COLUMN

スタートアップの成長における銀行の役割

2020.02.16

近年、スタートアップの資金調達や事業活動における銀行の役割はますます大きくなる傾向にあります。スタートアップがより大きく成長するうえで、両者の関係性構築により期待されること、その際の留意点について考えます。

本稿は、Voicyの放送に加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

スタートアップ・エコシステムで増す銀行の存在感

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今日は、スタートアップの成長における銀行の役割について考えてみたいと思います。本来、スタートアップの資金調達は、デットファイナンスではなくエクイティファイナンスを用いるのが王道です。

デットファイナンスとは、銀行からの借入、または社債の発行などのことですね。それに対して、エクイティファイナンスというのは、VCに対する第三者割当増資による資金調達などのことです。

デットファイナンスの特徴は、資金の借り手が特定の期限までに返済義務を負い、支払利息が発生することです。基本的にエクイティファイナンスに比べると、貸主のリターンは少ない分、貸付対象となるのは「リスクが低く、安全性の高い会社」というのが一般的な理解だと思います。

一方で、スタートアップは非常にリスクが高く、必ずしもデットファイナンスの借り手としてはふさわしくない。そのため、スタートアップの資金調達はエクイティによってまかなうのが基本です。

ですが、近年では未上場のスタートアップでもデットによって資金調達を行う事例が増えています。最近ではスタートアップに対する銀行側の関心も高まっており、2019年の11月にはあおぞら銀行が国内初の「ベンチャー社債基金」を立ち上げていますね。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そもそも、銀行の事業の主軸は融資であり、元金に金利を加えて資金回収するのが基本ビジネスです。その性質を鑑みると、銀行が融資を行いやすい会社というのは、確実な担保がある会社ということになります。

一方で、スタートアップは目に見えた資産がまだ無かったり、キャッシュフローがプラスになっていなかったりします。こうした事情から、過去の資産蓄積をベースにした融資を行う銀行と、これから資産を蓄積していくスタートアップでは相性が悪いと言われてきました。

朝倉:一般的な理解では、スタートアップファイナンスの主役はあくまでエクイティファイナンスであり、リスクマネーの主たる提供者はVCです。

村上:はい。ただ、冒頭に問題提起された通り、今後はスタートアップ・エコシステムにおける銀行の役割は、増していくのではないかと思います。我々はPost-IPOスタートアップの発展を掲げてシニフィアンを運営していますが、スタートアップが上場後にも持続的な成長を目指すとしたら、銀行が持っているさまざまな機能を活用できる場面が増えていくでしょう。

特に、資金・人材といった観点から、スタートアップと銀行の両者の関係構築には大きな可能性があります。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):デットファイナンスの機会が増加すれば、当然、スタートアップのファイナンス戦略における銀行の存在感は高まるでしょう。また事業面においても、日本でBtoB SaaS企業の存在感が増すに連れ、銀行とスタートアップが業務上のシナジーを追求する提携事例も出ています。

銀行は大企業との取引も当然ありますし、こうしたネットワークや関係性は、スタートアップにとっても新たな販路開拓の機会となりますからね。

村上:資金面で、銀行がスタートアップにお金を提供しやすくなった理由は、2つあると思います。

1つは、スタートアップの中でも、バランスシートを戦略的に使う必要があるビジネスモデルの会社が増えてきているということ。具体的には、運転資金が嵩み、キャッシュフローは厳しいけれど、ビジネスは安定しているような会社ですね。こういった会社にとって、銀行がデッドファイナンスによって安定的な事業運営をサポートする、という座組みは馴染みやすいのでしょう。

2つ目は、スタートアップのステージがミドル・レイターと進むごとに、エクイティファイナンスの規模が大きくなること。規模が拡大するにつれ、エクイティファイナンスだけではなく、デットファイナンスを並行して実施する方が、より効率的なファイナンスを実現しやすくなる点です。

現在のこうしたトレンドに合わせて、未上場スタートアップへの資金提供における銀行の融資機会は増えますし、スタートアップ経営者が銀行と良好な関係を構築する重要性も増すことでしょう。

朝倉:人材面での補完関係が進むことへの期待も大きいですよね。ステレオタイプなイメージかもしれませんが、銀行にお勤めの方々は、仕事の性質上、リスクに対して保守的で、意思決定も慎重・着実な方が多いでしょう。

かたや、スタートアップの方々は、ビジネスの検討においても厳密さよりもスピード感をより重視する傾向があり、事業計画も想定通りにいかないことが多いですが、新しいことをやっていこうという気概は強い。一見、水と油のような関係性に見えますが、裏を返せば非常に強固な補完関係にあるとも言えます。

我々がスタートアップの方々とお会いする中で、経営者の方は非常に優秀だけれども、体制やガバナンスの面で改善の余地が非常に大きいと感じる会社が少なくありません。特に、ある程度ステージが進んだ段階のスタートアップでは、そうした体制やガバナンスを補強する意味において、銀行の人材が果たす役割は大きいのではないでしょうか。

小林:実際に、銀行で勤めていた方がスタートアップに参画することにより、管理能力が強化されたという事例も目にするようになりました。そうした事例は、今後も増えていくと思います。

大企業はレイター・Post-IPOスタートアップに目を向けるべき?

朝倉:これは銀行に限った話ではなく、大企業のオープンイノベーションプログラムや、CVCの活動にも言えることですが、エスタブリッシュメントの方々は「スタートアップ」と聞くと、シードやアーリーのような設立間もない若い会社に飛びつく傾向にあるのではないでしょうか。

大企業が主催するピッチイベントでも、「過去に外部から資金調達を行なっていない会社」ということが応募資格として掲げられているケースもあります。ですが、冷静に考えてみると、銀行も含む大企業にとって、設立間もない若いスタートアップは付き合いやすい相手ではないはずです。大企業側の目利き力も問われます。

また同時に、設立初期のスタートアップの多くは体制もなにもあったものではないため、大企業や銀行とコミュニケーションをとったり商談を進めたりするだけでも、業務上の大きな負担になってしまいます。

そう考えると、スタートアップだからといってエスタブリッシュメントな組織がシードやアーリーステージの会社と共にいきなりビジネスをしようとするのは、大企業や銀行側にとってもスタートアップ側にとっても非常に難易度が高い行為だと思うのです。

我々が常々発信しているように、スタートアップの定義は「未上場」と限定されるものではありません。上場企業であっても、成長志向の強い若い会社はスタートアップですし、また同時に大企業のオープンイノベーションやコラボレーションの相手としてより適した存在なんじゃないでしょうか。

加えて、未上場のスタートアップでも、シード・アーリーステージの会社ではなく事業や体制がより確立されているレイターステージの会社のほうが、大企業との事業提携や銀行の融資の案件ではシナジーを生みやすく、本業にもメリットが出やすいのではないかと思います。

村上:ひと昔前は、スタートアップの層が非常に薄く、シード・アーリーステージの会社が大半を占めていました。現在は、裾野が広がったことにより、ミドル・レイターの会社も増えてきました。

従来の銀行は、ネットワークや人的資源を活用し、融資先・案件を幅広く見ることができたのが強みだったと思いますが、今後は幅の広さだけでなく、一つ一つの融資先とより深い対話 を重ねることにより、新たなチャンスが広がるのではないかと、個人的には予想しています。

朝倉:銀行とスタートアップには、コミュニケーションや日々の業務のプロトコルに異なる部分が多々あります。違いを前提とした上で、お互いを慮りながらいい関係性を築くことができれば、より大きなインパクトを及ぼすことができるのでしょうね。