【農業総合研究所】農家から八百屋への転身を経て、農業スタートアップを創業 Vol.1

「持続可能な農産業を実現し、生活者を豊かにする」というビジョンを掲げ、ビジネスとして魅力ある農産業を確立することを目指す、株式会社農業総合研究所。全国72か所の「集荷場」に生産者から直接持ち込まれる農産物を、原則翌日には1,100店舗ある提携スーパーの「農家の直売所」コーナーで販売するという、“顔の見える”流通事業を展開しています。現在のビジネスモデルにたどり着いた経緯や今後の事業構想について、及川智正代表取締役社長にお話を伺います。

及川 智正(おいかわ ともまさ)
株式会社農業総合研究所代表取締役社長。1975年生まれ。東京都出身。
東京農業大学農業経済学科を卒業後、関東で就職した後、和歌山県で新規就農。農作物の販売を行う会社を経由して、2007年株式会社農業総合研究所を設立。以降、現職。

2007年創業の農業総合研究所は、生産者と販売者(スーパーマーケット)の双方にメリットがある流通プラットフォーム「農家の直売所」を展開。生産者が自ら販売価格や販売先を決めて出荷する仕組みを作ることによって、農業従事者を農業経営者へと変えることを目指している。2016年に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場。証券コードは3541。

(ライター:中村慎太郎)

流通を変えなければ農業は再生しない

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):まずは、なぜ農業という分野で起業することを決意されたのか、お伺いできますでしょうか?

及川智正(農業総合研究所 代表取締役社長。以下、及川):2時間くらいかかりますけどよろしいですか?(笑)

村上:2時間じっくり聞きたいところですが、今日は手短にお願いします(笑)

及川:承知しました(笑)。まず、私が農学部出身であったことが一つのきっかけです。大学で勉強する中で、日本の農業が衰退しているという危機意識が生まれました。言うまでもなく、食は人間が生きていくための根幹です。なのに、根幹である食を扱う産業が衰退しているとなると、日本の未来は明るいとは言えません。

村上:確かに大学の講義では、明るい話はあまり出なそうですね。

及川:はい。学生時代の問題意識がスタート地点となり、農業関係の仕事をしようと考えたのですが、就職活動の時期が、ちょうどバブルが弾けた後でしたので、希望通りにはいきませんでした。結局、関東で農業関係ではない会社に就職したのですが、やはり、農業で何かをしたいという気持ちは消えないままでした。そしていよいよ、結婚を機に、会社を辞めて和歌山に行って、自分で農業を始めました。まずは3年間と信じ、とにかく続けました。学生時代から感じていた課題は、農業は「仕組み」が悪い、だから衰退しているのだ、ということです。しかし、現場で実際にやっていないと、目に見えてこないこともあるだろうと考えて、とりあえずやってみました。

その3年間、楽しいこともしんどいこともたくさんありましたが、感じたことは大きく言うと2つに絞られます。1つは、現状の仕組みでは農家にとって、モチベーションの維持が難しいということです。理由は、お客さんや取引相手からの「ありがとう」が聞こえてこないからです。野菜を作っても、100%農協への出荷なので、伝票だけもらっておしまいです。誰が食べているかもわかりません。当然、「ありがとう」という声も、「美味しかった」という声も聞こえてきません。そんな状況で、この仕事のどこに面白みを感じるべきなのか、わからなくなってしまいました。

もう1つは、農家という立場で日本の農業を変えていくのは、非常に骨が折れるということです。不可能ではないかもしれませんが、非常に時間がかかります。

そこで次に思い立ったのが、販売現場へと入る、ということです。今度は八百屋になって、八百屋の立場から農業を変えようと考えたわけです。

村上:面白いですね。上流のほうから1つずつ下へと流れていくわけですね。

及川:ところがですね、実際に販売側に立つと、今度は、少しでも利益を上げるために農家から買いたたきたいという気持ちに囚われてしまったのです。農家の時は、1円でも高く売りたいと思っていたのにですよ。両方の立場を体験しているのに、立場が変わると考え方が真逆になるというのがとても大きな気づきでした。この気づきを経て、農業のシステムは、生産と販売の両方をやったことがある人間じゃないとコーディネイトできないのではないか、と感じたのです。

流通は、水と油が交わるところです。ここの仕組みがよくならないと、農業は良くなっていかないんじゃないかと。そこで、10年前になけなしの現金50万円で作った会社が農業総合研究所です。

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村上:生産者だけが得をするシステムであっても、販売者だけが得するシステムであっても、結局はどちらかに負担を強いるのでうまくいかないという気づきですね。そして、そういったシステムを作るには、流通という分野で起業するしかないと考えたということですね。

及川:そうです。ただ、自分は、「社長をやりたい」と思っていたわけではありません。最初は会社を作ろうとは思わず、ハローワークに行きました。でも、流通の仕事が出来る会社がJAと市場しかなかったんですね。ネットで検索してみても見つかりませんでした。

存在しないなら自分がやるしかない、と、そこでようやく起業にたどり着きました。

村上:なるほど。では、まず「流通業をやりたい」という思いがあり、実現の仕方が結果的に起業だったということなのですね。

美味しいものを作った人に「ありがとう」が直接届く仕組みを

村上:続いて、御社のビジネスモデルが構築されるまでの経緯について伺っていきます。たとえば、農業の流通モデルの課題の1つには、消費者が払う金額に対して、生産者の手取りが少ないことを、払う消費者自身が意識していないという問題もあります。いわゆる中抜きの問題ですが、ここに御社が、生産者たる農家と販売者たるスーパーを直接つなぐプラットフォームを持ち込んだことで、生産者が自分で値段を決められるようになり、生産者の手取りが増えていったわけですよね。このビジネスモデルをどうやって構築したのかについて、教えていただけますか?

及川:まず、「持続可能な農産業を実現し生活者を豊かにする」という当社の理念が根幹にあります。

(農業総合研究所 コーポレート・サイトより)

農業は人々の胃袋と心を満たすためにあるものです。我々は、この農業が、世界からなくならない仕組みを作りたいのです。それはつまり、農業が魅力あるビジネスとして成立する仕組みを作る、ということです。

そのためになすべきことの1つは、農業の産業化です。努力すれば事業が成長する、一方で努力を怠れば撤退を余儀なくされる。頑張れば頑張るほどお金・資本が集まる、そういう仕組みが必要です。これを、農業の流通に持ち込んだのです。自分で値段を決められて、出荷先も決められる。メーカーと同じポジションで農家が自由に販売できる仕組みを作ることで、もっと農業が発展していくのではないかと考えました。

なすべきことの2つ目は、農業の構造改革です。これは、シンプルに言うと、「ありがとう」がダイレクトに生産者に届く仕組みを作ることだと思うんですよ。食べてくれてありがとう。いつも美味しい野菜と果物ありがとう。こういう言葉が、ダイレクトに届くことで、農家のモチベーションがあがる構造を作ろうと考えました。

村上:こういった仕組みを作ることは、JAの活動に対するアンチテーゼになるのかなという気もしますが、そのあたりはいかがでしょうか。

及川:いえ、JAが嫌いなわけでもないですし、悪いと思っているわけでもありません。良い部分もたくさんあります。大量流通、大量販売が出来て、生産者が出荷する際の手間も少ないです。自分で農家をしていた経験からJAのありがたみも重々分かっています。

もちろん、問題もあります。それは、生産者に他の選択肢がないことです。JAや市場にしか出荷できない。これは非常に閉じた仕組みです。だから、流通の種類を増やすことで、作る人も、食べる人も自分で選択できるようにしたいと考えました。

その選択肢の一つとして、JAや市場に並んで、我々の「農家の直売所」があってもいいのではないかという気持ちでやっています。

(農業総合研究所「成長可能性に関する説明資料」より)

村上:登録されている生産者からはどんな声が挙がっていますか?実際に消費者の「ありがとう」は届いたのでしょうか?

及川:そうですね。まず、他の流通よりも、「ありがとう」が届く仕組みは作れたと思っています。これまでは、そういう声を伝えるにしても、アナログな手段が多かったんですよ。スーパーで買ってくれた人が、「この生産者の野菜をいつも食べているんだよ」、みたいなことを言ってくれた時に、販売者がそれをメモにとって生産者に伝える、というようなやり方ですね。ですが、今はITを通じて届くようになっています。

どこかで聞いたような言葉ですが「美味しいいね」というボタンがあって、ワンタッチで生産者に伝えられるようになっています。

逆に生産者からも、今作っているものがいつ近くのスーパーに届くのかという情報を消費者に伝えることが出来ます。「トマトを植えました。赤くなりましたよ。いついつに出荷しますよ」というようなプロセスを生産の現場から直接伝えられるような仕組みもこれから作っていきたいと思っています。