【東京証券取引所】IPO成功のカギは企業・証券会社・取引所のコミュニケーション Vol.1

2019年を迎えて早々、新聞などで大々的に報じられたのは、東京証券取引所が大掛かりな市場改革に乗り出すというニュースでした。いったい、どのような観点からどういった見直しが検討されているのか? その一方で、上場審査に関して巷で飛び交う情報は真実なのか? 東京証券取引所上場推進部の宇壽山図南課長に話をうかがいました。(第1回/全2回)

宇壽山 図南(うずやま となみ)
東京証券取引所 上場推進部課長
1997年上智大学経済学部卒業、同年株式会社東京証券取引所入社。2002年から2007年まで、上場審査部において新規上場申請会社の審査業務に従事。2010年一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 修士課程修了。2012年6月より現職。現在はIPOのプロモーション業務に従事。

(ライター:大西洋平 編集:正田彩佳)

東証1部市場の見直しは論点の1つにすぎない

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):新聞でも、東証が市場構造の見直しを検討していると報道されましたが、現状、検討はどれくらい進んでいるのでしょうか?(2019年1月時点)

宇壽山図南(東京証券取引所上場推進部課長。以下、宇壽山):目下、各方面からご意見を頂戴している段階で、見直しの方針・概要についてはまだ正式にお話しできる状況ではありません。有識者によって構成された「市場構造の在り方等に関する懇談会」が1月末までパブリックコメントを募集し、3月末にここに寄せられた意見の概要及び課題に関する論点整理を公表しました。まずは東証HPで公表されている内容をご覧いただければと思います。

小林:なるほど。まず前提として、どのような問題意識から見直しを検討するに至ったのでしょうか?

宇壽山:振り返れば、1999年11月に東証でマザーズ、2000年5月に大証でヘラクレスが創設され、いい意味において国内では市場間の競争原理が働いてきました(注:当初、ヘラクレスはナスダック・ジャパンとして発足し、2002年に名称変更。2010年10月にJASDAQおよびJASDAQ NEOと統合し、名称はJASDAQに)。その後、2013年に東京証券取引所と大阪証券取引所が経営統合して日本取引所グループが発足した際には無用な混乱を避けるために、マザーズとJASDAQを含め、それまでの市場構造を当面存続させることとなりました。それから5年の歳月が経過し、いくつかの問題点を踏まえて市場構造の見直しを図るべきでないかという気運が高まってきた次第です。具体的な議論の対象は、①エントリー市場の在り方、②ステップアップ先の市場のあり方、③市場からの退出のあり方、という3つのポイントです。

小林:報道では「東証1部市場の絞り込み」というポイントだけにスポットが当てられていますが、あくまで論点の1つにすぎないということですね。

宇壽山:現時点では、我々としても完全にニュートラルな状態でまだ何も決まっておらず、引き続き各方面から数多くの意見を伺っている最中です。

小林:今回の市場改革は非常に壮大で重要なテーマですが、スタートアップ界隈は意外にもあまりピンときておらず、私は個人的に不安を感じました。

宇壽山:東京証券取引所の国際競争力を高めるうえでも重要な意味を持つ見直しですので、これからどのような議論が重ねられていくのかを注視していただけましたら幸いです。

IPOの成否を左右する企業・証券会社・取引所のコミュニケーション

小林:一部のスタートアップの経営者には、「とにかくIPOを果たせば良い」といった“上場ゴール”どころか、「とにかく申請まで漕ぎ着ければ上場したも同然」という“申請ゴール”のような発想を抱いている人もいるように感じます。こうした風潮も踏まえたうえで、東京証券取引所としては上場の審査全般に関し、どういった点を課題として捉えているのでしょうか?

宇壽山:取引所の立場から個別の企業について言及することは差し控えますが、概して市場関係者などからも高く評価されているIPOの事例では、企業と主幹事証券会社、取引所という三者間におけるコミュニケーションが円滑に図られている印象を受けます。たとえば、上場審査の際に懸念視されそうな事項に関して早めに事前相談などを活用し、比較的早い段階で解決を図っているケースが見受けられます。その一方で、ごく一部ではありますが、関係者間のコミュニケーション不足が感じられるような事例では、何らかの食い違いも生じやすいように思われます。

小林:発行体となるスタートアップの経営者サイドでは、「すべては主幹事証券会社経由で話を進めないとマズイのではないか?」という先入観が働きがちですね。その結果、主幹事証券会社が言うことがすべてだという理解に至ってしまうわけです。そうではなく、取引所も交えたコミュニケーションの場をもっと積極的に採り入れたほうがいいということでしょうか?

宇壽山:それは難しいところで、取引所としては個別の企業に上場のためのコンサルティング的な意見を述べたり、助言を行ったりすることができません。証券会社側では、取引所が定めた基準とは別に独自の基準や考え方に基づいて指導されているケースもあるので、我々の立場からその考え方などについて、とやかく口を挟むべきではないと考えています。その一方で、取引所として定めている基準を個々の企業や主幹事証券会社の姿勢に応じて変えるようなことはありません。

小林:この三者間で、とかくコミュニケーションが難しくなりがちなのは、どういったポイントにあるとお考えでしょうか?

宇壽山:企業というものはまさに十人十色で、それぞれ事業内容や経営者の個性などによって違ってきますし、画一的にどこが難しいと特定できるポイントはありません。ただ、様々な不祥事を通じて上場企業のガバナンスには非常に厳しい目が向けられている一方で、成長ステージに応じて求められてくるガバナンスの在り方はおのずと異なってくる、ということが背景にあるのではないかと考えます。

上場審査に関するウワサは根も葉もないものばかり!?

小林:ESGやSDGsを意識した経営を行っているか、あるいは漏洩問題の頻発を受けて個人情報保護を徹底しているかどうか、など、上場審査上の力点については社会情勢の変化に応じて変わることもあるのでしょうか?

宇壽山:上場審査を通過するうえでの難易度が変化するようなことは考えられません。ただ、例えば上場直後に架空取引で経営者が引責辞任となったり、上場直後の業績予想の大幅な修正が頻発したりするケースが続いたのを問題視して、2015年3月に「最近の新規公開を巡る問題と対応について」という注意を促すために東証の考え方を公表したことがあります。こうした取引所からの通知が特にない状況下におきましては、特にここを重点的にチェックしてほしい、といったようなことはありません。

小林:「最近、○○に関して審査が厳しくなったよね」という噂が、スタートアップやベンチャーキャピタルなどの間でまことしやかに囁かれているのをよく耳にします。たとえば、「社外取締役の兼任数をシビアに見るようになった」というのがその典型です。しかし、先程のお話からすると、具体的な通知が出ていない限りは「根拠の乏しい憶測」と受けとめたほうがよさそうですね。

宇壽山:「憶測」というのは、その通りですね。コーポレートガバナンスの在り方については、2015年6月から適用されているコーポレートガバナンスコードによって具体的に提示されています。例えば社外取締役の話については、1社に要する労力や物理的な時間を踏まえれば兼任できる数にはおのずと限度があると思います。「○社以上の兼任は不可」といったように具体的な数字で四角四面に判断しているのではなく、実働状況から見て本当に社外取締役の職務をまっとうできるのかという点について確認させていただいています。すでに上場している企業の経営者が自らの体験談として、「○社以上になっているのでダメだと言われた」と語っていたとしても、それはあくまで個別の事例にすぎません。取引所が求めている水準とその企業における実態を比較してギャップが見受けられた場合に、「その兼務の数は多すぎるのではありませんか?」といった問いかけを行い、確認している次第です。

小林:これも小手先のテクニックに終始した噂話かもしれませんが、「監査等委員会設置会社にすると審査が厳しくなるらしいよ」といった話もよく聞きます。

(注:監査等委員会設置会社とは2015年5月施行の改正会社法によって導入されたもので、過半数の社外取締役を含む取締役3名以上で構成される監査等委員会が取締役の職務執行の組織的監査を担う)

宇壽山:しっかりとガバナンスが機能している組織か否かを見極めるのが我々の上場審査における本質です。従来通りの監査役設置会社であろうが、監査等委員会設置会社であろうが、法令に基づいて設置され、きちんとその役割や機能を果たしていれば、そのための具体的な手法は特に問いません。