COLUMN

ユニコーン企業を増やすことは本当に正しい目標設定なのか?

2020.01.31

近年、日本でも評価額10億ドル以上の未上場企業を指す「ユニコーン」という言葉を目にする機会が増えてきました。ユニコーン企業数の増加は、政策目標としても掲げられていますが、ユニコーンを増やすこと自体が目的化してしまうと、思わぬ副作用を招きかねません。ユニコーンを増やすという目標設定の是非について考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

ユニコーンは誰にでもつくれる

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):昨今、経済紙などで「ユニコーン」という単語を目にする機会が急速に増えてきました。「ユニコーン企業」という単語は、米国のVCであるアイリーン・リー氏が発案した言葉で、時価総額が10億ドル以上の未上場スタートアップのことです。「評価額10億ドル以上」、「未上場」、「創業10年以内」、「テクノロジー企業」といった4つの条件を兼ね備えた企業がユニコーン企業と定義されています。

10億ドルなので、日本円だと正確には1,100円程度なのでしょうが、ざっくり評価額1,000億円以上の未上場企業のことを、日本では「ユニコーン」と呼ぶのではないでしょうか。今回は「ユニコーンの増加を目指す」という目標設定の是非について考えてみましょう。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):政策関係者やVC、もちろん起業家自身も、ユニコーンであるかどうかをかなりの程度、意識していますよね。経済産業省が主体となって運営している「J-Startup」プログラムでは、2023年までに日本発のユニコーン企業を20社まで増やすことが目標として掲げられていますが、未上場企業に限らず、上場企業も支援の対象としています。

もともとの言葉としては未上場であることが条件とされていますが、日本ではかなり広い意味で使われているように思います。

朝倉:この点、そもそもユニコーンを定義する際に、未上場企業と限定する必要があるのかは疑問ですよね。VCからの資金調達もIPOも、あくまで資金調達の一環と考えると、上場企業か未上場企業かは関係ないように思います。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):ユニコーンを、会社の持続的成長を通じて社会に大きな影響を及ぼしうる企業、と捉えるのだとしたら、上場か未上場かは関係ないはずですよね。

ただ、上場/未上場では、バリュエーションを行なった投資家の母数が大きく異なる点は留意すべきでしょう。上場企業の時価総額は、多数の投資家の評価が反映されます。一方で、未上場企業の評価額1,000億円は、極端なことを言うと、1人でもその企業を1,000億円と評価すれば実現することになります。

朝倉:例えば、1億円で0.1%相当の新株を引き受ける投資家がいれば、理屈上はそれだけで評価額1,000億円ということになる。極端なことを言えば、1,000万円で0.01%、100万円で0.001%でも同様です。ユニコーンは、その気になれば誰にでもつくることができるわけですね。

誰がユニコーンをつくったのか?

小林:一見、荒唐無稽な話にも思えるけれど、実際、ソフトバンク・ビジョン・ファンド以降、単独の投資家がバリュエーションを行なってユニコーンを生み出すことの是非が問われるようになっています。

村上:そう考えると、上場後に1,000億円以上の時価総額がついている会社のほうが、バリュエーションの公正度は高い。未上場の場合は、誰がその価値をつけたのかがより問われることになるでしょう。

朝倉:誰がその価値をつけたのかいう問題に加えて、普通株と新規に発行された優先株との価値の違いにも着目すべきでしょう。慣習的にスタートアップの世界では、直近のラウンドで調達した優先株の価格をベースにして、会社全体の評価額を表現しています。

しかし実際には、普通株式よりも有利な条件の付された優先株は、当然、普通株式の価値よりも高い。また優先株同士でも、発行された資金調達のラウンドによって条件は異なるため、ラウンドごとに価値は違うはずです。

それなのに、最後のラウンドに発行される、通常は一番価値が高いはずの優先株をベースにして、会社の全体の価値を表そうとする慣習は、本来はおかしいはずです。そこを見落とし、表層的な便宜上のバリュエーションだけを見て「ユニコーンです」と評価しても、あまり意味はないと思います。

小林:優先株の優先度合いと値付けの関係を見極めるべきですよね。優先株の内容によっては、例えばダウンサイド・プロテクション(損失危機対応)のように、実質的に値付けに影響するものもありますから、その内容を加味せずに会社全体を評価してしまうと、実態とは異なったバリュエーションになってしまいます。

村上:一口に「ユニコーンラウンド」と言っても、未上場の場合は、優先株の問題に加えて、資金提供者が誰なのか、単独ではなく複数の投資家が投資を行っているかどうかによって、ラウンドの実態の価値は大きく異なりますよね。

朝倉:「ユニコーンになりました」と言うと、メディアでも取り上げてもらえるし、人材採用や販路開拓の面でも有利に働くのではないかという思惑もあって、起業家サイドもそうした呼称にあやかりたいという思いを抱くのは無理からぬところがあると思います。

一方で、限られた一部の投資家や既存の投資家、さらに言えば起業家自身でも、表面的には、ユニコーンをつくろうと思えばつくってしまうことができる。そこだけを見ていると本質を見失ってしまうでしょう。

上場ユニコーンが直面する「見えない天井」

小林:ユニコーンが意識されること自体にはポジティブな側面もありますが、 1,000億円という数字を目標にし過ぎると、その次の課題になかなか目がいかなくなるケースもあると思います。実際、それまで順調に成長してきた有望な上場企業でも、1,000億円のサイズになった後に、急に時価総額の伸びが鈍化するケースも見受けます。

朝倉:グラスシーリング(見えないガラスの天井)がありますよね。

村上:時価総額1,000億円のグラスシーリングについては、背景に3つの論点があると思います。1つは、投資家の目から見れば、比較対象となる銘柄に、安定した流動性のある銘柄が増えること。

2つ目は、資金の量。バリュエーションが大きくなればなるほど、大きな資金が動かなければならなくなるので、より大きな資金が入ってくる素地がなければ、それ以上は株価が上がらない。

3つ目は、時価総額が1,000億円を超えると、数百億の階段を駆け上がっている時に比べてファンダメンタルな投資家が増え、利益に対する注目度も上がり、PSR(株価売上高倍率)やPER(株価収益率)などの水準が下がってくるということ。

これらの論点が構造的に、このグラスシーリングを形作っているのではないでしょうか。

朝倉:単に、「時価総額1,000億円の未上場会社を量産すればいい」との話ではないということですね。ユニコーンという言葉はキャッチーであるが故に、政策目標にはしやすいですが、今話したような課題を残したまま、ただ数だけ増えていくことには怖さもあります。

小林:そうですね。官も民もですが、良くも悪くも、日本は足並みが揃ったときの最適化ぶりには恐るべきものがある。「ユニコーンをつくる」というお題目に過剰最適した結果、ユニコーン群を無理やりつくることになり、そうした企業群の上場後のパフォーマンスが悪かったりすると、「これはなんだったんだ……」ということで、逆に大きな揺り戻しを招きかねません。

そうした事態を防ぐためにも、長期的な視点で会社を捉え、未上場/上場を連続的に見渡し、本質的な議論に立ち戻る必要があるように思います。

朝倉:社会に大きなプラスのインパクトを及ぼす会社をつくっていこう、ということがスタートアップを後押しする本来の趣旨であり、「ユニコーン」はあくまでその代名詞であるはず。それを履き違えて、「とにかく時価総額1,000億円以上の未上場企業をつくろう」となってはいけないでしょうね。