COLUMN

不況下のIPO環境とスタートアップの打ち手について

2020.04.26

新型コロナウイルス感染症の大流行を受けて、上場承認の取り消しが相次いでいます。厳しさを増すIPO環境です。こうした状況下で、上場企業予備軍のスタートアップが検討すべき事項について考えます。

本稿はVoicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

会社と投資家の期待値ギャップが顕在化する

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):新型コロナウイルス感染症の大流行の影響もあり、2020年に入ってからIPO の中止が急激に増えています。

具体的には、2020年4月1日時点で、すでに12社が、上場申請を取り下げています。2019年に上場申請の取り消しを行なったのは通年で3社ですので、相当多いということがわかると思います。

こうした現状を踏まえ、不況下でIPOを目指すスタートアップを取り巻く状況と、こうした局面で取るべき打ち手について考えてみたいと思います。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):証券会社と会社は上場時の株価の見立てを議論し、上場申請をしているわけですが、これだけ外部環境が変われば、投資家の需要が集まらず、想定していた価格で株が売れない、もしくは売れたとしても上場後の下落懸念が強い、といった状況に陥ります。

つまり、理想的なIPOができないことが明らかになるわけですね。直近で上場取り消し・延期が増えているのは、証券取引所が急にルールを変えたために上場ができなくなったからではありません。

このようなIPOを取り巻く外部環境の急変を鑑み、上場する会社側が自主的に、延期・取り消しの決断をしたということです。

こうした背景には、この環境下でスタートアップのエクイティリスクを取りたい投資家が少なく、会社側と投資家側の期待値に大きなギャップが生じているといった事情があります。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):急激にマーケットが悪化した分、この歪みが大きく出ているのでしょうね。

村上:特にスタートアップは近年、PSR (Price to Sales Ratio。株価売上高倍率)が急激に上昇していました。それ以前と比較すると、この数年で倍というレベルです。こうしたバリュエーションの高騰に対して、コロナ後、極端な切り下げが起きています。

過去10年弱に渡って上げ相場が続いていたため、ファンドマネージャーの中にも初めて下げ相場を経験する人もいることでしょう。急激に顕在化したリスクにどう対峙するのか、非常に混乱しているところだと思います。こうした経緯から、歪みが極大化して現れているのが現状でしょう。

不況後は「IPO待ち」の列が長く伸びる

朝倉:新型コロナウイルスがトリガーになるということは誰にも予測できませんでしたが、過去数年、どこかのタイミングで市場に調整が入るということは、多くの人が指摘していたことです。

2019年12月には駆け込み的な上場が相次ぎました。起業家側も、今の潮流を逃すまいといった思いで上場に向けて活動していた会社も少なくなかったように思います。

IPOには時間をかけて入念な準備が必要であり、良い時機が来たからといってすぐに上場できるものではありません。一方で、十分に機が熟し準備が整ったと思った矢先に、何らかの外部要因によって急激にマーケットが崩れると、本来の価値を評価されづらい状況に陥ります。

会社にとって、IPOはタイミングを見定めるのが難しいイベントです。

村上:そうですね。リーマン・ショックの直前を思い返すと、エクイティだけではなくCB(Convertible Bond。転換社債型新株予約権付社債)やレバレッジ・ファイナンスなど、世界中で大きな資金調達が実施され、ある種の資金調達ブームが起こっていました。

ただ、サブプライム問題が起こるなど、2008年に入って市場環境が悪化したことで、クレジットの低い会社の案件にお金が集まらなくなり、案件自体がローンチできないということが多発しました。

リーマン・ショックが起きる前だと、徐々に環境は悪化していたものの、資金調達ニーズは継続してありました。調達したいけどできない会社、それが在庫としてどんどん資金調達市場に滞留していったのです。

今回のように、投資資金が急にマーケットに出てこなくなると、資金調達したい会社は増える一方で、実際に資金を確保できる会社は限られるために、「調達待ち」の会社が増えることになります。

実際、既に未上場スタートアップの資金調達では同様のことが起きています。そのため、新型コロナウイルスの影響が1年を超える長期的な事象だとしたら、その期間の分、IPOしたい会社が列になって並ぶことになります。

そうなると、翌年以降にIPOをずらした会社と、当初からそのタイミングをターゲットとしていたIPO予備軍の会社の列が重なることになり、マーケットが回復した後もしばらくは投資需要の食い合い、選別が起きることでしょう。

リーマン・ショック当時を振り返ってみても、マーケットが悪化した中でいち早く資金を調達した会社が、先行してマーケットに流通している資金を一定程度抑えてしまうということが起こりました。大企業による大規模ファイナンスです。

ようやく投資家の投資意欲が回復してきた時に、調達ニーズが強く大きい特定のプレイヤーがいると、資金がそこに集中してしまうことがあるわけです。このように、投資マーケットが回復する初期には、ちょっとしたノイズが生じることも考えられますね。

IPOタイミングを選ぶために時間の余裕を確保する

朝倉:参考までにですが、リーマン・ショック(2008年)当時を振り返ると、2008年のマザーズIPO社数が12社だったのに対して、翌年2009年のマザーズIPOはわずか4社でした。2010年が6社。2019年のマザーズ新規上場社数が64社だったことを思うと、実に10倍以上の開きがあったということです。

村上:2009〜2010年当時は、銀行や製造業各社が一気に資金調達しており、マーケットの資金供給は実は大きかった。一方で、マザーズへの新規上場が極端に減った理由は、先述したテクニカルな要因に加えて、倍々の急成長を遂げていた会社の成長が急に止まってしまい、 事業計画やバリュエーションの前提が大きく変わってしまうケースが多かったからだと思います。

こうなると、会社は戦略を立て直し、改めて成長ストーリー・上場ストーリーを練り直す必要に迫られるため、再度IPOに臨む体勢が整うまでにタイムラグが生じるわけです。

小林:リーマン・ショック時の経験を踏まえて、この時期にIPOを検討している会社は、どのような準備をすればいいと思いますか?

村上:一番重要なのは、 IPOするタイミングに対して、選択肢がある状態をつくっておくことだと思います。上場するのであれば、しっかりと準備して、いいタイミングで、最良なIPOをするのが、ステークホルダー全体の願いでしょう。

そのためには、時期を主体的に選べるようにするためのランウェイを確保すること、しっかりとファンダメンタルな事業成長を実現していくことが重要になると思います。

ただ、一方で、ランウェイの確保を意識し過ぎて、事業が加速していない状況も望ましくありません。ランウェイとグロースのバランスを勘案しながら、IPOのタイミングを見定められるようにしっかりと事業成長を実現するに足る財務的な体力を築くことが重要だと思います。

難局を乗り越えた先には上げ潮が待っている

村上:あわせて、再成長のためのストーリーを見直すことも重要です。

マーケットが回復するまでの2~3年のタイムラグのうちに、市場のニーズが変わることも十分に起こり得ます。そうなると、もともと想定していたエクイティストーリーが弱まってしまいかねません。そういう意味でも、戦略面をもう一度見直すことが、こうした局面では重要だと思います。

小林:市場の変化を踏まえ、戦略や組織面を根本から見直さなければ、その後の再成長や継続的な成長までなかなか見通しづらいということですね。

村上:そうですね。加えて、IPO環境が数年間は厳しいことを想定すると、既存の投資家との期待値のギャップはどうしても生じると思います。

「バリュエーションの考え方・ロジックも事業戦略も見直すので、IPOはあと数年待ってください」と経営者がコミュニケーションすると、既存投資家の視点と起業家の戦略的視点のズレが顕在化することもあると思います。

そうした状況に対して考えられる打ち手の1つが、投資家の入れ替えです。既存投資家の保有する株式をセカンダリーで第三者に売却する可能性や余地があるかを、探るべきタイミングかもしれません。

朝倉:500 Startupsの創業者であるデイブ・マクルーアも、現在はセカンダリー専門のファンドを設立しているそうですね。

村上:急激なマーケット環境の悪化を乗り切れるかどうかは、起業家がIPOのタイミング、エクイティストーリーの再構築、株主の入れ替えといった、様々な手を適切に打てるかにかかっていると思います。

朝倉:2014年前後、マザーズのIPO数が急激に回復してきた際のスタートアップを見てみると、SHIFT、弁護士ドットコム、ブイキューブ、カヤック、ホットリンク、オイシックス、じげん、アライドアーキテクツなど、ライブドア・ショック前に設立されて、リーマン・ショックを乗り越えてきたスタートアップが少なくありません。

急激なマーケット環境の変化を乗り越えたスタートアップが、地道に事業をつくり上げ、もう一度市況が回復してきたタイミングで上場を果たしたというファクトも実際にあるわけです。

どこかのタイミングで確実にマーケット環境は良くなるわけですから、あまり悲観的にならず、腰を据えて骨太な事業を構築していくべきなんでしょう。

村上:その通りだと思います。IPOマーケットの扉は閉まるときは一瞬ですが、確実に開くことは歴史が証明しています。扉が開いた後には上げ潮が待っているということもまた、歴史が証明していることです。前向きに取り組んでいきましょう。

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