なぜ人や企業はPL脳に陥ってしまうのか?

先日出版されたシニフィアン共同代表・朝倉の新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』について紹介します。今回は多くの日本企業やビジネスパーソンが陥ってしまいがちなPL脳について取り上げます。そもそも何故、人や企業はPL脳に陥ってしまうのか。その理由について、シニフィアンの3名が考えます。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(編集:箕輪編集室 山田航平、原汐里、篠原舞)

PL脳に陥るきっかけ

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉): 今回上梓した『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』という本ですが、中身は5つの章に分かれています。その中で、なぜ多くの日本企業がPL脳に陥ってしまうのかについて、最後の1章分を割き、具体的な原因として6つを、我々の見立てとして挙げています。
1つ目は高度経済成長期の成功体験が染みついてしまっているということ。2つ目が日本の会社で役員がどんどん高齢化してしまっていて、なかなか10年先や20年先を考えた意思決定がしづらいということ。3つ目が間接金融中心の金融システム、日本は銀行中心だったということですね。そして4つ目はPLというものがわかりやすいから、何でもかんでもそれでわかった気になってしまっているということ。5つ目は企業会計情報の開示ルール。例えば決算短信でも、最初にPLの情報が出たりしますよね。最後、6つ目の原因がメディアです。決算期になると、毎度、「増収増益」や「減収減益」といったヘッドラインが出ますが、PLの数値でしか会社の現状を解説できないメディア側のリテラシーの低さがあるということです。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):未上場のスタートアップの頃って、そこまでボトムラインの利益に縛られているわけじゃないと思うんですよね。急成長企業として、赤字を出しながらも大きなグロースを狙っているところが多い。
むしろ悩みとしてよく聞くのは、上場した後の経営者の方からですね。彼らからの相談で「とはいえ、四半期の利益を著しく棄損すると…」みたいな会話が聞こえてきたりすることってよくあるじゃないですか。

朝倉:すごいよくある。

小林:上場前はそんなことなかったはずなのに、どこで切り替わっちゃうのかなって思ったときに、ひとつあると思うのは、PER(Price Earnings Ratio。最終利益に一定の倍率をかけて時価総額を出すパターン。倍率は業界などによって異なる)に対して過度にプレッシャーを感じてしまうこと。上場後のバリュエーションのつけ方として、日本では多くの場合PERが採用されている。何かしらのアクションで最終利益を毀損すると時価総額に大きな影響が出でしまうのでなかなかにやり辛いと。

朝倉:そうですね。

小林:しかも、上場して間もないころの最終利益って数億円程度なので、少し投資するとすぐ赤字転落みたいなことがあり、それを気にして打ち手が小さくなってしまう。何例かお話を聞いた中で実際に感じたことですね。

朝倉:敢えてぶつけてみますけど、赤字転落することってなんで駄目なんでしたっけ?

小林:本当は、それが将来の更なる成長に向けた投資のための一時的な赤字なら、普通に株主に対して説明すればいいことなんですよね。

朝倉:要は先行投資をすると赤字化してしまうという状況に直面した際、PLが赤字化するのを恐れて、未来に向けた投資を絞ってしまうことがあるということですね。

多くの日本企業が、PL脳に陥ってしまう理由

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):上場すると多数の投資家に対して説明をしなきゃいけなくなる。でも、マザーズでは機関投資家がまだ少ないため個人投資家の存在感が相対的に大きい。そうするとなかなか対話をすると言っても難しいし、投資家からの質問も足元の利益はどうなんだっていうPL脳に即した質問が多くなってしまう。
PL脳から脱するためには、誰かがこのサイクルから抜ける一歩を踏み出さなきゃいけないと思います。

朝倉:PL脳に囚われていない投資家がこのゾーンの会社に投資できるどうかは大きいですね。

村上:そう。そのためにも、企業側が自分から意志を持って会社の方針を発信していかなきゃいけない。意志を持って踏み出さない限り、受け身では負のサイクルから抜け出すのは容易ではないと思います。
ずっとPL脳に縛られた対話をしている状態に陥ってしまうと、身も心もPL脳に染まってしまいます。そうなると、ありし日の間接金融主体の世界、半沢直樹の世界になってしまう。せっかく高成長企業としてマザーズに上場したのに、80年代や90年代の世界観から抜け出せないのはもったいないですよね。

小林:もうひとつ、別の観点でこういうのも影響あるのかなと感じた事例を言うと、経産省のコーポレート・ガバナンス・システム(CGS)研究会に取り上げられたウイリス・タワーズワトソンが出した資料で、各国の経営者のインセンティブが何に紐づいているかを示したものがあるんですけども、要約すると、パフォーマンスによって支給されるインセンティブの評価指標として最も重要視されている指標が、日本では当期利益だったんですね。

朝倉:ボトムラインですね。

小林:ボトムラインです。これ、PLなんです。日本で重視されている指標を順番に挙げると、当期利益、営業利益、売上高なんです。これに対して欧米ではTSR(Total Shareholders Return)などのマーケット指標が主要な評価指標になっています。要は株価をいくらあげたかとか配当をどのぐらい配ったかという株主目線の指標を一番多く採用しているんです。アメリカ、イギリス、ドイツなどではこれが圧倒的に多い。
この株主目線の報酬の考え方とPLを評価指標とするの報酬の考え方って非常に大きな差につながっていると思います。経営陣がマーケット指標よりもPLを意識して動くっていうのは、実はこういうところにも表れているんじゃないかと思いますね。

村上:あとやっぱりPL脳に陥る大きな原因は、管理のしやすさ。多くの企業が、各事業部門のパフォーマンスを売上や利益で比較して「お前、利益出せ!」って社長が常務に言うと常務が「利益出せ!」ってまた部下に伝える。こうした伝言ゲームが何階層にも続いて、そのまま末端の社員まで、その指示と意識がコンテクストなく伝播してしまう。そういう構造が続くと不正が起きやすくなるんですよね。
加えて、メディアを含め、赤字転落を煽る傾向が強いですよね。「X期連続増収増益」という言葉は大好きですし。日本の経営陣で株主よりメディアを意識してしまっているケース、結構多いと思います。メディアで褒め称えられているといい経営者だという内向きな雰囲気が生まれてしまう。また、黒字事業の責任者が赤字事業の責任者に圧をかけることもよくありますね。責任者同士で次の社長のポストを争うという構造も相まって、そうした内向きの圧の掛け合いが生まれるのでしょう。
これはPL脳が日本企業に深いところまで根差してしまっているひとつの証でもあります。既に「文化」とまで言えるくらいに。経営者だけじゃなくて末端の平社員までその「文化」が浸透しているところが、この問題の根深いところだと思います。

朝倉:ファイナンスというのは、「こうやったら会社がより大きく成長できる」という、武器になる考え方です。ただ同時に、株式会社の経済活動のルールそのものであるといった側面もあるわけじゃないですか。
ファイナンス思考がなく、企業価値を最大化することの必要性を理解していない状態というのは、言うなれば、ルールがわからないままに将棋やオセロを指してるのと変わりません。これはすごい状態だなと思いますよね。

ファイナンス思考における最も重要な点

村上:私、ファイナンス思考で1番大事な部分は、自分たちの取り組みを説明する、説得する、納得させるっていうことだと思っています。平社員であれ、「これはやったほうが儲かります」と上司を説得しないといけない。
利益がすぐ出るというのは、説得がいらない状態なんですよ。当たり前に誰もがOKするので。そうしたこともあって、多くの人が説得コストの低いPL脳にシフトしてしまうんです。PLには即座に結果が表れない取り組みをしようとすると、「なんで?」「なんで?」と何度も問われてしまう。そうなると、段々めんどくさくなり、説明を避けるようになってしまうのでしょう。結果的に説得コストを下げる企業文化になってしまうと、企業の成長は止まってしまいます。
でも、実は説得さえできれば、取り組みの自由度は圧倒的に広がるというアップサイドに、なかなか気づけていないんじゃないかなと思いますよね。難しいチャレンジを説得を通じてできるようにして、それをやり切るからこそ、爆発的な価値が生まれるんですけどね。

小林:これは象徴的な話だと思いますね。まさにファイナンス思考って「この瞬間、自分に100の価値を使わせてくれたら、10年後に1,000の価値にして見せます」といったことをしっかりと説得するとこから始まると思います。ファクトだけで見ると「100へこむ」ということだけが確実。このファクトだけでしか判断しないとすると、やらない方がいいって話になる。まさに朝倉さんが言った長期的な成長を放棄する道をどんどん選んでしまうということになる。

朝倉:それで言うと、日本においてスタートアップって重要だよね、起業家精神て重要だよねといった話が最近はよく出ますけど、今の話ってまさにスタートアップの話そのものじゃないですか。

小林:はい。

朝倉:今、目先は赤字かもしれないけども、これだけのお金を預けてくれたらものすごい大きな事業を作れるんだっていうことを、いろんな人を口説いて、お金を取ってくるっていう、それがスタートアップ的な起業のプロセスですよね。
そしてこれは何も、スタートアップの専売特許の発想ではないはずなんですよ。出来上がった大企業であったとしても、そういった起業家マインドをもち、「自分たちで事業を作っていくんだ」という立ち居振る舞いが、本来ならば求められるはずじゃないですか。別に外形的にサラリーマンであったとしてもいいんです。大企業であったとしても起業家のように事業を推進する人のことを、最近だとイントレプレナー(社内起業家)なんて呼んだりしますけど、そういった人がちゃんとリーダーシップをとっていかなきゃいけないと感じますし、そうした行動にファイナンス的発想は不可欠だと、改めて思いますね。

小林:本当にそう思います。

村上:あと、このファイナンス思考の話というのは、経営者の方だけではなく、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーの方に読んでもらいたいと思います。
もしもファイナンス思考が共通言語として通じる企業があれば、競争力があると思いませんか?平社員からファイナンス思考で説得するっていうプロセスを踏んでいると、自然とPERの向上も後からついてくると思うんですよね。こうした社内の説得プロセスを経て、何重にもチェックされた考え方が、企業のエクイティー・ストーリーの源泉になっていくわけです。それが投資家を中心とした外部ステークホルダーと更に揉まれることでより良い戦略が出来上がってくる。
でも逆に、全社員がPL脳に犯されているとすると、そういった提案自体が現場から上がってこなくなる。なので社長だけではなく、企業運営に関わる方全員がファイナンス思考を身に着けることが大事なんじゃないかと思うんですね。ファイナンス思考を「文化」と呼べるぐらい企業に浸透させることができれば、日本企業はもっと強くなる。本来持っているテクノロジーやサービスの強みをより大きな価値に転換できるようになる気がしています。

朝倉:『ファイナンス思考』が、意識や発想の転換において、多少なりとも参考になればいいなと思います。

『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』
売上・利益の前年比増減に一喜一憂する「PL脳」に陥っていたら、日本にAmazonは生まれない! 将来の意思決定を可能にするファイナンス的な発想こそが、今のような先行き不透明な時代には一人ひとりのビジネスパーソンに不可欠です。その背景について実践例も紹介しながら、シニフィアンの朝倉が解説する1冊です。
朝倉 祐介
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
村上 誠典
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。
小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科美学藝術学にて「西洋音楽における演奏」を研究。在学中にオーケストラを創設し、自らもフルート奏者として活動。卒業後、株式会社コーポレイトディレクションに入社し経営コンサルティングに従事。その後、株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、取締役・執行役員としてソーシャルゲーム事業、海外展開、人事、経営企画・IRなど、事業部門からコーポレートまで幅広い領域を統括する。