COLUMN

なぜネット系企業はプロスポーツ事業への参入を進めるのか?

2019.12.13

プロ野球球団やサッカーチーム、バスケットボールチームなど、近年、ネット系企業によるプロスポーツチームの買収事例が増えています。なぜネット系企業のプロスポーツチーム買収が進むのか、こうした状況の背景には何があるのかについて考えます。

本稿はVoicyの放送を加筆修正したものです

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

ネット系企業がスポーツチームを買いたがる理由

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):近年、ネット系企業によるスポーツ事業への新規参入を多く見受けますね。今回は、ネット系企業はなぜ今、スポーツチームを買収したがるのかについて考えてみたいと思います。

IT系企業とスポーツチームの関わりを辿っていくと、古くは東北楽天ゴールデンイーグルスや福岡ソフトバンクホークスあたりが発端ではないでしょうか。2004年のプロ野球再編問題時のライブドア・楽天による球界新規参入騒動は記憶している方も多いと思います。

最近では、私の古巣であるミクシィのFC東京スポンサー契約や、Bリーグの千葉ジェッツ船橋の買収、アカツキによる東京ヴェルディ株式取得、サイバーエージェントによるFC町田ゼルビアの買収、メルカリの鹿島アントラーズ買収などがあります。実現はしませんでしたが、ZOZOの前澤前社長がマリーンズ買収に意欲を示したということもありましたね。

こうした一連のプロスポーツチーム買収ブームの直接的な端緒になったのは、2011年のディー・エヌ・エーによる横浜ベイスターズの買収である気がします。ディー・エヌ・エーは小林さんの前職でもありますが、ネット企業がスポーツチームを買収したがる理由は何だと思いますか?

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):よく言われることですが、プロスポーツチーム獲得によるブランディングや広報面での効果は非常に高いですよね。例えば、野球であれば1年のうちの半分ほどの期間、新聞やTV等々のメディアで社名が連呼されます。そうすることで、世間への認知度が格段に上がります。

加えて、買収後の球団の成長がうまくいった場合、球団ファンの方々が「あの会社が経営参入し、盛り上げてくれてよかった」と前向きに捉えてくれるので、ポジティブなブランド像が定着していきます。

朝倉:横浜ベイスターズの場合は、ディー・エヌ・エーの参入によってスタジアムもきれいになりましたし、球団ファンとして嬉しいことが多かったでしょうね。

小林:企業としての当たり前の経営努力が、着実にアセットとして積み重なっていくことに意義があるのだと思います。加えて、近年の球団獲得ブームの背景には、プロスポーツチーム運営事業が黒字化できると認知されだしたことも大きく影響しているのではないでしょうか。

朝倉:以前であれば、球団経営は赤字を背負ってやるものという捉え方が一般的でしたが、その流れが変わってきたということですね。

赤字覚悟からプロフィットセンターになったスポーツビジネス

小林:はい。企業のブランド価値向上に貢献するだけではなく、スポーツ事業単体でも黒字化でき、業績を伸ばせられるとなったら、やらない理由がないという判断になるのだと思います。

朝倉:「首位になったら選手の年俸を上げなければならないから、2位でいてくれ」と近鉄バファローズの球団オーナーは選手に告げていた、なんて逸話もありますね。 球団経営は万年赤字という印象が強かったわけですが、紐解くと、スポーツチームの運営に、近代的な経営手法が取り入れられていなかったということなのかもしれません。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。私は前職の投資銀行時代にソフトバンクを担当していたこともありますが、当時同社が球団について認識していたのは広報・ブランド的な効果側面はもちろんのこと、コンテンツとしてのバリューでした。さらに、不動産ビジネスとしてのバリューも当時から意識されていたと感じます。

朝倉:ヒルトン福岡シーホークの開発などですね。

小林:ディー・エヌ・エーが横浜ベイスターズを買収する前は、観客動員数が110万人で12球団中動員数は最下位でした。それが現在では200万人ほどの動員数です。200万人という動員力は、非常に大きいですよね。

朝倉:1試合あたり平均して1-2万人ほどの人が動くわけですもんね。それに伴って、球場周辺の商業施設などへの影響も大きいことでしょう。

小林:野球に関しては視聴率の低迷が話題になりがちですが、200万人クラスがリアルで動く興行イベントという視点から見ると、ものすごく大きな可能性を秘めていることが証明されましたよね。ですが、野球球団は12チームしかないため、買収するチャンスもなかなかありません。そういった中で、サッカーやバスケットボールチームへとフロンティアが広げられているという流れだと思います。

朝倉:バスケットボールチームの買収は割安だとよく耳にしますね。二次利用のしやすい体育館で試合を行うことができますし、チームの人数も少ないので、年俸の合計額もそれほど嵩まないと。なにより、生で見るスポーツとしても非常に迫力があって楽しいそうですね。

小林:他のスポーツといえば、先日ラグビーのW杯が行われ、日本でもラグビー熱が高まりましたが、プロリーグが発足したら従前よりも多くの観客動員数を見込める可能性もありますし、ビジネスとしてもポテンシャルを秘めているように思います。

オンラインコンテンツの時代からリアルコンテンツの時代へ

朝倉:買収企業側の事情としては、ネットで完結したビジネスの世界が飽和してしまったことが大きく影響しているのではないかとも感じます。Uber然り、Airbnb然り、近年急成長ビジネスとして着目されているものに、ネットで完結しているものはほとんどありません。

日本でも、シェアリングエコノミーが取り沙汰されたように、リアルにあるアセットに紐づいたネットビジネスの存在感が一時に比べてより大きくなりつつあります。言い換えれば、ネットのみに自己完結したビジネス領域に相当頭打ち感が出てきているということですね。

今までオンラインコンテンツやメディア事業、広告事業で利益を得てきたネット系企業は、そのことをかなり自覚しているはずです。成長の余地が限定的であるという思いが、リアルなスポーツチーム獲得に向かわせているのではないでしょうか。

村上:スポーツコンテンツの特徴は有限性・希少性です。コンテンツの価値が年々上がっている現代において、リアルであるスポーツコンテンツは有限で、希少性が非常に高い上にクオリティが安定しています。そういったコンテンツを持てることがネット企業にとっての差別化になるのでしょう。

朝倉:リアルなチームは有限であり、ライブコンテンツである試合にはリアルの時間という制約がある。参入障壁が低く、無限のコンテンツを扱えた世界が成熟しきってきたから、今のうちに資産価値のある有限なリソースを取りにいこうという転換期なのかもしれないですね。

村上:以前は試合が行われている現地でしかコンテンツを消費することができなかったために、コンテンツが有限である一方で、消費者も有限でした。それが、デジタル化によって、ユーザーの数を大幅に拡大できるようになり、マネタイズの方法にも多様性がでてきたわけですね。これも、スポーツコンテンツの価値を高めている要因だと思います。

小林:スポーツチーム側にとっても、ネット企業の参入によってテクノロジーやIT活用のノウハウがもたらされ、チームのバリューアップが実現できるということが明確に見えてきたことは、心強い材料なんでしょうね。