先般、経済産業省で開催された「第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会(第7回)」にて、シニフィアンより「日本のベンチャーエコシステム確立に向けて」と題したプレゼンテーションを行いました。以下、内容の概略です。当日の説明資料はコラムの末尾に掲載しております。
未上場スタートアップの活況、Post-IPOスタートアップの苦悩
2017年、日本国内の未上場企業の資金調達額は約2,700億円に達しました。2012年が約630億円だったことを踏まえると、未上場企業に対するリスクマネーの供給は、過去5年の間で4倍以上の規模にまで成長していることが伺えます。
また、近年の好景気や、スタートアップに対する資金流入の影響もあり、新規上場社数も増加傾向にあります。リーマンショック直後の2009年には19社に留まっていた新規上場社数は、2017年には90社にまで増加、回復しました。 世界的な金余りが追い風となる中、積極的なスタートアップ支援策と起業家や投資家をはじめとしたスタートアップ当事者の取り組みが奏功していることの表れと言えるでしょう。
その一方、未上場フェイズで順調に事業を拡大し、上場を果たしたスタートアップの中には、上場後、成長に伴う様々な課題に直面する会社が少なくありません。 2016年にマザーズに新規上場した企業の上場時平均時価総額は約66億円でした。この規模感からも見て取れるように、新たに上場する新興企業の多くは、未だに成長途上の段階にあります。決して「できあがった会社」ではありません。
こうした上場後のスタートアップ(Post-IPOスタートアップ)の多くを、上場企業経営経験のない経営者が率いているのが日本の特徴です。「日本にはシリアルアントレプレナー(連続起業家)が少ない」という事実は度々指摘されることですが、シリアルアントレプレナーが少ないということは、新興企業の創業経営者に上場企業経営経験者が少ないということでもあります。 上場企業経営を持つスタートアップ経営者が少ないという事実は、我々にとって、取り立てて奇異に感じられることではないかもしれません。ところが、国外の投資家と話していると、こうした状況が往々にして驚きを以て受けとめられることがあります。一定規模に成長した会社の舵取りを担う経営人材のタレントプールがある環境から見ると、上場企業の経営経験のないチームがPost-IPOスタートアップの経営に取り組まざるを得ない日本の現状は、人によっては奇異に聞こえるのだそうです。
こうした陣容で成長途上のPost-IPOスタートアップが迎えるのが「第二の死の谷」です。 一般に「死の谷」とは、スタートアップの成長過程における、研究開発した製品を事業化するフェイズのことを指します。技術シーズを具体的なプロダクトに落とし込み、顧客を開拓して販売する過程で、必要な資金を調達することができずに頓挫するスタートアップは少なくありません。これが「死の谷」です。 こうした創業初期段階の「死の谷」に対し、「第二の死の谷」とは、Post-IPOスタートアップが直面する、事業・資本の支えが断絶するフェイズを指します。私の造語です。
上場前の段階であれば、未上場企業に対する投資を専門とするベンチャーキャピタリストがリスクマネーを提供します。中には、創業初期のスタートアップの成長のために有益なアドバイスを提供し、ハンズオンでサポートするベンチャーキャピタリストも存在します。また近年では、創業・イグジット経験を持つエンジェル投資家によるリスクマネー提供も活発になってきました。 先述の通り、未上場企業は資金調達額も増加傾向にあり、活況を呈しているゾーンです。
ところが、ひとたびスタートアップが上場すると、投資方針の制約上、多くのベンチャーキャピタル(VC)は投資先スタートアップの株式を売却しなければなりません。VCに資金を提供するリミテッド・パートナー(LP)は、あくまで未上場企業への投資を目的としてVCに資金を提供しています。資金の出し手であるLPに対してリターンを創出するために、投資先の上場を機に、VCは投資した資金を回収する必要があるのです。
その一方、上場株を専門に取り扱う機関投資家の多くは、少なくともスタートアップの時価総額が1,000億円程度を超えないことには、なかなか投資することができません。機関投資家はプロフェッショナルな視点で企業の価値を評価します。時には議決権を行使することで、上場企業に規律をもたらし、ガバナンスを効かせます。ところが、一般に「小型株」と称される企業群がこうした機関投資家の投資対象となるケースはまれです。
未上場企業に対してはVC、中型・大型株に対しては機関投資家といった、プロの投資家が存在します。しかし、多くのPost-IPOスタートアップが位置づけられる小型株の企業群に目を向けると、このゾーンに投資するのは主に個人投資家であり、リスクマネーや経営知見を提供するプロフェッショナルがほぼ存在しない状況です。
こうした状況下において、成長に伴う複数の課題が同時多発的に発生するのが、Post-IPOスタートアップの特徴です。経営、組織、事業、投資家コミュニケーション、資金調達といった各側面で、下図にあるような課題が生じがちな局面なのです。
なぜPost-IPOスタートアップにリスクマネーと経営知見が供給されないのか?
このように、Post-IPOスタートアップは成長過程における多くの課題に直面します。その反面、Post-IPOスタートアップは、中型株や大型株に該当する企業群にはない、成長可能性を秘めた魅力的な企業群でもあります。スタートトゥデイやMonotaRO、エムスリー、カカクコムといった日本を代表する新興企業も、上場当初は数百億円前半の時価総額でした。各社とも、上場時から時価総額を20倍以上に伸ばしており、中には50倍を超えるものもあります。
それでは、このように投資対象としても魅力のあるPost-IPOスタートアップに対し、なぜリスクマネーや経営知見を提供するプロフェッショナルが存在しないのでしょうか? 投資対象としての難点、ならびに供給側のスキルセット不足・仕組みの不備といった2つの側面から考えてみましょう。
投資対象としての難点
第1に、小型株の株式の取得・売却が難しい点が挙げられます。往々にして創業者の持株比率が高いPost-IPOスタートアップは、浮動株が少なく、市場での流動性も低い状態です。機関投資家がまとまった株式を取得・売却するには、機会が限られているのです。
第2に、時価総額の小さい会社への投資は、大規模な資金を運用する機関投資家にとっては運用効率が悪く、間尺に合いません。2017年年末時点で、日本の全上場企業の時価総額合計は約700兆円に達していますが、その内の70%以上は時価総額5,000億円を超える企業群に占められています。その一方で、時価総額1,000億円未満の企業群は全上場企業の約80%を占めていますが、それらの企業群の時価総額合計は、全体の約10%に過ぎません。小さな投資規模のために、多数の企業への投資を検討するのは、手間がかかりすぎるのです。
第3に、Post-IPOスタートアップが位置する小型株は、株価の変動が激しすぎるという点が挙げられます。流動性が低く、個人投資家主体の小型株の株価は、得てしてファンダメンタルズに基づかない価格形成がなされています。また事業規模が小さく、利益額も小さいPost-IPOスタートアップは、決算期毎に最終利益が上下しやすく、それに連動して株価も上下動しやすいのです。こうした価格変動の激しさも、長期的な投資家の投資意欲を削ぐ方向に働いているのではないでしょうか。
供給側のスキルセット不足・仕組みの不備
次に、こうした企業群をサポートし得る供給側の不備について検討しましょう。 まずもって、有望なPost-IPOスタートアップの選別が難しいという点が挙げられます。実質的にはスタートアップの段階にあり、情報開示も限定的なPost-IPOスタートアップの潜在力を判断するためには、ベンチャーキャピタリスト的な審美眼を必要とします。オーソドックスな資産管理の観点だけでなく、企業の根源的な成長可能性に対する洞察が求められるのです。
また、Post-IPOスタートアップの経営に対する価値提供が難しいという点も挙げられます。上場企業の経営経験を有する人材の流動性が日本では極めて低く、経営人材のタレントプールが形成されていないことは先述の通りです。
構造的な課題としては、一般的なアセットクラスに当てはまらず、投資対象から抜け落ちてしまいがちであるという点も挙げられるでしょう。ファンド等を介して間接的に企業にリスクマネーを提供するアセットオーナーの多くは、組織内において、投資対象を「上場⇔非上場」 で区分しています。こうした形式的な区分が、上場前後をまたいだ企業への横断的な投資が実行しづらい状況を招いている一因でしょう。 オルタナティブ投資担当者(未上場株担当者)は、その職務上、上場株に投資することができません。その一方、上場株投資担当者は投資対象の時価評価を必要とするために、高い流動性を求める傾向にあります。そのため、市場での流動性が低いPost-IPOスタートアップに対する、長期でのハンズオン投資が実現しづらいのです。
日本独自のスタートアップ・エコシステム確立のために
近年では様々なプレイヤーによる、スタートアップ支援の枠組みが広がりつつあります。そのこと自体は、スタートアップを取り巻く日本の環境が成熟しつつあることの証であり、一つの成果と言えるでしょう。 しかしながら、スタートアップを育てる社会的な本旨とは、新産業を創出し、産業構造の変革によって、私たちが対峙する社会課題を解決することにこそあるのではないでしょうか。いたずらに上場企業社数を増やすことではないはずです。 現在の本邦スタートアップ周辺の環境は、ともするとIPOを通じたイグジットに最適化した状況に思われる節もあります。
しかし、だからと言って、懲罰的に上場社数を絞ることが得策だとも思えません。イグジット機会を制限することは起業意欲を削ぎ、スタートアップ支援の機運を挫き、結果としてシリアルアントレプレナーやエンジェル投資家の数を減らすことになりかねません。これではかえって、日本のスタートアップ・エコシステム形成を阻害することに繋がりかねないのです。 マザーズとは、” Market of the high-growth and emerging stocks ”の略称であるそうですが、日本においては、新興市場が実質的にレーターステージのベンチャー投資の機能を一部代替しています。そう考えると、未上場のスタートアップに対する支援と同じ観点で、Post-IPOスタートアップを連続的に支援する枠組みが必要なのではないでしょうか。
2018年現在、日本には約3,700社の上場企業があります。この内、3,000社以上は時価総額1,000億円未満に留まる企業群です。Post-IPOスタートアップの中には、自力で成長を果たす企業もあれば、「リビングデッド」化してしまう企業もあります。Post-IPOスタートアップがまだまだ成長途上のフェイズにあることを思えば、全ての企業が成長を持続できないこと自体は、ある意味で仕方ないことなのでしょう。そうした企業にも機会を提供すること自体は、俯瞰的に考えれば、必ずしも悪いことではありません。 しかしながら、こうした3,000社の中には、もしも上場後の段階での支援の手があれば、もう少し早く成長軌道に乗ることのできた企業、あるいは、リビングデッド化せずに済んだ企業もあるのではないでしょうか。未上場と中型・大型株の合間に位置するPost-IPOというゾーンを考えると、「上場⇔非上場」という形式的な区分は、スタートアップの実態に即していません。この段階における企業の失速と停滞が、新産業創出のボトルネックとなっているように思われてなりません。
こうした課題を解決するためには、レーターステージの未上場企業に対する支援を強化し、新興企業を「大きく生む」ための道筋を模索することも重要です。ただ、それと並行して、「小さく生んで大きく育てる」ための、Post-IPOスタートアップを支える枠組みが必要であると、我々は考えています。日本におけるスタートアップを取り巻く環境の現状を踏まえると、両面での並行したアプローチが現実的であり、なおかつ効果的であると考えるからです。 会社の成長に向けて、複数のオプションを準備することによってこそ、日本により充実したユニークなエコシステムを形成することができます。そうすることで、日本から真に社会的インパクトを発揮する新興企業が創出できるのではないでしょうか。 活性化しているスタートアップの機運を一過性のブームに終わらせるのではなく、経済活動の土壌に根付かせるためには、単にシリコンバレー流を模倣するのでは間に合いません。 シリアルアントレプレナーの少なさ、上場タイミングの早さといった日本特有の事情を反映し、未上場企業だけでなく上場後も視野に入れた、我が国独自のエコシステムの形成を目指すべきだと考える次第です。
朝倉 祐介
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。