INTERVIEW

【ラクスル】プラットフォームで非効率が多い伝統産業を構造改革 vol.1

2018.09.13

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げ、インターネット上で印刷や物流のシェアリングプラットフォームを展開するラクスル。ユーザーには高品質の商品やサービスが低価格で提供される一方、印刷会社や物流会社はこれまで非稼働だった時間帯から収益が得られることになります。こうしたビジネスを着想した経緯や今後の展望などについて、同社の松本恭攝代表取締役社長CEOから話をうかがいました。

Disclaimer: シニフィアン共同代表の朝倉は、ラクスル社の社外取締役を務めています。

松本 恭攝(まつもと やすかね)

1984年富山県生まれ。2008年に慶應義塾大学商学部を卒業し、コンサルティング会社のA.T.カーニーに入社。M&Aや新規事業、コスト削減プロジェクトなどに携わり、印刷業界の非効率性(コスト削減効果の高さ)を痛感したのを機に、2009年にラクスルを設立して代表取締役に就任。

2009年創業のラクスルは、インターネット上のプラットフォームを通じて全国の印刷会社をネットワーク化し、各々の非稼働時間を活用して低価格で高品質の印刷物をユーザーに提供するサービスを展開。また、やはりプラットフォームによって全国の運送会社の非稼働時間を有効活用したハコベルを2015年からスタートさせている。赤字経営が続くが、売上高は大幅に拡大し、売上高総利益率の改善も顕著である。2018年5月に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場。証券コードは4384。

(ライター:大西洋平)

意図的に複数のVCから出資を募った

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):当社の共同代表の一人である朝倉は御社の社外取締役も兼務していますが、就任したのはいつ頃のことですか?

朝倉祐介(ラクスル株式会社社外取締役。シニフィアン共同代表。以下、朝倉):確か、 2015年の5月でしたね。実は、スタートアップで出資元のベンチャーキャピタルから派遣された人物以外が社外取締役になるのは非常にレアケースです。

松本恭攝(ラクスル株式会社代表取締役社長CEO。以下、松本):おっしゃる通り、少なくとも国内ではほとんど前例がなかったことだと思います。当時の私はラクスルという会社における経営と執行の役割について、改めて自分の頭の中で整理し、適切なバランスを保とうと考えていました。7億円だった売上が27億円まで増えて急成長中だったとはいえ、それでも今と比べれば4分の1程度の規模で、経営と執行が完全に一体化していたことに問題意識を抱いていました。

朝倉:ちょうどその頃に、ベンチャーキャピタル出身である僕の前任者が社外取締役を辞任したことも重なったわけですよね。

松本:そうです。その結果、社内取締役の比重が高くなってしまい、ガバナンスが弱くなることが社内で問題視されました。とはいえ、出資元から新たな社外取締役を派遣してもらうのでは、そのベンチャーキャピタルの色が強まりかねません。そこで、完全に中立的なスタンスの人物に社外取締役に就いてもらおうという話になって、朝倉さんの名前が浮上しました。

小林:御社の場合、出資しているベンチャーキャピタルの数が多く、特定のところに偏っていないという印象があります。いずれかの出資元のウエートが高くなることには、ガバナンスの観点からも抵抗があったということでしょうか?

松本:ええ。意図的に、出資元の数を増やしていったという側面はありましたね。その理由の一つは、成長のためにより巨額の資金を獲得したかったからです。我々はシリーズA(商品・サービスをリリースしてマーケティングを開始するフェーズ)で2.3億円を調達し、シリーズB(ビジネスモデルを確立して規模を拡大していくフェーズ)に移ってからも2014年の2月に14.5億円の資金調達を行っていました。けれど、それだけでは僕たちがめざしている域までスケールアップするのは不可能でした。当時、製造現場で使用する工具や部品、消耗品などをeコマースで手がけるモノタロウという会社が40億円を調達して規模の拡大に成功していたので、我々も40億〜50億円程度を集める必要があると思っていました。当社の事業は資金を投じればしっかりと伸びていくビジネスモデルになっていたので、そのことをできるだけ多くのベンチャーキャピタルに理解してもらえるように努めました。

(ラクスルの上場直前の大株主の状況。同社「CG報告書」より)

小林:なるほど、御社のビジネスモデルを評価するベンチャーキャピタルが増えれば増えるほど、1社当たりの出資比率はさほど高くなくても、次なるラウンドにチャレンジするための資金を獲得しやすいということですね。

松本:意図的な出資元の分散には、もう一つの理由もありました。それは、いずれか1社のウエートが高いと、そのベンチャーキャピタルの意向が支配的となりがちで、次の調達を行う際の規模感もおのずと固定化されてしまうことです。たとえば仮に出資比率20%分の資金をベンチャーキャピタルから調達するとしても、1社がそのすべてを投じるケースと10社で分け合うのでは関係性が大きく変わってきます。出資比率は出資元との交渉に大きな影響を及ぼすわけで、その意味でも1社に集中させたくなかったのです。ただ、内部の人間だけであまりにも自由にやりすぎるのも企業活動の毀損につながりかねないと思ったので、ガバナンスを強化する意味で朝倉さんを社外取締役に迎えました。

プラットフォームで非効率な伝統的産業を構造改革する

小林:ここで改めて、御社の主力事業の概要についてご説明いただけますでしょうか?

松本:我々は「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンの下、伝統的な産業にインターネットを持ち込み、そのバリューチェーンや産業構造の在り方を変えていくビジネスに取り組んでいます。現在の主力事業は、印刷のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」と、物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」です。「ラクスル」は日本全国の印刷会社をネットワーク化して仮想的に巨大な印刷工場を構築し、オンライン上で名刺やチラシ、封筒などの印刷を受注するというサービスです。各々の印刷会社の印刷機がこれまで稼働していなかった時間を活用し、高品質な印刷物を低価格で提供しています。一方、「ハコベル」は全国の小規模な運送会社をネットワーク化し、従来なら非稼働となっていた時間帯に荷物を運ぶというサービスをネット上で提供しています。

小林:印刷や物流における空き時間を活用するというB to Bのシェアリングビジネスを展開しているわけですね。

(ラクスル 2018年7月期第3四半期 決算説明会資料より)

松本:我々がコンセプトとして打ち出しているのはシェアリングプラットフォームです。20世紀は大企業の時代でしたが、21世紀はプラットフォームの時代になると考えているのです。20世紀における印刷や物流は、多数の印刷機やトラックを有する一握りの大手が数万人の雇用を抱えながらサービスを提供し、高いシェアを獲得していくというパターンでした。こうして製造と販売が一体化していることに加えて、二次受けや三次受けが常態化するという多重下請け構造になっているのです。

小林:なるほど。御社はシェアリングプラットフォームを通じて、そういった構造に変化をもたらそうとしているわけですね。

松本:その通りです。我々は多重下請け構造の末端に位置している人たちをネットワークでつないで仮想的に大企業化し、そのキャパシティをお客様にインターネットでダイレクトに提示しているのです。システムによって提供されているサービスですから、ピラミット構造の中で蔓延していた付加価値のない中間マージンもなくなるのです。たとえば物流なら、今までは荷主が支払った代金の5割以上が中間マージンとして消えていました。末端で実際に配送を担っていた人たちは、我々のプラットフォームを通じて受注すれば、従来なら4しか得られなかった報酬が6に増え、荷主の負担も10から8に減るといったことになるわけです。