ここ数年で瞬く間にフィンテック(Fintech)という言葉が浸透し、斬新な金融サービスが続々と登場しています。その一方で金融商品自体は古くから存在するものであると同時に、銀行や証券、保険など、垣根ごとに分断され、完全なワンストップの取引は行えないうえ、複雑でわかりにくいというイメージが強かったのが実情です。株式会社ZUUは自社メディアを通じて金融に関するコンテンツを提供するだけにとどまらず、金融機関の業務の効率化や潜在顧客開拓にも貢献する事業を展開しているとのこと。同社代表取締役の冨田和成さんに、そのビジネスの中身について話をうかがいました。
冨田和成(とみた かずまさ)
神奈川県川崎市出身。一橋大学経済学部在学中にソーシャル・マーケティング関連で起業。2006年の大学卒業後は野村証券に入社し、支店勤務を経て本社の富裕層向けプライベートバンキング業務や、ASEAN地域の経営戦略などに従事。2013年に同社を退職してZUUを設立し、代表取締役に就く。
2013年4月創業のZUUは、金融に特化したコンテンツをそろえるZUU onlineなどの自社メディアを運営する一方、金融機関を中心にオウンドメディアの製作・運営をサポートし、さらに金融業界におけるリクルーティングにも手を広げている。2018年6月東京証券取引所マザーズ市場に上場。証券コードは4387。
(ライター:大西洋平)
フィンテックの大波が到来する前にいちはやく創業
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):最初に、創業に至った経緯からお話をうかがえますでしょうか?
冨田和成(株式会社ZUU代表取締役。以下、冨田):設立は2013年4月で、それまで私は野村証券に丸7年間にわたって在籍していました。私の大学時代はちょうどベンチャーブームの真っ只中で、ミクシィやグリーなどが台頭してきた頃でした。その影響もあって、私も“プチ起業”のようなことに取り組んでいましたね。当時、ヤフーのメーリングリストサービス(2014年5月に終了)が急激に伸びていたことに着目したビジネスです。自分でもリストを作成してオリジナルのコンテンツを流し、企業から広告収入を得ていました。その一方で、私が進学した一橋大学では、東京工業大学の授業も履修できるようになっていました。そして、単位を取りやすいと言われていた同大学のプログラミングの授業を選んだところ、これが実に面白くて、JAVA言語などにも比較的早い段階から接することができました。お陰でITが当たり前のような環境下で大学時代を過ごせましたね。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):野村証券に入ってからも、IT系の業務に就いていたのですか?
冨田:いいえ。入社した途端に、ITとはまさに対極に位置するような飛び込み営業からスタートしました。最初の3年間は支店に配属されて、そこでリーマンショックも経験しました。当初は、飛び込み営業なんて極めて非効率で、手数料も高くてあまり意味がないのではないかと内心は懐疑的でした。ところが、経験を重ねていくうちに、「非効率の中における効率」のようなものが存在していて、それを仕組化できると面白そうだと考えるようになったのです。何軒も訪ね歩いてどんどん断られていくわけですが、その中でも開拓できたお客様はネット証券ではけっして獲得できないタイプで、非常に太い結びつきのお付き合いになります。そういったお客様を何人か得ることができれば、その手数料収入だけで一人の営業担当者の人件費を賄えてしまうという商売が成り立っているのです。
村上:それが「非効率の中の効率」ということなのですね。
冨田:そうです。どうして金融業界ではそういったことが成り立つのかという疑問を自分の中でモヤモヤと抱き続けてきたのですが、日本においてもインターネットでの販売に特化した保険会社が登場するなど、大きな変化も見られました。私はそういったサービスが絶対に伸びると思ったのですが、意外と苦戦しているのを見て驚きました。なかなか日本では金融とITが上手くからみ合っていかなかったのです。
村上:本来、ITを活用すればあらゆる業界が効率化されてくはずなのに、国内の金融業界では必ずしもそのようにならない側面があったということですね。
冨田:ええ。そういった現実を知る一方で私は、3年間の支店勤務を終えた後に本社の超富裕層向け部隊へ配属され、シンガポールでプライベートバンカーとして東南アジア経済の活気を目の当たりにしました。その後、1カ月間だけ東京に戻ってから、すぐにタイに派遣されて、今度は東南アジアにおけるネット証券戦略と他地域への進出戦略に関わりました。その業務に1年間携わった後、東京に戻ってから起業したというのが当社設立に至るまでの経緯です。こうして国内のリテール(個人向け)営業から海外の超富裕層向け、さらには金融業におけるネット戦略まで、一通りのビジネスを経験させてもらったことで、私の中ではいくつかの気づきがありました。「人の人生や思い、夢といったものにはお金がとても密接に関わっている」と痛感したことがその一例です。夢を実現させたいと思った際に、お金というハードルが立ちはだかり、なかなか前に足を踏み出せない人は少なくありません。そのような問題を解決していきたいというのが当社を設立した動機の一つとなっています。
村上:ということは、他にも動機があるのでしょうか?
冨田:ええ。大きなパラダイムシフトが起こっていると直感したこともキッカケとなっていますね。私が当社を立ち上げた頃にはまだフィンテックという言葉は生まれていませんでしたが、海外の金融業界における最先端の事例を調べてみたところ、すでに何らかのムーブメントが発生していることがうかがえました。銀行口座やクレジットカードなどの情報をオンライン上で一元管理して個人が効率的に資産設計を行えるPFM(パーソナルファイナンシャルマネジメント)サイトの草分けであるMint.comを筆頭に、新進のサービスが続々と登場していたのです。また、グーグルが金融比較サイトを買収するなど、ダイナミックな変化が起こる兆しを感じました。
金融機関の機能はオペレーションのみに集約されるべき!?
村上:では、そういった背景の下で創業したZUUは、現時点ではどのようなビジネスを展開している会社で、将来的には“何屋さん”をめざしているのでしょうか?
冨田:まず、金融とITを活用することで、個々人が自分の人生や夢と正面から向き合い、加速をつけて前進していくことをサポートする会社でありたいというのが私たちの抱いている思いです。知識やスキル、人脈、健康、そしてお金を稼ぐ力や信用など、個人は「人的資本」を有しています。それを上手くコントロールしていくことで、資産を蓄えたり、有効活用したりできるわけです。だから、個人も企業と同じように、自分自身のP/L(損益計算書)やB/S(貸借対照表)をきちんと管理できれば、その結果として今まで以上に夢の実現を果たせるはずです。当社はそのお手伝いをしたいと考えています。
村上:それを果たすために、どのようなビジネスモデルでどういったサービスを提供しているのでしょうか?
冨田:今なお金融のプラットフォームというものは、本質的な意味でインターネット上に存在していないと私は思っています。金融商品を売買できるプラットフォームにしても、証券や銀行などといった分野別に存在しているのでは不完全です。たとえば手元に500万円のお金があった場合、それを銀行の定期預金に預けるのはもちろん、それで投資信託を買ったり、保険に加入したり、あるいはそれを担保に不動産を買ったりするのも、すべて資産活用です。さらに今の時代なら、それを元手に自動車を購入してカーシェアリングで貸し出すような運用まで選択肢に入ってきます。こうしたお金の使い道に対して、本来ならプラットフォームは中立的なスタンスであるべき。ところが、銀行、証券、保険、不動産といった垣根が設けられているのが現実です。私が野村證券で超富裕層に提供していたコンサルティングサービスでは、必要に応じてそれらのすべてを提案していました。一般的な個人のお客様にも、そういった全般的なコンサルティングを提供することが本質だと私は考えています。
村上:そうしますと、ZUUは本質的な意味で完成された金融のプラットフォームを構築しようとしているわけですか?
冨田:将来的には、そういった姿をめざそうというのが当社のビジョンです。上場する際に開示した「成長可能性に関する説明資料」にも掲げていますが、当社は創業以来、ディストリビューションとオペレーションを分離させることで、金融機関がより効率的に潜在的なユーザーを開拓できる環境を整えることをめざしてきました。情報収集や商品・サービスの比較、購買判断といったディストリビューションの分野は、ZUU onlineなどの自社メディアや当社が製作を支援する顧客企業のメディアプラットフォームが担います。こうして潜在的なユーザーを効率的に開拓・送客することで、金融機関はオペレーションに専念できるわけです。金融の本質的な機能とはオペレーションで、たとえば銀行なら決済や送金、為替、預金といった窓口業務に端を発するものです。しかし、ディストリビューションの分野もつながっているために全国各地に店舗が展開され、そこに数多くの営業担当者がぶら下がるという構図となっています。
(ZUU「成長可能性に関する説明資料」より)
村上:そして、もっぱら金融機関ではディストリビューションの分野に、冒頭で指摘されていた非効率性が散見されるということですね。
冨田:真のディストリビューションとは、顧客の利便性を高めるためのプラスアルファの機能でしかないと私は考えています。「お客様がもっと儲けられるから、そのために営業活動を行う」とかいったスタンスのものです。銀行の本質的な機能は、圧倒的な信用力の下にあるオペレーションにあるのです。
すでに海外では、ディストリビューションとオペレーションを切り離すという事例が出始めており、ネオバンクという業態が盛り上がっています。ネオバンクは銀行代理店免許を用いて展開しているサービスで、要はブローカレッジ(金融商品の売買仲介)を担っている人たちです。このように、海外ではオペレーション機能を持たずディストリビューションに特化したサービスが出始めています。既存の金融機関の9割以上の社員はディストリビューションの分野に属していると表現しても過言ではないかもしれません。
一方で、金融機関、特に銀行が築いてきたオペレーションに対する信用は、圧倒的な価値を有しています。おそらく世の中のほとんどの人は、銀行には安心して資産の大半を預けられるでしょう。しかし、最新のフィンテックを駆使したり、ロボットアドバイザーが投資対象やその配分を助言してくれたりする画期的なサービスであっても、新進の会社に対してはそこまで全幅の信頼を寄せられないものです。だから、金融機関にとってオペレーションにおける信用力は最後の砦であって、ディストリビューションの分野はどんどん切り離されていくべきものだと私は考えています。