COLUMN

【コロナ禍中の上場企業の開示を読む1】安全確保と外部支援に関する開示

2020.05.15

新型コロナウィルス感染症パンデミックが経済に甚大な影響を及ぼす中迎えた決算発表で、上場企業各社はどのように市場とコミュニケーションを取っているのでしょうか。実際の決算資料を事例に挙げながら、本稿では安全確保と外部支援に関する開示について、シニフィアン・小林賢治が解説します。

本稿は5月7日(木)に開催されたウェビナーの内容を加筆修正したものです。

Disclaimer:本内容は何らかの投資行動をとることを勧誘するものではなく、いかなる意味においても特定の有価証券、金融商品の売買の申し込みを推奨するものではありません。

(ライター:ふじねまゆこ 編集:正田彩佳)

上場企業176社の決算発表に見られる「コロナ影響」説明5分類

新型コロナウィルス感染症の拡大によって、これまでの前提が大幅に崩れ業績への影響も非常に見通しづらい中、各社は決算発表を迎えています。以下、上場企業各社がどのような説明・対応を行ったかを解説します。

2020年3月1日〜2020年4月30日の間に決算発表説明会を実施した上場企業数百社の決算資料を全て確認しましたが、この内 、決算説明会資料において、コロナウィルス感染症パンデミックの影響について資料を1枚以上割いて説明している企業が176社あります。

その176社をセクター別に分類し、かつ、コロナ影響をどのように説明しているのかという、内容ごとに大きく5つに分類したものがこちらの資料です(枚数が膨大であるSBIホールディングスを除く)。

内容別の分類にフォーカスしてグラフ化したのが下の図です。 一番多いのは、「事業への影響」を説明しているものです。ある事業へのコロナ影響を定性的に、あるいはKPIなどを示して説明している企業が、全体の約8割です。

グラフ上から2つ目の、「業績への定量的説明」とは、より具体的に、売上・利益に対してどれだけの影響があるかを、定量的にはっきりと説明した企業の割合を表現しています。これを見ると、影響が未知数、または、そもそも顕在的な影響はまだない、という企業が大多数だったためか、実は16.6パーセントの企業しか、具体的な業績影響については触れていません。

次に、3つ目の「アフターコロナ展望」ですが、コロナウィルスの流行によって働き方や暮らし方に大きな変化が起きている中、会社としての今後の展望、世界観を語っているような企業がごく僅かではありますが、一部ありました。これは非常に会社の特徴が出ているので後ほどじっくりご紹介したいと思います。

4つ目、「安全確保に向けた体制整備」ですが、従業員や顧客に対して、どのような安全体制を確保しているかを簡潔に説明している企業がありました。こちらも会社の特徴が出る部分なので後ほどご説明いたします。

5つ目、「外部への支援活動」は読んで字の如しですが、このパンデミックに対してなんらか、外部への支援を行っていることを紹介している企業も10%程度存在します。ここも追ってご説明します。

以上にご紹介した5つの分類ごとに、私が特に面白いと思った企業の事例をピックアップしながら、ポイントをまとめていきたいと思います。

安全確保に向けた体制整備

最初に「安全確保に向けた体制整備」について、いくつか事例を取り上げます。典型的な資料は、イオンディライトのスライドにあるような、「従業員を守るための取り組み」「お客様(管理物件)に向けた対応」を説明するものです。これは他にもいろいろな会社の決算資料に入っていました。

出典:イオンディライト

一方、ここから少し踏み込んで説明したパターンがいくつかあります。マネーフォワードとSHIFTに関しては、従業員で感染者が発生したことを受けて、どういう対応を取ったかをかなり丁寧に説明されています。

出典:マネーフォワード
出典:SHIFT

その上でさらに興味深く感じたのは、SHIFTの資料で、社員向けにどんな手当を出したかまで踏み込んで説明している点です。これは記事になり、好例として紹介されました。

出典:SHIFT

注目すべき点としては、「会社が、従業員に対してどれくらいのサポート体制を持っているか」という角度から会社の思想が伺えるという点です。単純に、リモート勤務体制にした、消毒を徹底した、という一般的対処を超えて対応している点で、従業員・会社のステークホルダーについて会社の思想が表れています。

外部への支援活動の開示

次に、「外部への支援活動の開示」ですが、典型例は、出前館の資料にあるように、なんらかの施設・団体に支援物資を提供したことを説明するものです。これはこれで重要な活動ですし、支援の連鎖につながりますから積極的に発表していくのは良いことです。

出典:出前館

他の例を紹介しましょう。ディップは、複数のステークホルダー向けに実施した取り組みをご紹介されています。顧客やユーザーが今どんな課題を抱えているかを示した上で、顧客企業には求人広告枠の無償提供、ユーザーに対しては在宅ワーク・リモートワークという特集を提供したことを説明されています。

出典:ディップ
出典:ディップ

続いてAmazonは、この説明文の前でも、コミュニティやカスタマーに対する支援策を丁寧に説明していますが、さらにこのページでは、自社の AWS(アマゾンウェブサービス)が、コロナ影響で大きく変動する社会でどのような役割を担っていくか、特にヘルスケアワーカー、メディカルリサーチ、学校などに対して、何を成し遂げられるかをかなり具体的に書いています。

出典:Amazon
出典:Amazon

ここで特に感じるのは、 会社が、株主だけではなく、ステークホルダー全体をどう見ているのかということをIRで問われる風潮が増していることです。ヨーロッパの機関投資家のなどは特にその傾向が強く、従業員・パートナー企業・顧客といったステークホルダーをないがしろにする会社はそもそもサスティナブルではないと見られます。

さらに、こういう危機が訪れたとき、ステークホルダーを切り捨てるのか、守るのか、守る場合はどのくらい本気でサポートしようとしているのか。その辺りを株主が注視していると感じます。

こういった危機下のIRは、ステークホルダーに対する会社の考え方を改めて示す機会だと捉えることもできます。Amazonのように、自社のコア事業と関連づけてステークホルダーへの姿勢をしっかり示すことができれば、非常に強いメッセージになり得ます。

決算発表ではなかったのでここでは触れていませんが、マルイのテナントに対する支援策も、非常に好意的に受け止められました。このようにパートナー企業を含むステークホルダーに対する姿勢を示すことは、会社として非常に意義があることだと思います。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。

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