COLUMN

スタートアップにおけるストックオプション付与のリアリティ

2019.12.20

企業が上場する際に作成する「新規上場のための有価証券報告書」を読むと、当該企業のストックオプション(以下、SO)の配布状況を確認することができますが、SOの配布方針は会社ごとに特色が出ています。最近IPOしているスタートアップの事例をもとに、SO配布の状況、留意点について考えます。

本稿はVoicyの放送に加筆・修正したものです。

(ライター:代 麻理子 編集:正田彩佳)

ストックオプションを付与するにあたっての論点

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回はスタートアップにおけるストック・オプション(以下、SO)の付与について考えてみたいと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):各社におけるSOの付与比率の状況は、普段はなかなか表に出てきませんが、上場時であれば、各証券取引所の規定に従って作られる「新規上場のための有価証券報告書」のⅠの部に記載を見ることで確認することができます。当書のⅠの部は証券取引所のHPで公開され、誰でも閲覧することが出来ます。

SO配布の方針には、発行済み株式総数の中でどのくらいの比率で付与するのかという付与比率に加え、発行時期、対象者の選定、対象者への配布バランスといった論点があるかと思います。

朝倉:付与比率から考えると、各社ばらつきはあるのですが、一般的には10%まで付与する会社が多いですね。まれに10%以上の設定をする会社もありますが。

小林:メルカリのSO付与率は20%近くあり、同社上場以降は付与総量を10%以上に設定する会社も見受けられます。一方で、SOは付与比率だけで全てが決まるのかというと、そうではありません。SOがインセンティブとしてうまく機能するかどうかには、対象者の選定、配布バランスが密接に関わってきます。

SO付与対象者の選定には、大まかに3つのパターンがあり、1つは創業者への付与。2つ目は創業者以外の幹部クラスへの付与、そして3つ目は従業員への付与です。前提として、SOはあまりに希薄化してしまうと、インセンティブとしてうまく機能しなくなってしまうという点には留意しておいたほうがいいでしょう。

近年見た事例として、SO付与がインセンティブとして優れた機能を発揮したのではないかと感じたのが、freeeです。同社では、CXOの肩書きがつくような幹部クラスに、まとまった量のSOを発行していました。

朝倉:実は、初期から在籍している経営幹部が、0.数%しか付与されていなかったというケースもありますからね。

小林:はい。他にインセンティブとしてうまく機能しない例として、配布時の行使価格が高すぎたために、IPO以降に行使しても、含み益がわずかになってしまうといったケースもあります。

朝倉:税制非適格のケースだと、SOを行使した後、株式を売却するタイミングの株価次第で、下手したら損が出てしまうといった可能性もありますね。

小林:そうですね。インセンティブとしてうまく機能させるためには、配布者の選定・付与比率・行使価格の設定が適切であるかどうかに留意すべきだと思います。メルカリの事例ですと、行使価格が低い段階で、大量のSOを積極的に付与していました。

具体的に言うと、上場の4期以上前から付与しており、行使価格が20円というSOが一番多かったんですね。同社の上場時の株式の公開価格は3000円でしたので、2980円の含み益があるSOが大量に配られていたということです。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):付与比率だけでなく、行使価格によって、インセンティブとしての効果は全く変わってきますよね。

小林:はい。株主は、付与比率の設定だけでなく、付与時期、付与ペース、行使価格、大まかな対象者の選定は、予め議論したほうがいいのではないかと思います。

効果的なストックオプション付与のためにできること

村上:株主であるVCをはじめとした投資家側も、上場が決まってから慌ててインセンティブ設計をするのではなく、具体的に上場が見える前からしっかりと議論をし、設計サポートをすることが大切かもしれません。

小林:その通りだと思います。上場前にしっかりとインセンティブとして機能するようなSOを用意し上場に備えた事例としては、Sansanが挙げられます。同社は、上場直前期に信託型SO(信託契約と有償ストック・オプションを組み合わせて組成する新株予約権)を大量に発行しました。行使価格を抑え、含み益が期待でき、上場後にも行使できるものを事前に用意した好例だと思います。

朝倉:SansanはIPO前にセカンダリー投資を実施したりと、資本政策やそれに関連したインセンティブ設計については時期も含めて、かなり丁寧に検討している印象を受けます。

小林:同社はSOの総配布量自体はそんなに多くないのですが、付与対象者にとってきちんとインセンティブとして機能するような設計を入念に行っていたように感じます。

村上:そういう意味では、効果的なインセンティブ設計を実施するという観点からも、初期段階から事業計画を綿密に設計することが重要なのかもしれませんね。各社、上場が近づくと、バリュエーション(企業価値)の算定等で事業計画の設計に慎重になると思いますが、アーリーステージの段階で事業計画を重視している会社はそう多くない気がします。

しかし、成長したらどの程度の規模の事業になるのかは、SOの付与方針に大きく影響します。そのため、アーリーステージの段階であっても、ある程度入念に事業計画を設計することが大切なのかもしれません。

小林:その通りだと思います。特に、Saasは、人数あたりの生産性が事前にある程度可視化できる事業です。従って、従業員一人当たり、どのくらいSOを付与していいのかが算出可能なのだと思います。そうしたことを初期段階からやっておいたほうが、インセンティブとして機能するSOの付与を実施しやすいでしょう。

朝倉:これからスタートアップで働きたいと考えているような付与対象者の立場から考えると、会社から付与されるSOによってどのくらいの資産形成が実現できるのかについては、いくつか変数があります。

まず、前提として、そもそも本当にIPOできるのか、バリュエーションが上がるのか。株の価値が上がると仮定した上で、より多くのSOを付与される役職なのか。加えて、入社時期も付与される量に影響しますね。もちろん早ければ早い程、相対的に付与される比率は高くなりやすくはなるでしょう。税制適格・非適格の違いも重要な要素ですね。

実際のところ、SOは経営者の気前の良さや、付与方針によって大きく影響を受けるものです。昨今のスタートアップの上場で相当数生じているように見受けますが、経営幹部として関与しているのに、同じような時期に上場している他社の同じようなポジションの人と比べてみると、実際に懐に入るキャッシュが全く違うということが、「新規上場のための有価証券報告書」を見ると確認できてしまいます。

小林:この点は、ガバナンスの観点も踏まえ、スタートアップ・エコシステム全体として適正な方向に向かうといいですね。

朝倉:そうですね。スタートアップ全体でベストプラクティスを考えていくべきテーマだと思います。