INTERVIEW

【スマートキャンプ】IPOが全てではない。急成長スタートアップがM&Aを選択した理由

2020.01.17

多くの起業家は、IPOを目標の1つに掲げますが、会社の持続的成長を考えると、IPOはゴールではなくあくまでも手段の1つに過ぎません。今回は、IPOとM&Aを並行して検討し、M&Aを選択したスマートキャンプの古橋CEOと峰島CFOに、なぜM&Aを選択したのか、両者を並行検討することの利点について伺いました。

本稿は2019年12月に開催されたイベント「未上場スタートアップがIPOとM&Aを並行して検討して学んだこと」の内容を記事化したものです。

Dislaimer: シニフィアン株式会社はスマートキャンプ社の経営アドバイザーを務め、事業成長可能性を軸にしたIPOとM&Aの並行検討を含め、M&Aの契約締結に至るまで、経営チームやステークホルダーの意思決定の支援を行っています。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

古橋 智史(ふるはし さとし)

スマートキャンプ株式会社代表取締役CEO。 立教大学卒業後、みずほ銀行に入行。2012年株式会社Speee入社。株式会社ネットマイルにて事業立ち上げに従事した後、2014年6月スマートキャンプ株式会社を設立、代表取締役に就任。

峰島 侑也(みねしま ゆうや)

スマートキャンプ株式会社取締役CFO。 東京大学卒業後、ゴールドマン・サックスに入社。投資銀行部門アドバイザリーグループに配属。主にTMT(テクノロジー・メディア・テレコミュニケーション)企業のM&A案件やIPO案件に従事。2016年グリーベンチャーズ入社。新規案件ソーシングや既存投資先支援に従事した後、2017年に投資先であるスマートキャンプ株式会社に出向し、同年5月に転籍。資金調達やアライアンス、管理体制整備を担当。

事業は順調に成長していたのに、なぜM&Aを検討したのか

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):多くの起業家は、IPOを当面の目標となるマイルストンとして設定していると思います。未上場スタートアップの経営者にとって、事業を成長させた先に選択する資本戦略の種類はそう多くはなく、以下の3つに絞られます。すなわち、IPO、M&Aによる事業売却、あえて非上場を維持することです。

この3つの選択肢のどれを選択するかによって、資本構成や事業の未来は大きく変わります。米国ではベンチャー投資を受けたスタートアップのExitオプションの内、8割から9割はM&Aが占めていますが、日本のスタートアップではまだM&Aによって自社を売却する経営者は多くないのが現状です。特に、売却した側の話を聞く機会はほとんどないのではないでしょうか。

そこで今回は、IPOとM&Aを並行して検討し、M&Aを選択したスマートキャンプ株式会社の古橋CEOと峰島CFOに、売却に至るまでの経緯と、なぜIPOではなくM&Aを選択した理由、実際に選択してみて感じたことなどを伺いたいと思います。まずは、スマートキャンプ社の概要について教えて下さい。

古橋智史氏(スマートキャンプ株式会社代表取締役。以下、古橋):2014年の6月にスマートキャンプを設立し、現在6期目を迎えました。法人向けSaaSの比較・検索サイト「BOXIL SaaS」を軸に、コンサルティング、メディア、広告、SaaS開発、イベントなどのさまざまな事業を展開しています。2019年11月にM&Aを経てマネーフォワードグループにグループ会社として参画することになりました。

正直にお話しすると、私自身は創業時にはIPOを目指していませんでした。ですが、経営していくうちに、事業が成長していく様が非常に面白くなったこと、高い目標を掲げないとサービスも作りづらいと痛感したことから、徐々にIPOを意識するようになりました。

弊社は2015年頃にグリーベンチャーズから資金調達を行なったのですが、その後、グリーベンチャーズの弊社担当者になったのが現弊社CFOである峰島でした。2017年に彼を弊社に招聘し、本格的にIPOを検討し始めました。

村上:御社の業績を見ると成長率が高く、そのままIPOを目指すこともできたと思うのですが、なぜM&Aを検討し始めたのでしょうか?

古橋:業績自体は順調に伸びていたのですが、単純に数字が伸びているだけでは長期的な成長を維持できないのではないかという懸念を感じていました。

峰島侑也氏(スマートキャンプ株式会社取締役CFO。以下、峰島):古橋の言う通り、会社としてはいい形で成長していましたが、事業フェーズはまだ「さなぎ」の状態で、ユーザーベネフィットや事業開発の面などでいくつかの課題を抱えていました。

CFOの立場として正直にお話しすると、IPOを試みていたとしたら、M&A実施時の状態のままでも上場するところまではいけたと思います。しかし、会社の成長を長期的な視点で考えると、このままの状態でIPOをしてしまっていいのかという思いが捨てきれず、古橋と話し合いを続けました。

持続的成長を念頭にIPOとM&Aを冷静に比較した

村上:IPOにはメリットももちろんありますが、同時に様々な制約も伴います。この点、お二人はIPOについてどのように考えていらっしゃったのですか?

峰島:まず、IPOは準備に様々な手続きが必要です。さらに、上場後に受ける制約も少なくありません。IPOに伴って、成長可能性や業績の予測精度の向上、黒字化の圧力、管理体制の強化といった制約が生じると感じました。

一方で、一般的にIPOのメリットは、資金調達の柔軟性と知名度・信用力の向上だと言われています。しかし、時価総額が低い会社が上場した際に、資金調達の環境は必ずしも良くならないと感じていました。また、知名度・信用力の向上に関しても、M&Aによって対象会社とグループ化をすることで、補完できるのではないかと考えました。

古橋:そうしたことを考慮すると、選択肢をIPOだけに絞るのではなく、M&Aと並行検討するのがいいのではないかと峰島と議論を重ねました。

峰島:M&Aの検討において、他に打つ手がないM&Aはあまり幸福な形ではないと思います。我々の場合は、M&Aを試みつつ、納得できる条件でなかった場合にはIPOに切り替えるという選択肢を持ちながら動くことが大切だと考えました。IPOはあくまでも会社を持続成長させる1つの手段でしかないということを念頭に置くようにしました。

村上:お二人の中で、IPOとM&Aを冷静に比較されていたんですね。私も相談を受けるようになった頃を覚えていますが、議論の主軸は今後の持続的な事業の成長についてでしたね。

古橋:それが私たちの強みだと思っています。こうした内容について話し合える相手はなかなかいませんが、峰島とはどちらを選択したほうがいいのかを冷静に話し合える関係でした。役員同士が感情的にならず、会社の成長にとって何がいいのかを冷静に話せる関係を築くことが、IPOを選択するにしてもM&Aを選択するにしても非常に大切なのだと感じました。

M&Aの成否を分ける体制と準備

村上:実際にはどのような体制でM&Aに臨んだのでしょうか?

峰島:まず、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)をつけることを検討しました。自分たちの利害をしっかりと主張していくために、第三者として仲介できる立場の人がいたほうがいいのではないかと考えたのです。

同時に、長期的な会社の成長を考えた時に、事業成長やIPOとの比較をフラットに比較していく必要があるため、FAとは必ずしも利害が一致しない側面があると考えました。その意味でFAとは違う立場で相談できる方の必要性を感じ、前職の先輩でもあるシニフィアンの村上さんにご相談し、本件の経営チームとしての比較検討に関してアドバイスをいただくことにしました。

古橋:M&Aでは、一社から一本釣りでオファーがあり、他に売却先の選択肢がない中で交渉・検討が進み、最終的には交渉金額が下がってしまうケースもあると聞いていました。そんな中、FAや村上さんという第三者がいたことで、自社の立ち位置を見極められたことの意味は大きかったと思います。

また、村上さんから「取締役4人の目線は絶対に合わせておいたほうがいい」とアドバイスをいただいたこともありがたかったです。

村上:M&Aのプロセスにおいて、買い手をコントロールすることは容易ではありません。一方で、経営陣の目線を擦り合わせておくことは、売り手の会社側が準備できることです。しっかり目線を揃えておくことがプロセスにおいて重要であると考え、お伝えしました。

峰島:中長期でどうしていくのかを経営陣で掘り下げたことにより、M&Aの合意後も認識が擦りあっている状態でした。これは社員への説明時にも好影響でした。 M&Aをすると社内で発表した後に、メンバーから「どんな意味があるのか」と聞かれたのですが、もし経営陣の意見が擦り合っていなかったとしたら、不信感や不安を与えることになっていたと思います。

古橋:M&Aという選択をネガティブに捉える社員も出てくるかと予想していたのですが、みな前向きに捉えてくれ、退職者が一人も出なかったのは、役員陣の意見が一致していたからだと感じています。

村上:株主にはどのタイミングでM&Aを検討していることを伝えたんですか?

古橋:VCにはM&Aが決まりそうなタイミングで伝えました。

村上:VCに話すタイミングは難しいですよね。株主の立場から考えると、短期的な経済利益を追求して欲しいとの思いも生じます。IPOの検討・準備も止めずに並行して進めていたことは、株主を説得する上でも大きな意味があったのではないでしょうか。

古橋:はい。そう感じます。株主は、経営陣とは立場が異なるので、彼らにとって納得感のある説明を心がけました。IPOの選択肢を残しておいたことは、株主へ説明する際にも好影響でしたし、M&Aの交渉時にもプラスに働きました。

峰島:M&Aの交渉の場では、どのように返答するか、持ち帰って検討することができません。ですから、その場でどう返答するかが非常に重要です。振り返ってみると、IPOも並行して検討していたことにより、入念に事前準備をした状態で交渉に臨めたように思います。

並行検討したことで、複眼的かつ本質的な検討が可能になった

村上:実際にM&Aを選択してみて感じたIPOとの違いについて教えてください。

峰島:M&Aの交渉において、買い手には会社や事業成長の良い面を見ようとする方が多いと感じました。一方で、IPOの準備では、事業計画などを非常に固く作ります。両方を並行検討したことで、M&A、IPOそれぞれの条件に縛られずに事業の成長について本質的に考えられた気がします。

村上:M&Aの買い手も相当広く検討されていましたよね。期限にデッドラインがあるわけでもなかったため、意思決定が難しくありませんでしたか?

古橋:そうですね。私自身は代表でもあり株主でもあるという立場です。M&A検討を進めていく中、両者の視点から見るということを忘れないように意識していました。金額面での条件だけでなく、社員や会社の今後の成長を考えた時にどのような選択が好ましいのか、ということを総合的に考えて最終的な意思決定を下しました。

村上:M&A候補先の選定に際して、具体的にはどのようなことを考慮しましたか?

古橋:候補先選びで重視したポイントは5つあります。1つ目は、トップ同士が率直に話し合える関係か。2つ目が、買い手との間でお互いの経営に対する信頼を築けるか。3つ目はカルチャーフィット。4つ目が事業の成長可能性。そして最後が、株式の売却条件です。

買い手側の経営陣と、こちらの経営陣の意見が揃わないと、事業執行が困難になると思います。そうなると、社員のモチベーションも下がってしまうことでしょう。そのような状況を避けるには、トップ同士が率直に話し合える関係であることが非常に重要だと思います。

峰島全く異なる文化を持った事業会社同士が1つになって事業を進めていくのは、ある意味不自然なことであり、シナジーを生むのは容易ではありません。M&Aの相手先がもし大企業であった場合、交渉相手は先方の経営トップではなく、投資担当者になるケースがほとんどだと思います。

そうであった場合、担当者が変わったり退職したりもあり得るでしょう。先方の担当者が変わったとしても、今後の自社の方向性が宙に浮くようなことが起きないためにも、経営トップ同士が話せて率直なコミュニケーションができることが重要だと思います。

IPOが全てではない。持続的成長のためにM&Aを選択する意味

村上:M&A後の会社の成長可能性についてはどう思われますか?

峰島:M&Aを選択したことで、今までよりも使えるリソースやフィードバックをもらえる環境に恵まれているように感じます。特に今回の買い手であるマネーフォワードグループについては、会社自体も経営陣のことも尊敬していましたし、自分たちが目指すような会社です。そうした相手と一緒にやっていけることは、会社の成長に非常にポジティブに働くと思います。

古橋:私も同様の思いです。加えて、上場企業グループに入り上場会社の取締役会や経営会議に参画できることは、ある意味、時間をショートカットしたような感覚です。自分たちだけでそこへたどり着くには、最低でも数年はかかっていたでしょうから。

M&Aを経てからまだ期間が浅いので、成果はしばらく経たないと分からないと思いますが、既にいくつかの事業を一緒に走らせていて、プロダクトの売り上げが急増しそうな動きがあり、私自身も今後が非常に楽しみです。

村上:「買収されると社内のモチベーションを保てないのでは?」と疑問を抱く方もいるかと思いますが、実際にやられてみていかがですか?

古橋:M&A後もやることはほとんど変わらないので、買収があったからといってやる気がなくなるということはありません。現状事業の売り上げも伸びていますし、結果を出さなきゃという責任感のほうが大きいです。

峰島:社員のモチベーションが下がってしまうのではないかと懸念していましたが、実際にはむしろ上がっているように感じます。不特定多数の株主ではなく、相手が明確なことで新たな事業アイディアが生まれていますし、先方と目に見える交流があることで皆以前にも増して意欲的になっているように思います。

村上:M&Aという選択は日本のスタートアップにとってはまだ主流な選択肢ではありません。誤解を恐れずに言えば、IPOと比較するとM&Aによるイグジットに対してネガティブなイメージを持っている経営者も以前は結構いたと思います。そういう背景を踏まえて、何かメッセージはありますか?

古橋:米国ではIPOよりもM&Aの方が圧倒的に件数が多く、スタートアップにとって珍しい選択ではありませんが、日本ではまだ事例が少なく、取引金額の振れ幅も激しいのが現状です。しかし、リスクマネーの供給が増えてきている環境下において、IPOという選択肢しかないと会社の持続的成長が難しくなるのではないかと感じています。そうした状況を補完する存在として、M&Aは起業家にとっても会社のメンバーにとっても有益な選択肢になり得ると思います。

峰島:私はCFOという立場なので、「IPOしたくなかったですか?」と聞かれることも多いのですが、会社の資本政策についてフラットに考えた結果、会社にとってM&Aは有効な選択肢であり、今後増えていくといいのではないかと考えるようになりました。

たとえ上場はできたとしても、上場後に伸び悩んでしまうスタートアップが少なくないのが現状です。規模は違いますが、GoogleがYouTubeを、FacebookがInstagramやWhatsAppを買収したように、スタートアップが連合軍のような形で力を合わせることにより、できることが増え、個々のビジネスの成長に好影響をもたらすのではないかと思います。