COLUMN

スタートアップの人材不足問題

2018.12.24

スタートアップが慢性的に抱える、人手不足という問題。様々な職種がある中でも、今回はコーポレートスタッフの人材不足について切り込んでいきます。企業が発展していく上で、大きな役割を果たすコーポレートスタッフの必要性についてシニフィアン共同代表の3人が語ります。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(編集:箕輪編集室 湯田美穂、鳥井美沙、橘田佐樹)

コーポレートスタッフ不足で起こる問題

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):僕達は、アーリー(創業期)からレイト(成熟期)にかけて、あるいは、マザーズ上場企業も含めて、いわゆるスタートアップ企業の経営者の方々とお付き合いすることが多いですが、どこに行っても絶対に出る話題が「人不足」ですよね。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):本当に話題に出ますね。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):スタートアップの人材採用でいうと、エンジニアなどの直接部門の人が異常に足りないと取り沙汰されて、注目されてきたから、そこに対するソリューションは出てきている。

朝倉:エンジニアってそもそも絶対数自体が少ないですからね。

小林:そうですね。これについて意識を払ってる経営者は多いと思います。一方で、バリュエーションであれ売上であれ、ある程度のサイズになってきたフェイズのスタートアップにおいて、実は一番足りてないと感じるのが、コーポレート系の人達です。

朝倉:管理部門の人材ですね。

小林:はい。企業の運営がより複雑性を増して、管理のレベルを上げていかなければいけないときに、多くのスタートアップは、明らかに経験の不足した人が手探りでやっているという状況なんです。これは正直、会社の経営スピードを下げる要因にもなってるんじゃないかと思います。

村上:そうですね。管理系には人を割かなくてもいいっておっしゃる方もまだいますけど、実際それが色んな意思決定の場面で、デメリットになってるケースがあります。多くの場合、CFO(最高財務責任者)はいますけど、本当はもう少し色んなファンクションの人材が必要です。「CFOの他に管理系は2、3人います」という状態では全然足りない。もっと細かく、法務や人事、総務といった色んなファンクションが本当は必要。 それらの機能が整備されていないから、急拡大時の大変なときになって初めて、「これってここが決まってないんじゃない?」「これが管理できてないんじゃない?」ということに気付く。そうなってから人を探し始めても、なかなか適した人材が見つからないという状況に陥っていますよね。

朝倉:事業を作っていくフロント側の仕事に携わる人材が大事だってことは、間違いないわけです。例えば、ITのサービスであればディレクターや、エンジニアですね。そういった人達が大切なのは間違いないけど、ともするとそこに目が行き過ぎてしまいがち。コーポレートスタッフの必要性が、十分に理解されていないように感じます。これは「ノンプロフィットセンター」や、「バックオフィス」っていう呼び方も悪いのかもしれませんね。

小林:そうかもしれないですね。上場した後、積極的にコーポレートアクションをとって、プロアクティブに動いているところで言うと、株式会社じげんなどは「攻めるコーポレート」みたいなスローガンを掲げていたことがありました。「そういう人材を強固に集めよう」という強い意志を持って事業に取り組んでらっしゃいましたよね。あのような取り組みができるのとできないのとで、会社全体の成長速度が劇的に変わるということを、ある段階以降は明確に感じます。

朝倉:象徴的だと感じるのは、 どこの会社もCFOは大抵「CFO兼バックオフィス部門の責任者」だということ。考えてみたら、CFO業務とバックオフィスの業務って、必ずしも一体化しているわけでもないんですよね。 先日、投資銀行からスタートアップのCFOに転職した方も「俺、総務なんてやったことないんだけど、誰もやる人がいないので兼任している」なんてことを話してました。このように、コーポレート系の機能は何かと「その他」で一括りにされがち。

村上:そうですね。あと、やっぱり事業が成長して、元々プロダクトだったものがビジネス化してくると、「営業はどうするんだ?」「どう開発と連携するんだ?」といった課題に加えて、「これは法務の仕事だよね?」という専門領域の課題や「この指標、管理できてる?見える化できてる?」っていう計数管理の課題が出てくる。計数管理の課題とは、戦略をどうKPIに落とし込んでどうトラッキングしていくのかという問題。そういうKPIは事業戦略にフィードバックされるので、きちんと管理できていれば事業成長へのインパクトが非常に大きい。 事業の成長とともに、営業部門の影響力は強くなりますが、一方でコーポレート部門が弱いままだと、営業部門での学びが戦略にフィードバックされず、結局全社のPDCAが回らない。このような課題を抱えているところが非常に多いですね。

小林:大きなアクションをとるときには、リーガルやその他のコーポレート系スタッフの質が、明確にアクションの質そのものに反映されます。例えば、大企業とのアライアンスやM&Aなどですね。もう一つは管理の話。例えば、「顧客別収益性が分からない」「営業はとりあえず五月雨に行ってました」みたいにやってる会社は正直多いじゃないですか。だから、「管理」って言うと小さいイメージに聞こえますが、戦略上どこが重要でどういう優先順位なのかがパッと分からないといったことが、よく起こっているんじゃないでしょうか。

村上:「スピード感」という言葉を重視されているスタートアップの経営者の方は多くいらっしゃいますが、その場合って、だいたい営業や開発のスピード感のことを指しているんですね。でも、実はコーポレートが弱いことがボトルネックになって、スピード感が損なわれているんじゃないかと思うことがよくあります。 「こういう戦略に落とし込もう」「こういう立ち上げをしよう」「こういうアライアンスにまとめよう」「こういう調達をしよう」「こういうファイナンススキームを入れよう」といった議論は多々ありますが、結局コーポレートが弱いせいで「半年交渉しているけど、全然進まない」「1年間やっているけど、改善していない」といったことが起こってしまうんです。

朝倉:現実問題として、契約書のやり取りに時間がかかるとかね。

村上:そういう細かい話から大きい話までありますよね。

朝倉:似たような話で、「オープンイノベーションで事業開発をしよう」というテーマが出ると、大企業の方々って、なぜかアーリーな会社とばかり連携しようとするじゃないですか。だけど、まだ海のモノとも山のモノともつかないアーリー段階のスタートアップだと、 体制も整っていないし、話が合うわけがないと思うわけですよ。シード・アーリーの会社って自分たちのビジネスモデルを確立させることに精一杯だから、変に大企業と連携しようとすると、コミュニケーションコストがかかり、社長の時間が取られてパンクしてしまう。 こうした本末転倒な状態って、オープンイノベーションという文脈で起こりがちですよね。会社が大きくなっていく過程において、スタートアップ側もちゃんと外部連携できる仕組みを整えていかなければいけない。

小林:本当にそうだと思います。スピードが速い・遅いを決めるのは、直接部門だけじゃなくて管理部門を含めた全体だということは、オープンイノベーションに取り組んだことある会社であれば必ず分かるはずです。一度経験したことのある会社は、そこで揉まれたことがあるため、タフさを感じます。

コーポレートの実力は、会社の実力

村上:コーポレートの実力によって、「できる会社」と「できない会社」に分かれてしまう。M&Aを例にとると、人がいなかったら最悪M&Aができないというケースはよくあります。「アライアンスの座組みはこうして、大企業とこういうジョイントベンチャーを組んで、レベニューシェアはこれこれで……」といった膨大な論点を前進させられる人材がいればいいのですが、それがCEOにしかできないのであれば、CEOに時間がなかったら案件が進まない。

小林:「エンジニアがいないからプロダクトを作れない」っていうのと同じようなレベル感で、「コーポレートスタッフがいないから、M&Aを活用したダイナミックなプラン思いついたけど、見送りました」みたいなことが起きるということですよね。

村上:そう。M&Aに限らず、少し特殊なアライアンスでも同じことが起き得ます。企業間連携をするときに、コーポレートが上手くまとまっていないと、実現できない。あるいは、大幅に遅れてしまう。それって本当は「AIのエンジニアがいないから、作りたいプロダクトが作れません」っていうのと同じような状況ですよね。

スタートアップに大企業のコーポレートスタッフを

朝倉:話題になるスタートアップって運営しているサービスに目が向きがちだけど、よくよく見てみるとやっぱりコーポレートスタッフの人達が極めて優秀ですよね。

小林:そうだと思います。私が思うのは、 日本の大企業のコーポレートスタッフの経験値の高さ。これはすごい財産です。会社分割がどうとか、株主総会はどういう風に運営する、M&Aをどんな風に回す、海外拠点の管理をどうするみたいなことを、相当高いレベルでやっている。こういう人達がスタートアップに来たら、実は活躍する場面って非常に多いですよね。そういう意味で、コーポレートスタッフの人材採用のルートが増えれば、もっと面白くなるだろうと感じますね。

村上:そうですね。

朝倉:そういう管理部門の方々は、ひょっとしたらフロント側の人たちよりもスタートアップに対して興味を持ちにくいのかもしれません。好んでリスクをとろうとするアグレッシブな性格の人たちがそこまで多くないという印象です。だから、スタートアップ側も、そうしたキャラクターの傾向を理解したうえで、大企業の管理部門にいるような人達を、より集めやすくするための仕掛けができるといいのでしょうね。

小林:そう思います。

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。