COLUMN

投資家から見たスタートアップのバリュエーションにおける留意点

2020.02.24

「できるだけ高いバリュエーションで資金を調達したい」という感情は、経営者であれば当然抱くものでしょう。スタートアップのバリュエーションは、会社側と投資家側の観点を提示し合い、落とし所を見出すことで固まるものです。今回は片方の当事者である投資家が、どのような点に留意してバリュエーションを見ているのかについて、具体例を踏まえて整理します。

Disclaimer:シニフィアンはスタートアップへの出資を事業の一環として行なっており、当事者としての観点を踏まえた内容であることを表明します。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

そのバリュエーションは誰の評価に基づくものか?

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):スタートアップのバリュエーションランキングなど、ベンチャーファイナンスに関する情報が増えるにつれ、「そもそもバリュエーションとは何なのか?」というご質問を受けるようになりました。非常に本質的な問いだと思うのですが、今回は、投資家の立場から見ると、スタートアップのバリュエーションがどのように映るのかについて考えてみたいと思います。

予め注釈を加えると、我々シニフィアンはスタートアップに対する出資を事業の一環として行っています。そのため、我々がバリュエーションについて語る内容は、投資側としてのポジショントークになりますし、ともするとセンシティブな内容でもあります。

現実的にはベンチャーファイナンスの場合、不特定多数の投資家が参加するマーケットがあるわけでもないので、発行体サイド(スタートアップ)と投資家サイドが、それぞれの観点を互いに提示し、相対で調整を重ねながら、納得できる落とし所を見出すことができるかを模索するわけですが、こうした力学によって各社のバリュエーションが固まっていくことを思うと、片方の当事者である投資家サイドがどのような見方をするかを予め伝えることは、ある意味フェアなことなのではないかと考え、本テーマを扱う次第です。

さて、バリュエーションについて検討する際、投資家サイドが留意する主な点は大きく3つに分けられるのではないかと思います。

まず1つ目が、誰の評価に基づく値付けなのか。2つ目が、事業の本質的な価値に紐づいているか。そして3つ目が、根拠のある妥当な事業計画に基づいた値付けかどうかですね。これらの点について、順を追って考えていきましょう。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):まず、1つ目は、誰の評価に基づくバリュエーションなのか。わかりやすく言うと、偏った投資家による値付けになっていないかですね。具体例としては、新たに参入した、ごく少数の株主のみで値付けがされているようなケースです。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。同様に、既存投資家のみによる値付けにも注意します。既存投資家は、以前のラウンドで通常はより安い評価額で株式を取得しているため、新規に加わる投資家とは値付けを行う際の利害が異なるはずです。そのため、新規投資家が入らず、既存投資家のみで行われた調達ラウンドの値付けに対しては、注意深く確認することになります。

小林:既存投資家は、過去、投資を積み重ねてきているため、リスク・プロファイルが新規投資家とは異なりますからね。

村上:はい。一方で、小林さんが先述したように、新規投資家のみによって値付けされ、既存投資家が全く乗ってこないラウンドにも懸念を抱きます。新規投資家による評価をベースに算定した評価額であっても、それをもとに、十分に交渉できるのであればフェアなのでしょうが。

朝倉:加えて、戦略的投資家による値付けもまた、純粋な投資家の視点とはズレが生じるでしょうね。

小林:はい。事業会社が参入するラウンドでよく見受けられるケースですね。業務提携による双方の事業のバリューアップを視野に入れた値付け、つまり純投資ではない形のバリュエーションがなされるケースでは、よりストレッチした評価が加えられているだろうということを想定することになります。

そのバリュエーションは本質的な事業価値に基づいているか?

朝倉:次に、2点目の「事業の本質的な価値に紐づいたバリュエーションか」について考えてみましょう。

村上:頻繁に目にするのが、前回のバリュエーション以後の特定のKPIの進捗だけを根拠にしたバリュエーションです。例えば、「前回のラウンドでは50億円のバリュエーションで、そこから売上高が倍増したので、今回のバリュエーションは100億円です」といったようなケース。

小林:実際には、こういったケースは一番多いのではないでしょうか。注意深く見ると、前回ラウンドに立てた事業計画を下回っていたりするのですが、KPIが倍になっているために評価額も倍に、といった事例はよく目にします。

村上:そうですね。前回のラウンドでは、その時点で立てた事業戦略・計画が正しく実行されるという期待をもとに値付けがされているわけですよね。その後、時間が経過すれば当然、事業戦略の前提となる競争環境やマクロ環境も変わりますから、値付けのタイミングごとにそれらを総合的に判断して、値付けをしなければなりません。

そのため、例えば売上やユーザー数・顧客数のような、特定のKPIの前回差だけを価値評価の根拠とするのは、理論武装としては非常に弱い。

小林:加えて、上場がある程度見えてきた会社と証券会社によるビューコン(ビューティー・コンテスト。主幹事証券会社を決めるために、複数の証券会社により行われるIPOに向けたプレゼンテーション)上に算定されているバリュエーションにも、同様のことが言えるんじゃないでしょうか。実際には、ビューコンに記載されている数字の通りに上場する会社は実際にはほとんどありません。

その一方で、ビューコンの数字をもとに「上場するとこのくらいの評価額だとも言われています。それを踏まえ今回のバリュエーションは〇〇円です」という主張をするケースは、数が多いとは言えませんが、まま見受けられます

朝倉:主張の趣旨は、「ビューコンで想定されている上場時の時価総額に比べたら割安です」ということなのでしょうが、そもそも、ビューコンでの評価額とは、事業計画が数年後に確実に達成されていることを前提としています。また、ビューコンはその性質上、証券会社側の営業資料でもあるため、発行体側にとって魅力的な資料を持ち込もうというインセンティブが働いている点にも留意が必要でしょう。

小林:そうですね。ビューコンに記載されているのは、実際に起こり得るエグゼキューション・リスクを全て除外して、全てが想定通りに運んだ場合の算定です。そのことを踏まえると、鵜呑みにするのは難しい。

朝倉:「事業の本質的な価値に紐づいたバリュエーションか」という観点に戻ると、希望する調達額をベースにしたバリュエーションもこれに当たるんじゃないでしょうか。必要な資金調達額と、許容できる希薄化率ありきで設計されているバリュエーションです。

村上:はい。必要な金額と希薄化率は事業自体のファンダメンタル・バリューとは無関係な指標ですが、意外とそれを根拠としてバリュエーションを設計しているケースも見受けられますよね。

朝倉:具体的には、「今回どうしても10億円調達したい。けれど許容できる希薄化率は10%が上限です。なので、100億円以上のバリュエーションでお願いします」といったような内容をスタートアップの方が主張なさるケースです。

小林:このパターンは多いですね。調達額と希薄化率自体は、経営者であれば意識すべき指標なので、考慮すること自体は非常に重要です。しかし、これだけを根拠にバリューを提示されると、投資家側は「本当だろうか?」と警戒せざるをえません。

朝倉:希薄化率はバリュー算定のために用いるよりも、既存株主にとって資金調達の経済的合理性があるかを点検するための検算用の数字じゃないでしょうか。仮に内心では希望調達額と許容できる希釈率を最重視していたとしても、それを根拠にして正当性を主張するのは、ちょっと違うんじゃないかと感じてしまいます。

村上:そうですね。ミドルからレイターステージにかけては機関投資家が参入する割合が高まりますが、正直、彼らが事業計画を鵜呑みにしてバリュエーションすることはまずありません。独自に事業計画を精査し、ファンダメンタル分析を行い、期待できる成長率や収益性を算出した上で、バリュエーションを行います。

一方で、会社側がファンダメンタルズ指標に紐づかない説明をすると、コミュニケーションのズレが生じてしまいます。

朝倉:3点目は、根拠のある妥当な事業計画に基づいた値付けか。言い換えれば、疑わしい事業計画に基づいた値付けではないかどうかですね。

村上:事業計画自体の根拠が非常に薄いパターンですよね。よくあるのが、成長可能性のロジックを説明することに重きが置かれているケースですが、そこに至るまでの過去の指標・計画からの連続性や、過去の計画に対する実績が欠如していると、どうしても説得力や迫力は薄れてしまいます。

例えば、「実績推移に比べ、今回の計画ではKPIが大幅に飛躍する前提を引いているのはなぜか」、「過去計画は未達なのに、今回は達成できると見立てているのはなぜか」、といった質問に対する説明が弱いと、バリュエーションの根拠となっているはずの事業計画への信頼性そのものが低くなってしまいます。

朝倉:そもそもこれまでの事業計画が全く達成されていないじゃないか、というケースもありますよね。以上の3点は、バリュエーションを検討する際、主にレイターステージの投資家が特に気にするポイントじゃないでしょうか。

優先株式と普通株式の価値は根本的に異なる

朝倉:加えて、根本的な話として、普通株と優先株の価値の違いにも留意すべきだと思います。スタートアップのバリュエーションは慣習的に直近のラウンドの株価をもとに算出されますが、昨今のベンチャーファイナンスでは、得てして優先株が活用されています。

普通株と優先株とは、本来価値が異なるため価格差があるはずです。にもかかわらず、直近ラウンドの優先株の価格をベースにし、普通株式も含めた全発行株数と掛け算することで、その会社全体のバリュエーションを測るような慣習には疑問を覚えます。

例えば、時折目にする「ユニコーンリスト」や「バリュエーションランキング」といった類のリストに掲載されいてる数字ですね。あくまで便宜的な試算方法を基にした表面上の数値にすぎません。

村上:そうですね。会社のバリューを、どの株をベースに考えるべきかというと、基本的には普通株だと思います。長期的に上場することを考えるならば、普通株が一般的な株主が取得できる種類の株式ですからね。

一方で、主に優先株を発行して値付けをしている会社で、優先株を基準として企業価値が語られているとすると、そこには大きな認識の隔たりがある気がします。

優先株は、普通株に様々な権利が付加されているのが特徴です。代表的なのが、優先的な議決権や取締役・監査役の選任権、優先分配権などですね。優先株ではこれらの条件を具体的に設計することが可能です。このような付加的権利があるという性質上、株価は普通株よりも高く設定されます。

ですので、バリュエーションが100億円だったとしても、普通株の100億円なのか、優先株の100億円なのかで大きく本来の価値が異なるはずです。さらに、どのような条件の優先株なのかによっても価格は異なるはず。これらの点は、優先株と普通株の価格差を考える際にはよく議論すべきポイントだと思います。

朝倉:資金調達ラウンドに際し、予めバリュエーションが先行して定められていて、その上で優先株の条件は後で決めましょう、というケースは、本来の普通株と優先株の意味を考えるとおかしな話だと思います。優先株の内容次第ではバリュエーションが上がり下がりするのは当然ですから。

これまで個人でエンジェル投資をしてきた際、経営者の方にお勧めしたことがあるのですが、投資家とバリュエーションの交渉をする際、優先株をベースにしたバリュエーションを提示されるのであれば、「普通株だといくらで評価してくれるのですか?」と聞いてみたらいいと思うんですよね。想定している優先株の条件を全て取っ払ったら、いくらで評価してもらえるのかと。

バリュエーションの数字だけ見て交渉していて好条件を得たと思っても、優先株の条件が評価額以上に厳しいのであれば、意味がないですからね。そのくらい、優先株の条件には本来価値があるはずですが、投資する側もされる側も、あまり意識していないのが現状なのではないかと思います。

小林:特に、昨今では優先株の条件が相当工夫されています。ひと昔前までは、役員選解任権や情報請求権のような限られた条件が多かったですが、現在では優先分配率やラチェット条項など、経済的利益と明らかに結びついているようなものも見受けられます。

そういった状況の中で、権利が保護されていない普通株と優先株の価値が同じだというのはそもそもおかしいという気はします。

村上:実際にあった事例ですが、起業家側が「本当はもう少しバリュエーションを上げて欲しい」と思う投資家に、「バリュエーションは上げられない」と言われたと。「では、そのバリュエーションでもよいので、優先株ではなく普通株にしてもいいですか?」という提案をしたら、あっさり通ったそうです。

そのように、投資家もあまり意識していない方もいるのが実態ですので、起業家側がきちんと意識できればいいのではないでしょうか。

朝倉:非上場会社は、上場会社とは異なり、発行体に対して一部のごく限られた投資家との相対取引で条件が決まるケースが多いため、バリュエーションは簡単に歪んでしまいます。なので、未上場でのバリュエーションを、マーケットで評価されている時価総額と同等のものだと盲信するのはやめたほうがいいのではないかという気はします。

起業家の方がバリュエーションを上げたいと思う気持ちは非常によくわかりますが、そのためには根本的にファンダメンタルなバリューを上げていくしかありません。

起業家の中には、周囲のスタートアップや友人が大規模な調達をしている様子を見て、負けじと大きな額を調達しようとなさる方もいるように見受けられます。こうしたある種の見栄も、評価額の上昇に多少の影響を及ぼしているように見受けます。

これは何も今に始まったことではありませんし、2015年にNewsPicksで私が連載していた「論語と算盤と私」でも指摘したことです。 周囲のスタートアップに触発されて対抗心を燃やす気持ちはわからないこともないのですが、適した資金量や評価額は、各社の業態や成長フェーズによって当然異なります。

周りの起業仲間の会社と調達額や評価額の大きさを単純に比較せずに、ファンダメンタルなバリューを上げていくことを意識しておくことが大切なんだと思います。