スタートアップのIPO時における流動性の水準に正解はあるのか?

スタートアップは上場する際、資金調達のための新株の発行と既存株主による株式の売出しを行います。この時、市場に放出される株式のボリュームによって、その後の会社の株式の流動性が方向づけられていきます。果たして上場時の株式の流動性に適切・妥当な水準はあるのでしょうか?

本稿はVoicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

上場時の売出比率は低い方がよいのか?

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):マニアックなお題ですが、スタートアップの上場時における株式の妥当な流動性比率について考えてみたいと思います。 IPOすると、会社は新規に株式を発行することによって、市場から成長に必要な資金を新たに手に入れられることができます。また同時に、既存株主は上場時に保有している株式を売出すことによって、お金を得ることができます。苦労して会社を立ち上げた創業メンバーや、会社を支えた初期投資家は、保有している株式を売ることで、その苦労が報われるわけですね。

一方で、経営ガバナンス上、創業経営者は一定程度高い株式保有比率を維持しておいたほうがよいというのが、一般的には言われることです。それでは上場時、一体どのくらいの流動性比率が妥当なのかについて、考えてみましょう。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):2019年は、株式売出比率が95%と非常に高いと話題になったIPOもありましたね。まず前提として確認したいのは、IPO時の売出比率の高低によって良し悪しは一概に判断できないということです。「高いから悪い、低いから良い」ということではありません。

IPOにおいて、発行済み株式数をどの程度市場に放出(公募・売出)するかを示す指標のことをオファリング・レシオといいます。上場時に放出する株式数に関しては、2つの変数があるかと思います。まずはそもそも、全体でどの程度の規模の株式をマーケットに放出するのかというオファリング・レシオ。これに加えて、市場に放出する株式の内、何割を公募増資によって資金調達し、何割を既存株主の保有株式の売出に充てるのかという変数ですね。資金調達と売出と調達の比率をどのくらいにするのか。後者は、会社の資金需要にもよるので、それぞれの会社によって大きく異なります。

もう一点、流動性比率を考えるにあたって論点になるのが、VCからのオーバーハング(上場後の売り圧力)をどう意識すべきかです。通常、VCは未上場段階のスタートアップに出資し、上場後に出資時よりも高い価格で株式を売ることによって儲けを得ます。上場後のいずれかのタイミングでVCは保有している株式を売却するわけですね。

したがって、上場時にVCの株式保有比率が高い会社は、どこかで大量の株式が売られることが想定されるため、株価の下落圧力が高まることを懸念する上場株投資家もいます。これがオーバーハングに対する懸念です。株価下落に対する懸念が払拭できなければ、株は売れず、株価も上がりません。この点、オーバーハングは売出比率を高くすることによって抑えることができます。オーバーハングを払拭するという意味においては、売出比率が高いことは必ずしも悪いこととは言えないでしょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。スタートアップのIPOは新株発行、つまり資金調達額が小さく、売出比率が高くなる傾向にあると思います。メルカリやカオナビ のように、積極的に新株を発行する公募比率の高い会社もありますが、VCを中心とした創業初期から会社を支えてくれた既存株主に対してマネタイズ機会を提供するという意味では、IPO時に売出比率が高くなるのは当然のことでしょう

スタートアップのオファリング・レシオは、Wantedlyの3.3%のように、極端に小さいものから、BASEやラクスルのように50%弱の数値まで幅はありますが、流通株式に関する上場基準を満たすことが求められることもあり、概ね10〜30%に収まるものが多いと思います。逆に、70〜90%はIPO時に市場に放出されていない訳ですが、残りの全てが創業者などの安定株主である場合と、VCやエンジェル投資家など近々売却が想定される浮動株であるかによって、オーバーハングに対する懸念は大きく異なります。

マザーズにIPOする会社の公募価格ベースでの上場時時価総額の平均は約60億円ですが、仮に時価総額200〜300億円といった比較的大きめの上場の場合だと、オファリング・レシオが20%であれば40〜60億円分相当の株式が市場に放出されるということになります。金額ベースでの流動性が確保されれば、機関投資家にとって株式取得を検討しやすい状況になります。

多くの変数・制約によって定まるIPOの諸条件

小林:上場後の流動性の観点からも、オファリング・レシオに頭を悩ます方は多いと思います。IPO直後は注目もされますし、トレーディングも盛り上がるでしょうが、数ヶ月も経つとそうした盛り上がりも収束に向かい、個人投資家の興味が他の銘柄に移るなどして、トレーディングされなくなってしまうことが往々にして起こります。

そうなってしまった時に、いざ流動性を上げようと思っても、インサイダーになっている発行体や創業経営者が任意のタイミングで株を売ったりできるわけではありません。そういう意味でもIPO時にどの程度のオファリング・レシオにするかは重要になります。

村上:IPO準備をしている会社からご相談を受けることも多いのですが、初めてIPOを経験する経営者が頭を悩ます理由の一つがIPOにおける変数の多さです。その一つに公開価格、つまりバリュエーションがあるでしょう。これは資金調達額と希薄化率にダイレクトに影響します。

よくあるケースですが、経営者としてはバリュエーションを上げたいものの、主幹事証券からは「いや、そこまで上げられません」という話を耳にしますよね。経営者は株式を売る側の視点、証券会社は株式を買ってもらう側、つまり投資家の視点がどちらかというと強く出ますから、このような構図になりやすいです。

そうなると、仮に会社が望む資金調達額があったとしても、バリュエーション次第では、望むオファリング・レシオでは希望調達額に届かないということが起きてしまいます。 これはつまり、会社にとって、バリュエーションは非常にコントロールしにくいものである一方、会社の成長にとっては直接的かつ非常に影響の大きい資本額、手元現金額に対する変数になってしまっていることを意味します。

他にもIPO時に考慮すべき変数はたくさんあります。例えば、売出比率が低すぎると、既存投資家に収益化する機会を十分に提供することができず、既存投資家に十分に報いることができず、また上場後のオーバーハング懸念を大きくしかねません。より高いバリュエーションは既存株主に対して売却を促す大きなインセンティブになりますから、バリュエーションは売出比率に対する変数でもあるのです。

IPOは他にも多種多様な変数があります。加えて、多様なステークホルダーが関与し、また上場後の新たなステークホルダーも意識しながら進める必要がある、謂わば多変数の複雑方程式です。この方程式の解を会社の持続的成長という目的に沿って解こうとするなら、「経営者の意思」が間違いなく必要になります。

「資金調達額は●億円は必要だ」とか、「流動性はこれぐらい確保する」とか、「機関投資家への配分はこれぐらい確保する」とか、市場環境によって難しい場合もありますが一定の意思を持たないと、期待した解を導くことはできないでしょう。公開価格は主幹事証券の言いなり、売出比率は既存株主の意向だけに沿ったものになってしまうと、犠牲になるのは会社の成長性やそれを支える資本政策ということになってしまうのです。

IPOプロセスの意思決定において、本来のIPOの目的の一つであり、新参者の上場会社にとって最大級のチャンスである「資金調達を得る」ことの重要性が埋没しているケースが少なからず見られるのは、あらためて強調したい点ですね。

IPOプロセスの意思決定において、本来のIPOの目的の一つであり、新参者の上場会社にとって最大級のチャンスである「資金調達を得る」ことの重要性が埋没しているケースが少なからず見られるのは、あらためて強調したい点ですね。

長期の自社戦略を踏まえて、主体的にIPOの条件を設定しよう

朝倉:少し視点を変えて、上場後の投資家の視点からも考えてみましょう。上場時に、創業者やVCといった既存株主の売出分があまりにも多いと、「上場ゴールだ」と言われることがよくありますね。

小林:創業者とVCでは少し毛色が異なるでしょうね。VCが上場後の投資家に株式を譲り渡すために流動性を提供するのは、そんなにネガティブなことではないと思います。 一方で、創業者が一定程度以上のボリュームを売り出すと、「おや?」っという感覚を抱く投資家もいることでしょうね。最近だと、上場前の事例ですが、WeWorkのアダム・ニューマンのような事例ですね。

朝倉:「これから成長すると言っているのに、売出すのか」と、不安に感じる方が出てくるのは不思議ではありません。

村上:経営株主が保有する株式を売ることに対しては非常に慎重に考えるべきです。VCに関しては、とってきたリスクや資本としての役割が異なるので、IPO時に売却するのは自然なことだと思います。ただ、IPO後の長期保有を目的とした投資家の存在は、市場に対してポジティブなメッセージと捉えられることもあるでしょう。

小林:VCの売出比率が注目されるようになったのは、ラクスル以降だと思うんですが。

朝倉:ラクスルの場合は、純粋なVCの方にはほぼ100%売出して頂いたという経緯があります。

小林:あの成功例以降、制度ロックアップ以外の株主については、大きく株式を放出することで、会社が株主を切り替えるというパターンのIPOスタイルが見られるようになりました。それ以前は、IPO時の売出比率が低く、既存株主のロックアップが解除される条件である「公開価格のの1.5倍以上」になったら売るというパターンが多かったので、オーバーハングに悩まされる会社が多数ありました。そのようなことが解決されるという意味でも、積極的な売出はおかしいことではないと思います。

村上:上場後の投資家の観点を踏まえても、やはり流動性、オファリング・レシオや売出比率をどの水準に設定するべきかは、経営者にとって強く意識すべき論点ですね。制約条件が多い中でも、経営者が会社にとって最善の姿をしっかりと考え、それを証券会社や既存投資家等のステークホルダーと、主体的に交渉していくということが重要だと考えます。「出れるときにIPOしろ」という声もよく上がります。確かに市場リスクを重く見れば正しい主張であるのですが、そのために交渉をなおざりにし、妥協の産物のIPOをしてしまっては本末転倒ということになりかねません。

上場後の流動性比率については、おそらく正解はないでしょうが、自分たちの事業の5年先、10年先を見据えた時に、どの程度の資本力が必要なのか、事業の優劣において資本力の重要性がどの程度あるのか、という視点は特に意識すべきだと思います。継続的に資本的補給がいるような戦略を描いている場合、上場時に流動性を絞ってしまうと、後々になって財務戦略上の制約になってしまう可能性があります。

逆に、自走可能で資金ニーズがあまりない場合には、オファリング・レシオの重要性も低いのでしょう。そういった資本戦略を事業戦略と掛け算しながら広く検討していく視点が必要だと思います。戦略的なCFOが求められるのはこれが期待されているからであり、IPOを財務担当者任せにしてはいけないのものこのためです。これらを考える際に、知識・経験不足で経営側が主体的に条件を決められず、環境ドリブンで流されてしまうとのはもったいないので、IPO前のしっかりした準備が肝要です。

朝倉:適切な水準値に正解はないですが、会社の事情に併せて、主体的に条件を設定していきましょうということですね。