COLUMN

【コロナ禍中の上場企業の開示を読む2】業績への定性的・定量的説明

2020.05.16

新型コロナウィルス感染症パンデミックが経済に甚大な影響を及ぼす中迎えた決算発表で、上場企業各社はどのように市場とコミュニケーションを取っているのでしょうか。実際の決算資料を事例に挙げながら、本稿では安全確保と外部支援に関する開示について、シニフィアン・小林賢治が解説します。

本稿は5月7日(木)に開催されたウェビナーの内容を加筆修正したものです。

Disclaimer:本内容は何らかの投資行動をとることを勧誘するものではなく、いかなる意味においても特定の有価証券、金融商品の売買の申し込みを推奨するものではありません。

(ライター:ふじねまゆこ 編集:正田彩佳)

事業への影響についての開示(定性編)

前回に引き続き、新型コロナウィルス感染症拡大が甚大な影響を引き起こす中、迎えた決算発表で、上場企業各社がどのような説明・対応を行ったかを解説します。

おそらく最も関心が高いであろう「事業への影響についての開示」についてですが、定性的説明と定量的説明に分けて見てみましょう。

まず、定性編として、非常によくまとまっている好例として、テクノプロ・ホールディングスを取り上げます。

出典:テクノプロ・ホールディングス

こちらは国・地域ごとに分けて影響を説明しています。定量的に、と言えるほど数字は出ていませんが、各地域の状況がわかる程度には詳しく書かれており、好例と言えます。

他社の例だと、もっと大雑把に「影響がありそうだ」と示唆するレベルの説明も見受けられましたが、このテクノプロ・ホールディングスのように、ある程度メッシュを細かく切って説明すれば、投資家は解像度高く理解できると思います。

続いて、前田工繊は事業ごとに、状況と対応・見通しをまとめています。

出典:前田工繊
出典:前田工繊

こちらも事業ごとに分けて説明することで、事業実態に関してより深掘した理解が進むようになっています。

トライステージでは、△や×といったマークを使用して視覚的にわかりやすく影響を説明しています。このように説明されると、会社全体に及ぼすインパクトを端的に理解できるので、当然あったほうが良い資料でしょう。

出典:トライステージ

一方で、多くの投資家は、定量的にどれくらいの影響があるのかについても説明を求めることでしょう。

事業への影響についての開示(KPIを用いた説明)

以下、KPIを用いた定量感のある説明の例を いくつか取り上げます。

まずローソンです。小売業では元々月次の動向を開示する習慣があり、投資家も注視しています。この決算発表でローソンは、事業ごとに既存店の売上を客数、客単価で分解して示し、動向を把握しやすくしています。

出典:ローソン

次に良品計画を見ると、3月の店舗営業状況について、事業別・地域別・直営/非直営と、非常に細かくメッシュを切って説明しています。

出典:良品計画

さらに細かく説明しているのがイオンモールで、中国・国内を分けて、日次売上にどのくらい影響が出ているかをグラフで示しています。

出典:イオンモール

これを見ると、中国で売上が一気に落ち込んだが、すでに回復基調にあることがわかります。さらに、日本と中国のトレンドの違いもこの図1枚で理解できます。

普段の決算ではここまで細かい開示はされていませんが、危機的状況にある時だからこそ、「2月激減したが3月は回復」程度の説明ではなく、このようにデイ・バイ・デイで解像度高く説明することで、投資家としては「中国で売上が回復する勢いが思ったより早い」、「3月は何月何日に底を打って現況は想定ほど悪くない」と精度高く理解できます。

同じ数字でも単に「5割減」と書くのではなくこのように詳細に示すことで、投資家にとって安心材料になりうると感じました。

続いてトランコムの例ではリーマン・ショック時との比較を出しています。

出典:トランコム

トランコムは物流の会社ですが、物流・不動産では過去の大不況時のトレンドとの比較が有意であるため、リーマン・ショック時と比較した例が複数ありました。

次に、おそらくコロナの影響で最も注目を受ける会社の一つ、航空産業からANAホールディングスを見てみます。 ANAは、4月5月という足元の見通しを出しています。

これは普段開示している情報ではないのですが、投資家が気にしているのは3月の数字ではなく、航空便が激減している4、5月の数字なのでの、投資家が知りたいことにフォーカスして足元の見通しをしっかり開示した例です。

出典:ANAホールディングス

これを見ればわかりますが3月より4月5月の落ち幅の方が劇的です。ANAは、この4月5月の危機的見通しをもってして、どの程度の財務影響があるかを説明していますが、透明性高く積極的に開示することで、この危機的状況を投資家と共有している非常に良い例です。

続いて日本航空も同様に、4、5月の数字まで出しています。事業別に分けて旅客数・座席数などのKPIを出していますが、ここまで細かい数字を出すと、実は売上は想像ができます。さらに、航空産業は、コスト構造もある程度明快なので、投資家が利益の着地予想を計算できるのです。そうすると、財務余力がどれくらいあるのかが分かってくるので、投資家にとっても優れた情報だと思います。

出典:日本航空

以上に上げた事業への影響についての開示のポイントを振り返ると、まずは メッシュを細かく切って説明することが重要なのでしょう。

事業ごと、地域ごとといった形で、影響に差が出る単位ごとに分けて説明するといった工夫です。また、ANAのように、月ごとの動向が全く異なっている場合には、普段の開示レベルよりも一段解像度を上げて直近の推移まで出したり、あるいはイオンモールのようにデイ・バイ・デイで出したりすることで、実際の影響をより見通しやすくするといった説明も好例でしょう。

また、平常時との違いを示す方法も有効です。昨対比、当初計画との対比などを図示して、どれくらいの差分が出たかを示すと、投資家も理解しやすいと思います。

単純にスナップショットの数字を示すだけではなく、悪化しているのか、良くなっているのか、あるいは影響が短期的なのか、長引きそうなのか、この辺りをきちんと示すことができると、投資家にとってはより好ましい開示になると思います。

業績への影響についての定量的説明

次に、数は少ないのですが、業績への影響を定量的に説明している例を取り上げます。

まずポーラ・オルビスは、ブランド別に売上・利益がどれだけ減少する見通しか、そしてその背景にある定性要因が示されています。これは、業績への影響の説明の仕方としてはベーシックなものです。

出典:ポーラ・オルビスホールディングス

日立物流はこれ以上に細かく説明している事例です。すべてのセグメントで、どういう要因で売上・利益にどの程度の影響があるかを示しています。

出典:日立物流

同様のケースがいくつかあり、次はTKPです。 TKPには大きく2つの事業、本業と言える貸し会議事業と、買収したリージャスという事業があり、互いにかなり特色の異なる事業です。

貸し会議室事業に関してはコロナの影響で明確に当初見込みから売上が減ると開示されていますが、それに対してリージャス事業に関しては月次売上高の推移を示し、それほど影響がないことを示しています。

出典:TKP
出典:TKP

事業別に分解し、かつトレンドを示すことで、コロナ影響が定量的にどれほどのものなのかを非常にわかりやすく図示した例だと思います。

前提を明確化した上で、業績予想を開示している例

ここまで、当期実績についての業績インパクトを定量的に説明した例を挙げましたが、一方で、来期の業績予想をどう示すかについては各社、非常に悩まれたようで、ほとんどの会社が「来期については影響が読みきれず不明」と書いています。

この難易度の高い来期の業績予想を、敢えて、前提を明確化した上で開示した会社がいくつかあります。

まず、IDOM。これはガリバーインターナショナルから商号変更した中古車販売の会社です。この会社は、業績予想の前提条件を1枚割いて説明しています。店舗の営業休止状況を仮置きしている。あくまで予想や仮定の話ですし、実際にどうなるかは誰にもわからないのですが、前提をはっきりと示すことで、そのあとの業績予想が示せるようになっている例です。

出典:IDOM
出典:IDOM
出典:IDOM

野村総研も同様に、前提条件を1枚割いて説明しています。企業活動をいつから正常化するかについては、読めない要素が多々あるものの、前提をいったん固定し、それに対しての彼らの影響予測と業績予測を書いています。

出典:野村総合研究所
出典:野村総合研究所
出典:野村総合研究所
出典:野村総合研究所

当然のことながらディスクレーマーとして、「終息状況によっては変更する可能性があります」とも書いています。

業績予想について、不確定要素が多い今のような状況で、出すべきか否かについては賛否両論ありますが、私個人の好みでいうと、これらの事例のように、何らか前提条件を固定して、自分たちなりに業績予想を開示している方が、好ましいと感じます。

特に、今回のようなパンデミックでは、影響を読むのはほとんど不可能とも言えます。しかし、このような環境で前提をどう置くかは、会社の戦略思考の一つだと思います。また、その前提条件が変わったときに開示を修正する場合、投資家はそこまでネガティブに受け止めないと思います。

むしろ、IR・コミュニケーションの姿勢として、事業に対する影響をどう捉えているのか、インパクトをどれほどのものだと考えているのかを、投資家に共有しながら経営する、という姿勢は非常に有意義だと思います。

最後に積水化学ですが、こちらも、前提として影響をどう見立てているかを書いた上で、事業ごとに影響を説明し、次年度計画の組み立て方を非常に丁寧に説明されている例です。

出典:積水化学工業

この「業績への影響についての定量的説明」のポイントをまとめますと 、先ほど言及した通り、投資家が聞きたいであろうメッシュに分解して説明すること、そして、将来見通しをする場合は、前提条件を明確に示し、各事業への影響をどう見立てるか、時間軸も含めて開示することがポイントとなります。

過度に保守的な見立てをするのではなく、前提条件を含めて妥当だと思われる見通しをきちんと説明していくことが大事です。逆に言えば、数字だけが独り歩きしないよう、前提条件をしっかり説明するのは不可欠なことだと思います。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。

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