事業の仮説を検証し、MVP(Minimum Viable Product: 実用最小限のプロダクト)を開発することは、スケールする事業を構築するための第一歩です。では実際、どのようにしてMVPを開発するべきなのか? 実践的なプロセスについて、シニフィアン共同代表の朝倉祐介がChomp小林CEOに伺いました。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。
小林清剛(こばやし きよたか)
Chomp, Inc. Co-founder and CEO 1981年生まれ。大学在学中にコーヒーの通販会社を設立。2009年にスマホ広告事業の株式会社ノボットを設立し、2011年にKDDIグループへ売却。2013年に米国サンフランシスコにてChomp Inc.を設立し、現地でスタートアップをしている。また、2015年にTokyoFoundersFundを共同設立し、米国を中心に30件前後の企業に投資をしている。
(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)
MVPをつくるために一番重要なことは?
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):シリコンバレーや、海外のスタートアップのメソッドを、一生懸命キャッチアップしている起業家は多いと思います。一方で、日本のマーケット環境に合っていないことや、時代感覚として通用しなくなっているメソッドを、間に受けてしまうことも大いにあるのではないでしょうか。その1つに、「MVP(Minimum Viable Product)のつくり方」が挙げられるかと思います。小林さんが考える、「MVPをつくる際に大切なこと」とはなんでしょうか?
小林清剛氏(Chomp株式会社代表取締役CEO。以下、小林):MVPをつくる際に一番重要となるのは、常に何の仮説を検証しているのかを強く意識することだと思います。ここでいう仮説というのは、プロダクトや、前々回にお話しした、「自分だけが信じている何か」のことですが、MVPはこれらを検証するために存在します。
MVPをつくる際に生じるよくあるミスとして、「自分だけが信じている何か」の仮説を検証するために最小単位のプロダクトを作った時に、あまりにも機能が少な過ぎるためにユーザーが離れてしまい、そのプロダクトには価値がないと勘違いしてしまうことがあります。MVPという概念が、単に最初にリリースするプロダクトのことであったり、単一機能のプロダクトのことだと雑に捉えられているケースが多々あるのではないかと思います。 ユーザーにプロダクトを使い続けてもらうためには、例えば、コンシューマープロダクトでも、単に「使って楽しい」というだけではなく、ユーザーが使い続けるほど便利になったり、アイデンティティが蓄積されるという設計が必要になります。これらのどの要素をMVPに含める必要があるかは、プロダクトごとに異なりますが、ユーザーがそのプロダクトの価値を理解できる全ての要素を最低限備えているのがMVPだと考えています。
朝倉:複数の機能があることにより、初めてそのプロダクトの世界観を表現できるものがあるということですね。実際には必要最小限の機能を整えるに至っていないケースが多いということでしょうか
自分が必要としているプロダクトをつくろう
小林:そうだと思います。初期のプロダクトで失敗してしまう例として、そのプロダクトを本当に必要とするユーザーを探せないままクローズしてしまうことが挙げられます。初期のプロダクトは、そのプロダクトのステージが初期であればあるほど、プロダクトが小さければ小さいほど、必要としてくれるユーザーも少ないはずです。プロダクトが深く刺さるユーザーを探すことは想像以上に大変なことで、あまりに見つからないので、誰も必要としていなかったと勘違いしてしまうことがあります。自分が信じているプロダクトであれば、諦めずに探し続けることが大切です。
また、プロダクトを使ってもいない人から、「この機能があったらいいのに」といったような意見をもらうことは多々あるかと思いますが、そのような意見は参考程度に留めておいたほうがいいでしょう。初期のユーザーターゲットとして、全く当てはまらない人にヒアリングしてしまうと、誰のためのプロダクトなのか分からなくなってしまい、最終的に誰も必要としないプロダクトが出来上がります。また、そのプロダクトを本当に必要としてくれるユーザーも、自分が欲しいものを言語化できているとは限らないので、インタビューをするよりも、プロダクトを実際に使っている様子を観察するほうがいいです。
朝倉:例えば、「自分」だったり、あらかじめユーザーが特定できているプロダクトをきちんと届けるということが重要なポイントなのかもしれませんね。
小林:そうですね。自分や自分の家族、親しい友人、親しい会社などをユーザーにするとわかりやすいと思います。ペルソナなどで、架空の人物をつくる手法に関しては、私は否定的です。架空の人物に喜んでもらうために頑張り続けるというのは難しいですし。
朝倉:原体験は非常に重要ですよね。例えば、僕が今、女性向けのコスメアプリを作ろうとしても、絶対にうまくいかないと思います。自分が欲しいと思っていないものを作ろうとしても難しいでしょう。
小林:プロダクトに関して、「友達だから使ってくれているんじゃないの?」といった声を耳にすることもよくあるのではないかと思いますが、アクティブに使っているユーザーは、明らかに「友達だから」というところを超えて使ってくれています。友達だからという理由で使うユーザーは、多くの場合、短期間でプロダクトを使うのをやめてしまいます。 一方、最初は友達だからという理由で使い始めても、そのまま数カ月間使ってくれるユーザーもいて、彼らからは多くの洞察が得られます。また、何より、自分の友達がプロダクトを使い続けてくれることは、プロダクトをつくり続ける原動力になります。これは実際に経験したらわかると思うので、プロダクトをつくる際には、自分や自分の周りの人が欲しいものをつくることをお薦めします。
否定的なコメントから自分のアイディアを守る
朝倉:自分が作ったプロダクトを実際に喜んで使い続けてくれる人がいるという状況を体感するには時間がかかりますが、その前にピボットしてしまう人が多いのかもしれません。
小林:すごく否定されますよね。前々回にもお話ししましたが、事業のアイディアとは、赤ん坊のようなものなので、なるべく小さく小さくして、大事に温めて育てたほうがいいんです。特に、プロダクトのアイディア段階や、MVPをつくる時には、否定されやすいので、なるべく否定的な意見を言う人に意見を聞くことは避け、そのプロダクトを本当に欲しがっている人や、信頼している人など、ポジティブなフィードバックをくれる人に会うのがいいと思います。
朝倉:Uberの初期投資家であり、LAUNCH創業者のジェイソン・カラカニス氏も、「周囲でノイズを言う人を遠退けることは、エンジェル投資家の役割の1つだ」と言っていますよね。
小林:まさにそういうことだと思います。
コミュニティが持つカルチャーの重要性
小林:別の視点として、普段一緒に過ごしている友人同士のコミュニティが持つカルチャーも重要だと思います。日本のスタートアップ業界でもそうですが、普段仲良くしている友達同士で、「このメンバーの事業は皆、うまくいきそうだ」と考えたり、「ここにいるメンバーは優秀だ」とお互いに感じ合ったりするように、お互いにプラスの影響を寄与しやすいコミュニティ感というものが存在すると思います。一方、周りがネガティブな意見を言う人が多いと、自分の考え方もネガティブになりがちです。 よく言われる「企業のカルチャー」だけではなく、スタートアップにとって、普段一緒にいる友人同士のコミュニティが持つカルチャーの存在も大きいのではないでしょうか。そのコミュニティの共通する物の見方や考え方が、自然と自分にも影響を及ぼしている気がします。例えば、「どうして、日本ではなく、わざわざサンフランシスコでやるのですか?」とよく聞かれますが、僕の周りの友人は、サンフランシスコでスタートアップをすることが難しいとは思っていませんし、反対に、すごく楽しくて意義があることだと思っています。
朝倉:ベイエリアの日本人スタートアップコミュニティはどのような状況ですか?
小林:Ramen Hero創業者の長谷川浩之さんはAngelPad(米国著名アクセラレータ)を卒業しましたし、Anyplace創業者の内藤聡さんは、ジェイソン・カラカニス氏のシードプログラムに参加していて、それぞれに資金調達も成功させています。他にもPlanogy創業者の中屋敷さんがSky Deck(UCBerkeleyのアクセラレータ)に参加していますし、実績も出始めています。また、同じく仲良くしているAutify創業者の近澤 良さんもAlchemist Accelerator(BtoB特化のアクセラレータ)を卒業しています。
僕は、以前から、「サンフランシスコで日本人スタートアップ創業者が成功する再現性」をつくりたいと考えているのですが、そのうちの10〜20%の再現性は既につくれて、回り始めてきているように感じます。
米国で起業するのに語学やビザの壁を越えるのは大前提
朝倉:海外駐在員の世界ではよく、「駐在員同士でばかりつるんで……」とネガティブな文脈で言われることがありますが、起業家の世界を見ていると、中国人や台湾人、インド人、韓国人など、それぞれ各国の同郷コミュニティの絆は非常に強いですからね。そこで得る知見やネットワークを活かすという意味では、ある種、「華僑」のようなものかもしれません。独立して事業を行っていく人にとっては、同業人や何かしらの共通点がある人と繋がっていくことは非常に重要だと思います。
小林:そう思います。よく、「米国で起業するには英語で困る」といった声や、「ビザが取れない」といった声を聞きますが、僕の体感では、米国で起業をするにあたって大変な順番は、「英語、ビザ、人の繋がり」、そして最後に、「事業」だと感じています。英語やビザの問題を超えられない人は、そもそも現地での人の繋がりなどをつくるのは難しいでしょうし、事業を成功させることも難しいでしょう。
朝倉:「米国で事業を成功させよう」と本気で取り組んでいれば、英語やビザの壁は超えられるものであるはずですよね。
小林:英語を学ぶのであれば、努力すればいいですし、同様に、ビザもなんとかすれば取れるものです。人の繋がりや事業は、それらを超えた上で初めて得られるものだと思います。
スタートアップは「信頼関係の繋がり」で機能している
小林:僕は、シリコンバレーの著名VCや起業家に関してよく言われる、「インナー・サークル」に対しても、ある種神話的だと感じています。一般的に、インナー・サークルはネガティブに捉えられがちですが、要は、「信頼関係の繋がり」のことだと思います。 様々な地域から、様々な人が来るベイエリアでは、お互いにリファレンスを取らなければなりません。「あの人が言うなら、この人に会おう」というような信頼関係の積み重ねこそが、インナー・サークルの正体です。インナー・サークルとは、現地に根付き、ひとりひとりと丁寧に人間関係を築いていくことにより、次第に勝手に入っていくものだと思います。
朝倉:日本でもそれに近いところがあるかもしれませんね。日本のスタートアップコミュニティにも確かにインナー・サークル感はあり、外部からは「起業家も投資家も仲良しグループで群れており、排他的でくだらない」と思われている節もあることでしょう。一方で、これもまた「信頼関係の繋がり」なんだと思います。組織に頼らず、自分自身の足で立って市場を切り拓いていかなければならない起業家だからこそ、同じ境遇の人たちに対するシンパシーがありますし、困ったことがあれば助けようとする互恵関係ができあがっているのではないでしょうか。 もしも、本気で起業を成功させたいと思うのなら、そうした互恵の輪に切り込むだけの営業力や突破力がない人が、世の中を変えるような事業をつくるというのは、なかなか難しいことなんじゃないかと思います。
本日はありがとうございました!
小林:はい!ありがとうございました。