたりせず、阿吽(あうん)の呼吸で、効率良くやりたい」と考えがちですから、上場に伴って管理の複雑性が増すことに対して、抵抗感を覚えることもあるでしょう。
しかし、効率が悪くなる、管理が複層化することを受け入れてでも、「ガバナンス体制」を真摯に構築していく姿勢が重要です。
小林:一方で、スタートアップの創業メンバー内の議論では気付かなかったような新しい観点を得る機会として、取締役会をうまく活用している会社は確実に存在します。実際、長期的にはそういう会社の方が伸びている。社外の視点をうまく取り入れ、戦略を見直して、長期的な成長につなげている例はあります。
朝倉:ガバナンスと言うと、ことさらブレーキとしての機能が注目されがちですが、成長を後押しする機能にもなり得るもの。
スタートアップは成長することが宿命。ブレーキだけでなく、アクセルとしての観点でもガバナンスを捉えるべきでしょうね。
小林:短期的には間違いなくやることが増えるし、事務作業も増える。大変ですが、取締役会を長期的な、オープンな意見を得るチャンスとして活用できるかどうか。会社としてそういう部分を大事にしているかという部分は、成長の分かれ目ではないでしょうか。
意識的に「異分子」を取り込む
村上:日本は経営ボードの構成に関する議論が遅れがちだと思います。例えば日本では独立社外取締役の人数ばかりが注目されますが、海外ではボードのダイバーシティがより求められています。
朝倉:スタートアップであっても、例えば米国VC、ユニオンスクエアベンチャーズのフレッド・ウィルソンなどは、役員の多様性が重要だと主張しています。
例えば、VC からの社外取締役は基本的に1人いれば十分だと。VCがオブザベーション・ライト(出席権)を得るのはいいけれど、役員構成としてはより独立社外取締役を迎え入れることを検討すべきだと述べています。
ユニオンスクエアベンチャーズは、創業初期の早い段階から投資するVCですが、そうした立場の観点から役員構成の多様性の意義を唱えている点は興味深く感じます。
村上:海外では、環境、政府、テクノロジーといった分野の専門家を社外取締役に多く取り入れていますが、専門分野の違いゆえに、会社にとっては説明工数が増え、効率が悪くなるという側面もあります。それでも、畑違いの人たちと議論を重ねた方が会社にとって有意だという考え方があるからダイバーシティがこれだけ重視されているわけですね。
ボードにこうした「異分子」を取り込むというのを早い段階から経験しておかないと、企業が高齢化するほど、慣性は強くなってしまいます。
疑似的な従属関係に陥りがちな社外取締役
村上:話が早く進むメンバーでボードを構成したいというのは、一定程度許容されていいと思います。ただ一方では、全く違う視点からの議論を会社としてどれだけ重視できているか、受け入れられるカルチャーや経営者のマインドセットがあるか、ということにも紐づくので、多様性は重要だと思いますね。
朝倉:社外取締役は非常に大きな責任を負い、なおかつ経験も求められることもあって、候補者が必ずしも潤沢にいるわけではありません。
スタートアップの場合、創業経営者が旧知の人物に依頼する例も少なくありませんが、こうしたケースだと、社外取締役が独立的な立場で立ち居振る舞うというよりも、個人の人間関係をベースにしたなぁなぁの関係になってしまうこともあります。
村上:そうした状況に慣れすぎてしまい、上場を前にして「急に独立社外取締役と言われても」とならないよう、早い段階から癖をつけたり、取締役会の重要性を理解したりしておく必要があります。
朝倉: 実態として社外取締役は、経営者自身が外部の候補者を特定して働きかけるケースが少なくありません。こうした選任・解任プロセスで、経営者の意向が過度に反映されると、極端な話、経営者にとって都合の良い人選がされかねませんし、経営者と社外取締役の間である種の雇用関係、従属関係のような関係性が生じることにもなり得ます。これでは経営者を監督するという取締役会本来の役割が果たせません。
漫然と社外取締役の選任プロセスを進めていると、「異分子」は取り込まれづらいという点は留意すべきではないかと思います。