(ライター:石村研二)
エンジニアと営業の両立 ー「ユニポス」による社員の行動の見える化ー
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):メディアグロースのような事業を進めるには、エンジニアと営業という非常にタイプの異なる人材が必要になると思いますが、両者をうまくまとめていく秘訣は何でしょうか?
田中弦氏(Fringe81代表取締役CEO兼CCO。以下、田中):そこはすごく苦労したところですね。昔は営業に寄りすぎてエンジニアがすぐに辞めてしまったりということもあって、どちらかに寄りすぎないということが大事なんだとわかりました。ただ、そのためには、社内の誰が何をやっているのかを僕が完全にわかっていないといけない。例えば、深夜にアラートが上がってエンジニアがシステムを直していたとしても、言われなければそのことは上司にも僕にも伝わってこないので、気づかないんです。本当は翌朝、僕がそのエンジニアに「昨日はありがとう」って言えないといけないのに。
それで、今ユニポスとして社外にも売り出しているシステムを、まずは社内向けに作ったんです。ユニポスは、「Aさんありがとう」というような感謝の気持ちをリアルタイムで共有して蓄積できるシステムです。そのデータからMVPを決めたり、給与とも結びつけたりして活用しているものなんですが、もともと僕が4年くらい前に付箋紙とエクセルを使ってアナログなやり方で始めたものでした。
その時は、月に一度みんなに他の社員への感謝の気持ちを書かせていたんですが、そうすると負荷がかかるし、インセンティブに結びつかないとやらない人も出てくる。やっているうちに、そういう社内制度ってほぼ経営者の自己満足に過ぎないと気づいたんですね。そこで、負担を最小限にして、基礎的な行動としてできるものにし、その上でGoogleなども導入している「ピアボーナス」としてインセンティブにも繋がる仕組みにすることにしました。
今はだいたい1日100通くらい行き交っていて、感謝の気持ちを表明するだけではなく、「誰々が褒めてくれました」という報告や「もうちょっとこういうふうにやったほうがいいよね」という指導も可視化されて社内にオープンにされています。
中間管理層の成長が何よりも重要
小林:基礎行動に組み込めるというのと、細かいフィードバックが相互に得られるということは重要なポイントなのでしょうね。現場のオペレーションへの貢献が経営陣になかなか見えづらい業種に導入すると面白そうですね。他にこのユニポスの導入で良かったことはありますか?
田中:ベンチャーの生産性を上げるのに一番効くのは、実は中間管理層のパワーアップなんです。典型的なダメな中間管理層というのは2種類いるんですが、一つは中途で入ってきて「前の会社ではこうやっていた」って言う人。もう一つは新卒で入って、1年目2年目でものすごい成果を出して抜擢されて、「俺はこうやってきたからお前もやれ」っていう人。こういう人たちには部下がついて行かないんです。
ユニポスを使うと、中間管理層が部下にどう接しているのかがほぼ完璧にわかるので、中間管理層で部下を全然ほめてない人や、褒め方が下手な人が分かるんですよ。そういう人には「ちょっと来い」と言って是正していけば、中間層の能力は確実に上がっていきます。
新卒採用と人材育成で熟成させていく会社を作る
小林:上場のタイミングについてうかがったときもそうですが、事業と人材のバランスを上場時にこれだけしっかり話される経営者は、実は珍しいのではないかと思います。3年後のことを聞くと、普通は「こういう事業をやりたい」と言う人が多いように思うのですが、人材のバランスをどうしたいと答えるのは、Fringe81の強みでありユニークネスなんだと思います。新卒採用も増やしているそうですが、社員数が増えていく中でどのような組織を作っていこうと考えていますか?
田中:最初から、時間をかけて完成させる会社、熟成させていく会社を作ろうと考えていたんです。そのために1年目から新卒採用を行っています。最初の新卒は将来のマネジメント候補、3年目あたりからは中間マネジメント候補といった意識で採用を進めてきました。今ではより多くの社員に加わってもらえる体制が整ってきたので、現場で大活躍できる候補者も含めてガーッと採用しようと考えています。我々の作った商品を広めるためにパワーが必要なんですね。もちろん、将来的にはマネジメント候補にもなってもらいたいと思っています。
新卒社員と中途採用社員の比率は、今期で言うと、新卒8人に対して中途が30人くらいですが、再来期には新卒を50人採用して、社内でも新卒比率が半分くらいになるようにしたいと考えています。それは、将来のわれわれのビジネスのラインナップと規模から逆算して、どのくらいの現場戦力や中間マネジメント層が必要なのかという観点から考えています。
小林:なるほど、それも「組織のライフサイクル」なんですね。採用はどのようなやり方ですか?
田中:新卒採用では、3日間「リサーチサマージョブ」をやります。これは、ここ1~2年の間に5万ドル以上調達している海外のスタートアップのリサーチと未来予測をやってもらうというものです。これはもともと、僕が若い頃にネットエイジでやっていたことなんです。そうしたリサーチを、現役の社員が30時間くらい缶詰になって指導しています。それで「この人は育てられる」と社員が思う応募者に内定を出すんです。だから僕はこの2年間、最終面接をやっていません。リサーチジョブを通して応募者と直接過ごした社員が評価した人材を採用した方が、長期的に見ればいいと思っています。
小林:田中社長は採用活動に積極的に工数を割いているという印象があったので、最終面接をしていない、というのは意外な印象でした。現場への委譲を積極的に推進していることの表れなんでしょうか。
田中:権限委譲は積極的にやっていますね。上場セレモニーに出席するのも上場チームと取締役以外はくじで決めました。成果給のボーナスも人事部長が全部握っていて僕が口を出すことはない。現場に近いほうがフェアにやりやすいじゃないですか。理不尽さを究極までなくす、それが裏返すとフェアネスなんだと思います。
小林:中途で採用するのはどんな方ですか?
田中:中途の人は異業種がほとんどです。営業だとアパレルだとか、エンジニアだとメーカーが多いですね。逆にネット系の会社から転職する人は少ないです。新卒が純度高めなのに対して、中途には多様性があった方が、他とは違う会社になれると思っているんです。
営業と開発がらせんを描き会社は成長する
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):営業と開発の話に戻って、この2つをどうバランス良く機能させているのかについて、もう少しお話を聞かせていただけますか?詳しく言うと、ビジネスを開発、つまりプロダクトから考えるのか、営業、つまりマーケットから考えるのかということです。もう一つお尋ねしたいのは、そのバランスを現場レベルに任せていくのか、それともトップレベルで計画的に管理し推進していくのか、どのようにバランスは取られていますか?
田中:開発と販売のタイミングをずらしてるっていうのが答えでしょうか。例えば、ドコモさんの開発をやっていたときには、販売は広告代理業を中心にやっていました。つまりこの時点では開発主動です。その開発が落ち着いた時点で、ドコモさん向けには販売側が前面に出て行くようになります。つまり、弊社の軸足が自然とドコモさん向けの販売に重点を移すことになります。一方でドコモさん向けの開発を終えた開発チームはユニポスに取り組み始めたんです。現場での進行については現場レベルに任せていますが、そのような工程を進めるうえで、次の事業や開発のアイデアはトップレベルがその少し前に仕込むということです。
村上:なるほど。トップが仕込んだ事業のアイデアを、開発、営業の現場が実践し、その結果として生まれてきた面白いフィードバックをトップがアイデアとして次の事業に活かすことで、らせんのように未来に向かってゆき、会社が将来に向けて前進していくというような考え方でしょうか。
田中:そうですね。
小林:こうしたらせん展開の中では、開発・営業の各メンバーは、「ドコモ案件担当」「ユニポス担当」と明確に切り分けられているというよりは、それぞれのフェーズに応じていろんな案件に関わっていくということになるのでしょうか。また、多彩な案件にメンバーが携わる中で、「これは変える」「ここは維持する」みたいなことは決まっているのでしょうか。
田中:もちろん事業部長になっていきたいとか、その道を極めたいという人もいるので、それはそれで尊重しますが、どんどん担当する事業が移り変わっていく人もいます。
どの程度変えていいのか、という点についてですが、エンジニアリングに関して言うと、新しいビジネスをやるときには、フレームワークから言語から、全部変えていいことになっています。実際にユニポスを始めるときにも全部変えました。エンジニアって飽きっぽいんですよね。だから新しいものをやらせたほうが興味を持ってくれる。今Elmって言う開発言語を使ってるんですけど、聞いたことないでしょ?結果的にエンジニア領域だけを切り取ってもらせんのように進んでいるのかもしれません。
小林:確かに優秀な人ほど好奇心旺盛で新たなことにチャレンジしたがりますよね。短期的に見ると開発効率や生産性の面でマイナスだと思うんですが、それでも中にいる人を好奇心で引っ張りながらその人自身も成長するような環境を作っているというイメージでしょうか。
田中:そうかもしれないですね。ちなみに、そのらせんが既存事業のコストダウンに繋がることもあります。例えば昔はオンプレ(自社運用)でやっていたものをAWSに移して、それをさらにGCPに移しながら継続していくことで残存者利益がさらに増えていくようなこともあるんです。
小林:そこもユニークですね。Fringe81は「キワ」を狙って事業をしているとのことですが、「キワ」を狙っていくと、普通は古い事業はどんどん捨てていこうというカルチャーになりそうなものだけど、実はすごく粘り強い。この粘り強さというのがFringe81の面白さの一つだとおもうんですが、それはどの辺りから来ているんでしょうか。
田中:撤退基準なんてものは嫌いなんですよ。基準なんてなくても、儲からなければ携わっている人の元気がなくなってくることは見ていればわかります。新卒は文系でもコードを書けるレベルまで引き上げるということもやっているので、技術的負債が増えてコストがかかり過ぎているということにみんなが気づいてしまうんです。そういうときには、基準に頼らずにその事業にかけるリソースを減らします。「取っておく」という言い方をしますが、手間がかからない形で継続し、他の事業にかけるリソースを増やすことで携わる人の士気も事業も維持できる。それが「粘り強い」と映るのかもしれませんね。