上場直後のスタートアップ(ポストIPO企業)の強みや魅力はどうすればうまく伝わるのか?また、うまく伝えきれないのはなぜなのか? スタートアップ上場後の成長加速をテーマに活動するシニフィアンの共同代表3人が、『新興さんいらっしゃい』でポストIPOスタートアップのトップ20人超を取材して感じた、ポストIPO企業が自社の強みをアピールする大切さと難しさについて、3回にわたって語ります。
(ライター:大西洋平)
概してピンとこない開示資料
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は「新興さんいらっしゃい」という企画を通じてポストIPOスタートアップのトップを取材してきたことを総括してみたいと思います。20人超の経営者と直接話してみて、3人がそれぞれ感じたことについてざっくばらんに語り合ってみようというのがその主旨です。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):総じて、開示されている資料だけではその企業の本当の魅力がちゃんと伝わっていないと思いましたね。実際にトップから説明を受けるまでは、「この会社の事業のカギを握っているのはココだ!」というポイントがうまく掴めなかった、ということがしばしばありました。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):確かに。外から客観的に見ている立場だからこそですけど、開示資料ではその会社の魅力をうまくアピールできていない部分が散見されて、「モッタイナイ!」と僕も感じましたね。
小林:まず、情報開示に関するスキルがまだ十分には養われていないことがその一因でしょうね。それに、数字には表れにくいその会社の個性、人で言えば“人となり”のような部分が非常に重要な部分であるにもかかわらず、きちんと表現するのが難しいのだと思います。そもそも社長の“人となり”というのは、配布された資料ベースではなかなか伝わってきませんから。
朝倉:それって、結局はスタートアップと大企業との違いじゃないかなと僕は思いますね。先日もとある投資ファンドのトップが「財閥系の社長なんて誰が務めても結果は同じだ」とおっしゃっていたけど、それはある意味では大企業の強みでもある。大企業となっていくためには、「誰がやっても安定して運営できる」という組織力を高めることがとても重要だということです。その点、スタートアップは経営者次第でガラリと変わってしまう。だから、単に決算書などの情報を見ているだけでは、おのずとわかることは限られてくる。経営者の“人となり”や信念を知らなければ、会社としての真の魅力もわからないでしょう。
村上:要は、「現時点ではまだ小さいが、今後の成長が期待されている」というのがスタートアップの特徴ですよね。そうすると、今までやってきたことに対し、かなりのプラスアルファ(今後への期待)を加味したかたちでマーケットから評価を受けがちです。例えば、大企業におけるプラスアルファの部分がせいぜい数十%だったとしても、スタートアップの場合はプラスアルファの占めるウエートがはるかに大きい。言い換えれば、大企業の価値評価は既存事業やそれまでのトラックレコードをベースに評価できる部分が大きいけど、スタートアップだとそうはいかない。 つまり、「今はまだ10にすぎないものが100とか1,000に化ける」という話になってくるわけですが、上場時のかなり制限された情報開示において、その可能性を十分に表現しきれないのが実情だと思います。「経営者に依存している」と2人が指摘したことに加えて、「将来の価値」により重きが置かれていることもわかりにくさに結びついている気がしますね。
自社の魅力を社長が自分の言葉で語る
小林:マザーズ市場に上場する企業は「成長可能性に関する説明資料」という特別な開示が義務づけられているものの、総じてその内容も重要なポイントに切り込んでいるものとは言いがたい。特に新規の取り組みに関しては、「不確定要素を盛り込みすぎると差し支えが生じかねない」と主幹事の証券会社が指導しているのか、あまり突っ込んだ説明になっていません。本来なら目の前で新たに取り組んでいることこそ、その会社の魅力につながりうるのに、そういった肝心な部分が隠れてしまっているのがモッタイナイ。 上場時の開示には制約がある中で、新興企業は自分たちの魅力を伝えるために、どういった情報発信を行っていくべきなのでしょうかね。たとえば、社長が積極的にインタビュー取材に応じていくとか……。
朝倉:やっぱり、社長が自分の言葉で自社の魅力について語ることは非常に重要ですよね。上場申請期間中に何かと制約を受けることはやむをえないとしても、その後は社長がどのような言葉を発していくのかによって、世の中の評価がかなり変わってくると僕は思います。中には「そもそも人前にはあまり出たくない」という経営者もいます。それはそれで一つのキャラクターなのかもしれないけれど、自分たちの会社の魅力を発信しないことによって、気づかないうちに失っているものがあるように思いますね。
村上:確かに「新興さんいらっしゃい」に登場してきた企業は、まだ世の中ではデファクトになっていないのが現実です。一般の人たちの多くは、その存在さえ認識していないはずですよ。だけど、これまでインタビューを続けてきて僕が感じたのは、自分たちのユニークネス(唯一無二)がどこにあるのか、普段からしっかりと意識している経営者の方が意外と少なかったということです。新興企業の社長こそ、自分たちがいかにユニークな存在であるのか、理路整然と説明できる人物であってほしいと思います。そのためには、自分たちの優位性をきちんと客観視し、それについて投資家にきちんと説明できるスキルセットが求められるということでしょうね。
先入観を払拭する発信が必要
朝倉:客観的な視点をもってIR活動を行うということに関しては、まだまだ改善すべき余地があると僕も感じましたよ。僕たちのような第三者が取材を通じて話をうかがってみると、どの会社でもいくつものポジティブなサプライズが出てきたじゃないですか。事前に資料を読み込んでいても驚くということは、そういった話を、自分たちから十分に伝えられていないわけです。 また、これは投資家やアナリストが考えを改めるべき課題でもあるけど、とかくマーケットでは新興企業のことを「○△関連銘柄」などといった強烈な先入観で捉えられがちです。そういった色眼鏡を通したイメージを一発で払拭できるようなインパクトを持ったメッセージを会社が発信しないと、いつまで経っても実像は伝わりませんよ。
小林:たとえば「教育と言えばベネッセ」「警備ならセコム」といった具合に、投資家側は必ず何らかのベンチマークを引き合いに出し、同じカテゴリーに属するものとしてその新興企業の事業を判断しがちですよね。そうすると必然的に既存のものさしで新興企業を捉えることになるので歪んでしまって、その会社が本当にやろうとしていることを見誤ってしまう。歪曲したイメージで捉えられないためにも、既存のものとはどこがどう違っているんだ、とみずからが打ち出せないといけません。
朝倉:難しいのは、自分たちの事業の魅力についてアピールする側と、その話を聞く側との間に、温度差があることですよね。
たとえばシリコンバレーのインキュベーター(起業支援者)が主催するデモデイ(事業説明会)などに参加して感じることですが、スタートアップにとって、投資家を前に行うデモデイは非常に重要です。だけど、現実には2〜3社目ぐらいまでならきちんと耳を傾けてくれるものの、4〜5社目を過ぎたあたりから明らかに聞き手の集中力が低下してくるものです。そうなると、自分たちのビジネスのことをどれだけ強烈に印象づけられるか、どこまでわかりやすく説明できるかということが肝心。ありきたりな言葉で語ってしまうと、すでに世の中に存在しているビジネスと混同されかねません。だから、発信する情報量を抑えつつ、尖りを残した言葉で印象づける必要がある。
たとえばここ数年、シリコンバレーのデモデイでオンデマンド系の新規ビジネスについて説明する際に、「○△版のウーバー」という表現をタグラインに用いると、わかりやすさもあって、非常に聞き手の心に刺さりやすかったものです。もっとも、その会社の中いる人たちだけでは、そういった表現がなかなか思いつかないのかもしれませんね。
朝倉 祐介
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
村上 誠典
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。
小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。