COLUMN

スタートアップ「冬の時代」のファイナンス思考

2020.02.29

先行き不透明なマクロ環境も相まって、日本のスタートアップの事業環境にも大きな揺り戻しが起きつつあるといった指摘が昨今は見受けられます。今回は、スタートアップが「冬の時代」を乗り切るうえで、意識すべき「ファイナンス思考」について考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:藤根茉由子、代麻理子 編集:正田彩佳)

「冬の時代」にこそ求められる「ファイナンス思考」

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今日は「冬の時代」におけるファイナンス思考について考えてみたいと思います。拙著『ファイナンス思考』では、資本主義のルールでもあるファイナンス的なモノの考え方について紹介しています。

その中でも特に、目先のPLにとらわれるのではなく、長期的な視点で会社の価値向上に向けて先行投資することの重要性を強調していることもあり、「ファインナンス思考は冬の時代にそぐわない考え方なんじゃないか」と捉える方もいるのではないかと思います。

結論から言うと、市場が夏であっても冬であっても、やるべき基本は実はあまり変わりません。ただ、それぞれの状況によって、求められる感度が変わってくるという点を確認したいと思います。

『ファイナンス思考』では、ファイナンスを会社の企業価値を最大化するために行う一連の活動と定義したうえで、4つの機能に分けて説明しています。

まずは「A.外部からの資金調達」です。事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達することですね。「デット・ファイナンス」と「エクイティ・ファイナンス」を通じた資金の調達方法ですね。

2点目は、「B.資金の創出」。既存の事業・資産から、お金を最大限創出することです。

3点目の「C.資産の最適分配」は、築いた資産を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元など適切に分配すること。

そして最後に、「D.ステークホルダー・コミュニケーション」。

以上に挙げた「A.外部からの資金調達」、「B.資金の創出」、「C.資産の最適配分」の合理性と、これからの成長に向けた意思をステークホルダーに対して説明することです。

これら4つの機能に即して、冬の時代におけるスタートアップの経営について考えるのがわかりやすいと思います。

朝倉:まず、「D.ステークホルダー・コミュニケーション」についてですが、投資家の視線が厳しくなる冬の時代においては、関係者をしっかり納得させることができるかどうかは、今後の経営方針の自由度を確保するうえで重要な項目になるでしょうね。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):以前、「スタートアップ『冬の時代』に備えて」でもお話ししましたが、冬の時代こそ、投資家への説明力は重要になります。

外部環境がネガティブな状況であっても、投資家が納得するような説明をすることによって、希望する資金と時間を得ることができれば、事業の柔軟性が確保しやすくなります。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):市場が「冬」のモードになると、ステークホルダーのリスクサイドへの注目度は上がります。したがって、必然的に会社側もより説明力を上げていく必要があるのだと思います。

朝倉:「A.外部からの資金調達」にも関係しますが、そもそも、経営者側がより能動的に、ステークホルダーを選ぶ必要性も高まりますね。

村上:そうですね。冬の時代においては、 会社側が、以前から自身の資本政策や事業成長にフィットした投資家を選んで資金を調達してきたかどうかが、目に見える差として表れてくるのだと思います。

小林:「フィットした投資家」を選ぶためには、会社側は普段からどのようなことを意識しておくべきだと思いますか?

村上:対投資家コミュニケーションにおいて、会社側は往々にしてベストシナリオばかりを強調してしまいますが、それは避けたほうがいいでしょうね。外部環境の厳しさ、現実的な着地見通しといった事業のリアルな状況や、投資家には反対されそうだが本音では実行したい投資方針など、正直に伝えておくことだと思います。

こういった本音、リアリティを隠して説明していると、投資家が起業家側とは異なる期待値を抱く可能性が高まり、いざという時に思惑がすれ違ってしまいがちです。「言っていたことと違うじゃないか」ということですね。

それは当然望ましい状況ではありません。資金調達のコミュニケーションにおいては、自分たちが根源的に達成したいことやその時間軸、潜在的に行いたい新規事業などを納得してもらえる説明を、平常時から心がけるべきだと思います。平時からの備えが利いてくるということですね。

このような深いコミュニケーションが取れる相手であれば、どんなタイプの投資家かどうかは本質的な問題にはならないと思います。とはいえ、スタートアップが、投資家の期待に応えられる結果を出せるようになるまでには時間がかかるのが実態ですから、会社の成長を長期視点で見てくれる投資家を選ぶことは、会社にとってよりポジティブに働くでしょうね。

キャッシュの創出と有効活用が鍵となる「冬の時代」

朝倉:次に、「C.資産の最適分配」について考えてみましょう。冬の時代においては、特にキャッシュの希少性が高まるため、資産をいかに最適配分するかがより切迫した経営課題になります。

既存事業に投資するのか、新規事業に投資するのか、または新たなアセットの投資・買収に活用するのか、それとも株主や債権者へ還元するのか。会社は、これらの手段を慎重に比較検討する必要があります。

極端な例ですが、資金調達環境が厳しくなり、既存事業からのキャッシュ創出もままならないような状況下で「今あるキャッシュのうちの7〜8割を、まだ芽の出ていない新規事業に投資します」と宣言すれば、ステークホルダーから「待った」をかけられても仕方ありません。

新しく何かにチャレンジするにしても、どの程度までのリスクであれば負うことができるのか、会社の舵取りにあたって自分たちの投資余力やリスク許容度を見極めるセンスが、冬の時代にはより重要になります。

村上:そうですね。「ベンチャー投資バブル」とも言われるような「夏の時代」が過ぎて、冬の時代に入れば、限られたリソースを分配しながら会社を運営していかなくてはなりません。その際には、意思決定の精度がより重要になります。

まず、投資する対象を峻別しなければなりません。冬の時代にはマーケット自体が縮小するため、投資に対して期待されるリターンが夏の時代よりも下がることは意識しておかなければならないでしょう。

また、資金調達の難易度も上がりますから、資金調達と実行推進のサイクルを単発で捉えるのではなく、手元資金をベースに、長期的に試行錯誤を重ねられるような体制を準備しなければなりません。これらのことから、資金も含めたリソースをどこに配分し、どこを絞るのかといった優先順位付けがより重要になると思います。

小林:経営者が精度高く優先順位を付けられているかどうかを、投資家側も注視するでしょうね。

朝倉:冬の時代、マーケットの縮小は新規事業に限らず、既存事業でも当然起こることです。「A.外部からの資金調達」が困難になる中、いかにして既存事業からの「B.資金の創出」を維持できるかもまた、重要なポイントになるでしょう。

村上:そうですね。マーケットが好調なときは、既存事業から十分にキャッシュが創出できていなくても、投資家の資本・資産に余裕があるため、「A.外部からの資金調達」と「D.ステークホルダー・コミュニケーション」の難易度が比較的低い。多少無理のある説明でも、資金調達ができるかもしれない。

一方で、冬の時代に移ると途端にリソースが限られますから、既存事業からしっかりと資金を創出できているかどうかの重要性が高まります。これが、スタートアップ冬の時代の最大の特徴かもしれません。

朝倉:そう考えると、固定費の抑制や資金投下の効率性の精査といった、「守り」の視点も重要になるということでしょうね。

マーケット環境に関わらず求められる「ファイナンス思考」

小林:投資対効果は、どんな局面でも最大化すべきものです。ヒト・カネ・モノといった経営資源のリターンは常に意識すべきものですが、冬の時代においては、夏とは違った感度で、意識し直す必要があるのだと思います。

朝倉:冬になると、よりキャッシュの重要性が増します。だからこそ、既存事業から資金を創出できるかどうかが、会社ごとの差となって表れるのでしょう。資金が創出できていたら、将来に向けた投資資金にも余裕が出てきますし、資産の最適配分も余裕を持って練ることができる。結果として成長のチャンスも高まります。

基本中の基本ですが、経営者が事業を通じて着実にキャッシュを創出することができるかどうかが、より問われるということなのだと思います。

小林:資金を正しく使える経営者の方が、資金を有効活用できて有利であるという直接的な効果の他に、新たな資金提供を受けやすいという効果もあると思います。

エクイティ/デット共に、資金提供者は、経営者の資金に対する感度、事業を通じてキャッシュを創出し、さらに的確に配分できるかどうかを、より厳しく見るようになります。そういう意味でも、「B.資金の創出」、「C.資産の最適配分」をより強く意識することが重要です。

朝倉:冬の時代には、得てして起業家以上に投資家のほうがリスクに対してセンシティブになるものです。保守的な投資家に納得して資金を提供してもらうためには、キャッシュを創出できているかどうか、最適に配分できているかどうかを、実績を通じてきちんと説明できる必要があるということですね。

村上:夏の時代であれば、多少、ファイナンス面の規律が粗くても、なんとかなりやすいという側面はあるのでしょうし、より強気な姿勢が事業を押し進めることもあります。むしろ冬の時代にこそ、キャッシュを有効に使って事業・企業の価値向上に結びつけるファイナンスへの感度がより重要になるでしょう。

朝倉:ファイナンス思考は決して、市況が好調な夏の時代に限った話ではありません。これまでに挙げたファイナンスの4つの機能は、夏だろうが冬だろうが、マクロ環境に関係なく、本来はしっかり意識すべきことだと思います。

ただ、冬の時代に移ってキャッシュの希少性が高まっているのに、「今まではこれでもよかったから」と、夏服のままで厳冬期に突入すると、思惑から大きくズレた結果になりかねません。それだけ、投資家から見ても、また事業家から見ても、投資判断における水準が上がるということであり、求められるファイナンスの感度が高まるということでしょうね。