「従業員にとって自社の株価が上がる意味は?」シンプルな問いであるがハッキリと答えるのは難しい。この問いについて、従業員・経営者・投資家それぞれの視点からシニフィアン共同代表の3人が語ります。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
(編集:箕輪編集室 こいしはらみか、新井大貴、橘田佐樹)
従業員にとっては株価を上げる意味がない
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):マザーズや東証一部の会社でも、多くの経営者は自社の株価を気にしていらっしゃいますよね。確かに、本質的に会社の価値を上げていくことは非常に重要なことです。ただ、頻繁に第三者割当で資金を調達しているわけでもない上場企業の場合、そこで働く人達は、ともすると「なんで株価って上げなきゃいけないんでしたっけ?」という考えに陥りがちだと思うんですよ。これに対する答えって何でしょうね。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):すごく単純な問いですけど、実は答えるのが難しいと改めて思いますね。経営者にとっては長期的に企業の株価を上げるということは、株主に対して負っている責任です。建前論的な側面もあるけど、これを否定したら何も始まらないですよね。資本主義が成り立たない。日本の場合は特に、このテーゼに対して従業員レベルで必ずしもインセンティブが設計されているわけではないところがあります。だから、疑問が湧きやすい。
朝倉:よくCFOや経営企画室の人達は、「なんとかして株価上げないと」と問題意識を持っている。でも、現場の従業員にとっては、株価が上がっても給料が上がるわけでもないですし、「何を必死にやっているんですか?」と、温度感の違いが出てくることってよくあるのかなと。
小林:非上場の場合だと、結構な人数がストックオプションを受け取っているパターンが多いこともあって、自社のバリュエーションというのはある程度意識付けされているじゃないですか。メルカリのように、かなり多くの人数に配布されていたパターンもありますし。しかし、上場企業になると「従業員持株会が10%程度の株式を持っています」って会社はほぼ見たことない。エクイティ型のインセンティブを持っているのは極めて限られた人だけです。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):正直、株を持っていない従業員にとって、株価を上げる意味は実質的にはない状態ですよね。株価を上げることの意味は、株主に対して経営陣が責任を果たすためだという理屈なので、株価を上げることにインセンティブがない人に対して、モチベーションを感じてくださいと言っても正直無理がある。 ただ、会社が成長することに対して従業員がモチベーションを感じるという状態を前提にできるのならば、「株価を上げることはファイナンス戦略・M&A戦略の一環だから興味を持ってね」という話になります。また、会社として、自分達がやりたいことにリスクをとってチャレンジする時に、株価のサポートを得ている状態だと、非常に判断がしやすくなります。株主の支持を得ているということであり、例えば、海外展開とか新製品を発表するといった挑戦がしやすくなる。 そして、株価を上げる意味って、究極的にはアクティビストからアタックされるリスクを減らしているとも捉えられます。マザーズの会社の創業者は、ほとんどの株を持っているのであまり起きないでしょうけど、アクティビストに「おい! 赤字出すな」など面倒くさいことを言われ始めると、途端に経営判断がしづらくなるケースがあります。経営陣が株主に対して信任を勝ち取って、やりたいことができるようにするために、株価を上げることは意味がある。 逆に言えば、従業員にとって株価を上げる意味って、それぐらいのことしか言えないのかもしれない。それも大事なことだとは思うんですが、それをもって従業員に意義を感じてくれっていうのはちょっと距離感がありますもんね。
いかに従業員のインセンティブ設計をできるか
朝倉:日々の株価の動きって、経営者にとってもコントロールできるものではないし、後からついてくるものです。ただ長期的に見た時、市場のベンチマークや同業他社に勝る企業価値の成長を実現していかなければならない。これは大前提の話だと思います。それを踏まえて、今の話には2つの論点があるんじゃないでしょうか。1つ目は、そもそも従業員レベルだと直接の恩恵を得られることがないために想像しづらいかもしれないけれど、会社の価値向上を目指していくことは会社経営や資本主義のルールだと知ってもらうこと。2つ目が、そのための適切なインセンティブ設計。 例えば、営業マンが自社商品をなるべく多くの人に使ってもらおう、買ってもらおうと考えて行動するのって当たり前のことじゃないですか。誰も「なんで商品を売らなければいけないんですか?」なんて疑問ははさみませんよね。会社が潰れてもいいやと思って、喫茶店でサボるのが良くないことだということは、常識的に考えて誰でもわかるはずです。事業、会社の価値を上げていくこと、その結果として株価が上がっていくということも、より多くの人に商品を買ってもらうべく営業しようとするのと何も変わらず、当たり前にやるべきことなんだよと。そうした当たり前の「ルール」が、なかなかわかりづらいことが一つの課題点なのかなと思います。良いこと云々という以前にこれはそういうルールなんですよと知ってもらうべきなんじゃないでしょうか。 『ファイナンス思考』でも述べている通りですが、ファイナンスの発想というのは、会社がどうやってうまく儲けることができるかっていうHow的な要素もあるけれど、「そもそも会社とは何を目指すのか?」というWhyにも関わる内容です。そのうえで、インセンティブ設計をどうするかですね。 非常に印象に残っているのは、リクルートがなんであんな莫大な借金を返済して力強く伸びているのかについての藤原和博さんの解説。大きな事件を起こしながらも再成長を果たしているのか。リクルートの場合は初期から従業員持株会をしっかり設けて、「全員経営」というのを、綺麗事ではなく実態として体現しているからだと、藤原さんは述べています。単に「オーナー意識」ではなく、従業員自身が本当にオーナーなわけです。そうした経営設計を、初期段階からどれだけ意識して作っていくかによって、後々に大きく違いが出てくるんじゃないかと思います。
小林:本当に仰る通りですね。きちんと従業員にインセンティブを付与することを、かなり長期的に設計してきた会社であるがゆえに、あれだけ意識付けできたっていうのはあるでしょうね。
村上:株価は経営者の成績表みたいなところがあります。株価が自分の評価よりも低い場合は是正するIRをした方がいいです。しっかりと成長が反映されていれば、自分のやっていることに対してマーケットは信任を与えてくれていることになります。政治家の世論調査の結果のように、経営者はある程度株価を意識すべきです。ただ、振り回される必要はない。 一方、インセンティブが連動していない従業員が、日々株価を意識して動くのには無理があります。だからこそ、社内に対してきちんとコミュニケーションしていくことも大事だと思うんですよね。ステークホルダー・コミュニケーションって、IRなど、外向きの内容を意識しがちですが、内向きにコミュニケーションできている会社は経営の意識が上がっていると思います。 経営者と従業員の認識がズレがちなところ、社内コミュニケーションをしっかりすることで、会社の価値向上に向けた意識付けをしていく。それに従業員持株会が加われば、よりエコノミカルなインセンティブとフィットしてくるかなと思います。
朝倉:先日、ある上場会社の従業員200名くらいに対して「ファイナンス的な考え方は重要ですよ」というお話をする機会があったんです。そこで、実際に上場株の投資家に、事前に「この会社の株を買いたいと思いますか?」と尋ねておいたんです。答えは「まったく買いたくありません」というものでした。この投資家は「現在のこの会社の株価水準はどう考えても高すぎる」と考えているわけですよ。 これって、事業が本質的に良いか悪いか、世の中の役に立っているかどうかといった現場の事業視点とは根本的に異なる、別次元の話ですよね。別次元の話なんだから、「買いたくない」と言われたからといって、なにも現場の従業員の方々が意気消沈する必要はない。 だけれども、別次元の話だと認識しつつ、そういう観点で自分たちは見られているんだということを、知っておくことはプラスに働くと思うんです。そうした投資家の観点を、「事業もやっていない人間が勝手なことを言っている」と片付けちゃいけない。日々の業務とは別次元かもしれないけれど、そうした投資家から資金を預かっている以上、期待に応えていくことも自分たちの重要な役割であるということを、知っておくことは非常に重要だと思うんですよね。
朝倉 祐介
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
村上 誠典
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。
小林 賢治
シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。