INTERVIEW

【東京証券取引所】IPOを目指すなら、ガバナンス強化と成長ストーリーを Vol.2

2019.04.09

近年、IPO後に一部の企業で問題が生じていることに関連し、東京証券取引所上場推進部の宇壽山図南課長は、コーポレートガバナンスのあるべき姿をアドバイスするブレーンの重要性を強調してらっしゃいます。

上場を目指すスタートアップ経営者はどのような心持ちで臨むべきなのか、スタートアップ経営者が気になる質問と共に、宇壽山課長にお話を伺いました。(第2回/全2回)

宇壽山 図南(うずやま となみ)

東京証券取引所 上場推進部課長

1997年上智大学経済学部卒業、同年株式会社東京証券取引所入社。2002年から2007年まで、上場審査部において新規上場申請会社の審査業務に従事。2010年一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 修士課程修了。2012年6月より現職。現在はIPOのプロモーション業務に従事。

(ライター:大西洋平 編集:正田彩佳)

上場を意識するなら、真摯にガバナンスの強化を

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):上場後にどう振る舞えばいいのかについての理解が不十分な企業経営者も意外と多く、世の中が抱いている期待値よりも彼らのリテラシーが高くない気がします。たとえば、具体的な開示の手順やその英訳化、ガバナンスの見直しなど、上場後も彼らにとっては知らないことだらけなわけですが、経営者への啓蒙についてはどのように考えていますか?

宇壽山図南(東京証券取引所上場推進部課長。以下、宇壽山):先にも述べたように、東京証券取引所では諸問題を受けて2015年3月に「最近の新規公開を巡る問題と対応について」を公表しましたが、それとは別に日頃から様々な関係者から話をうかがっていました。すると、上場するまでは主幹事証券会社や監査法人、ベンチャーキャピタルが手取り足取りフォローアップしてくれるものの、その後のフォローが非常に手薄となっているという実態が浮き彫りになりました。最も重要なのはコーポレートガバナンスがどう在るべきかで、上場後もその点に関して的確なアドバイスを行えるブレーンとなる取締役や外部からの社外取締役(独立役員)などを経営の脇に据えることが求められているのでしょう。上場を意識した時点から、それを果たした後のガバナンスをどう行っていくのかというビジョンをきちんと描いておいていただければと思います。

小林:コーポレートガバナンスコードの制定は大きな意味を持っていたと思いますが、新興企業にはそのまま当てはめられるものではありませんよね?

宇壽山:ご承知の通り、コーポレートガバナンスコードは5つの基本原則と31の原則、42の補充原則(全78原則)から構成されています。しかし、新興企業が数多く上場しているマザーズやJASDAQについては、実現すべき普遍的な目標や理念である5つの基本原則について、実施あるいは説明義務が求められています。上場前の時点からこの5つの基本原則についてしっかりと考えていれば、企業として成長していく過程で他の原則も自然と伴ってくるものだと思います。

小林:上場してから着実に成長している会社、経営が上手くいっている会社はどんなところに違いがあると思いますか?

宇壽山:あくまで私の主観ですが、やはり、経営者の意志が違うという印象を受けますね。そのような会社ではトップが自らを厳格に律していると思います。逆に不祥事が起きている企業では、えてして社長案件に対してけん制が働かず、周りの方がトップに対して誰も何も言えなくなっている気がします。トップにけん制が働く状態にすることを経営者自身や他の経営陣がきちんと考えておく姿勢が重要でしょう。その一助として、東京証券取引所では上場をめざしている未上場企業を対象に主幹事証券からの紹介制で「IPO経営者フォーラム」を毎年開催しており、ガバナンスやコンプライアンスに対する意識などについて上場会社の経営者や東証の担当者から情報発信を行っています。

マザーズ「10年ルール」は機能しているのか?

小林:今度は大きく視点を変えて、退出ルールについて質問させていただきたいと思います。マザーズにはいわゆる「10年ルール」がありますが、これは厳格に運用されているのでしょうか?

宇壽山:もちろんです。具体的には上場後10年を経過すると、マザーズ市場での上場継続か、もしくは市場第二部への市場変更のいずれかを選択するというルールのことですね。なお、マザーズでの上場継続を選んだ場合は、5年経過ごとに再び市場の選択を行うことになっています。このルールに該当する企業がどのような選択を行ったのかに関しては、毎月リリースを通じて公表しています。市場第二部への市場変更を選択するケース、マザーズに残るケースともに多く、このルールはきちんと運用されています。とはいえ、今回の市場改革の議論において10年ルールの見直しを求める意見が出てくれば、当然ながら俎上に上がることになるでしょう。

小林:ただ、見直しを検討していく中で危惧されるのは、問題点の改善を図るために基準をどんどん上げていく結果となっていき、日本において最も課題視されている起業の数がむしろ減ってしまうというパターンに陥ることではないでしょうか?

宇壽山:ご指摘の懸念はよくわかります。もちろん、我々は発行会社からも、投資家からも選ばれる市場でありたいと思っていますので、単に基準を上げるとか下げるとかいった話にとどめず、市場関係者から様々な意見を頂戴したうえでより市場の活性化に結びつく改善を検討していきたいと思います。

赤字上場するのであれば、成長ストーリーをより明確に

小林:ここからは、少し細かいことについてお尋ねします。マザーズ市場における赤字上場についてはどういった見方をしていますか?

宇壽山:過去の実績を評価する市場第一部や市場第二部とは違って、将来の事業の高い成長可能性をコンセプトとするマザーズでは利益の基準を設けていませんから、結果として赤字上場はありえます。納得感の高い事業計画で投資家にもきちんと説明できるものであれば、過去も将来も基本的に赤字上場を認めていくというスタンスです。単に黒字化がすべてではなく、投資家に対して成長ストーリーをしっかりと描けていることは肝心でしょう。

小林:その意味で言えば、事業計画の見通しが甘すぎるのか、何年経っても実際の業績がかい離したままの企業がマザーズ市場で散見されますね。やはり、“上場ゴール”とか“申請ゴール”といった発想が蔓延しているせいでしょうか?

宇壽山:我々としても上場を承認したわけですから、その判断に反省すべき点はなかったかどうかを検証するようにしています。こうしたプロセスを誤解し、巷では審査が厳しくなったと受け止められているようですが、繰り返しになりますが上場審査基準自体を見直したという事実はございません。理想論になってしまいますが、あくまでIPOは通過点にすぎず、資本市場を活用して成長を高めていくことが本来の目的だと思います。上場審査では、自分たちが思い描いている成長ストーリーの中で今はどのポジションに位置し、これからどうなっていくのかということを明示していただくことになりますし、その確からしさについて説明を求められることになります。

小林:マザーズ上場後は速やかに市場第一部や市場第二部への市場変更をめざしている場合、新たな審査にかかる期間が長期化してしまうので、その間はM&Aや増資を手控えておくように主幹事証券会社から指導されたという声をIPO経験者の間でよく耳にします。これは事実なのでしょうか?

宇壽山:取引所としてはマザーズ上場時と事業内容に大きな変化がない場合、同じ内容の審査を繰り返すことになりますので、上場後3年程度であればマザーズ上場時と重なる内容について簡易に審査を行う部分があります。一方で、例えばマザーズ上場後にM&Aを行っていた場合、マザーズ上場時と企業の実態やコーポレートガバナンスの仕組み等が変化している可能性がありますので、新たにこうした点が確認されることになります。結果として市場変更への準備期間や上場審査が長引くことはあるのかもしれません。

国際競争力を高めるために日本の株式市場はどうあるべきか?

小林:海外市場との競争については、どのように考えているのでしょうか?

特に新興市場においては、グローバルに「種類株式(通常の株式とは異なる権利を有している株式)」を用いたIPOが活発化しています。アリババのように、そういった点に着目して米国で上場するケースが出てきたことから、香港市場でも昨春から議決権を制限する「種類株式」の上場が認められました。日本の株式市場においてもこうした柔軟性を求める声が強まっているように感じられますが、東京証券取引所としてどのように捉えていますか?

宇壽山:IPOを通じて不特定多数の人たちから資金を集めるわけですから、基本的に取引所が上場審査を行うに当たっては、「投資家保護」という観点が最も重要となってきます。

企業側にとって活用しやすいスキームであっても、IPOを機に新たに株主となる機関投資家や個人投資家にとってはどうなのかを見極める必要があるわけです。より公平な市場をつくるうえで認めるべきものと認められないものを選別していくことになります。「種類株式」自体の上場は東京証券取引所としても容認しており、これを用いたIPOが企業価値を高める上で必要であり、投資家に不都合をもたらさないと判断できれば上場承認されるということになるでしょう。

小林:確かに、CYBERDYNEのように「種類株式」を用いた前例もすでに存在していますね。投資家保護に関して非常にデリケートな姿勢を示していることには、マザーズ市場における取引の6割超を個人投資家が占めている点も関係しているのでしょうか?

宇壽山:取引所としては、基本的には個人投資家であるとか機関投資家であるとかいった属性の違いを意識している訳ではありません。世界的に見ても、マザーズ市場はスタートアップ企業向けの市場として高く評価されていると聞いています。なぜなら、上場しやすいことに加えて、流動性が非常に高いからです。売買の中心が個人投資家となっていることがいいことなのか悪いことなのかについては、評価が分かれている点ではありますが、換金の場として高く機能していることは、投資家はもちろん、企業にしても株主にしてもプラスであると言えます。

小林:投資家保護を徹底する一方、未上場企業がファイナンスを行いやすい環境を整えて結果的に上場企業を増やすことも有意義だと思われますが、こうした二兎を追うのはなかなか難しいのでしょうか?

宇壽山:取引所に求められているものは何かについて改めて問いただしてみれば、「価格発見機能」と「流動性供給機能」であると言えるでしょう。まず、情報開示の徹底などによって個々の企業のバリュエーションを推し量ることが可能となるのが「価格発見機能」です。ただ、より多くの売買注文を集めなければ適正な価格には収れんしづらく、「流動性供給機能」も重要となってきます。そして、投資家保護とはこの流動性をもたらすことにも結びついてくるでしょう。

小林:とかく上場をめざしているスタートアップたちは形式論にとらわれ、「とにかくルールが決まっているみたいだから、その通りにやらないといけない」という思考に陥りがちです。あくまで取引所は上場審査基準という一定のルールのもと、個別論で実態を判断しているのだという事実に対する認識があまりにも不足しています。本質的な議論をしっかりと行って自分たちのガバナンス体制を確立させておくことこそ、取引所とのコミュニケーションを深めるための方策となるのだと本日のお話を通じて痛感しました。誠にありがとうございます。