COLUMN

日本企業M&Aあるある「青い鳥症候群」にご用心

2017.10.12

シニフィアンの共同代表3人による、企業の成長フェイズにおける「ステージチェンジ」をテーマにした放談、閑談、雑談、床屋談義の限りを尽くすシニフィ談の第5回(全8回)。前回はこちら

(ライター:福田滉平)

100点満点の「青い鳥」案件を求める日本企業

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):コングロマリットではM&Aを特定事業部で推進することが、あるじゃないですか。M&Aというのは、コンフリクトがある相手と交渉する行為ですよね。一方で前回話したように、取締役会が全会一致を暗黙の原則としているとしましょう。これはなかなか大変な状況で、このために変なことが起きるんですよ。 1つ目はタイミングを逸する。大きなリスク判断をするところで、「こんなに生煮えで持っていったら役会は通らへんな。もうちょっと交渉してみようか……」となって、どんどんタイミングを逸する。 2つ目はリスク・リターンのバランスに関わる議論がしにくいということ。「なんでもっとここ、柔軟な取り決めにしとかへんねん」と、特定の条件に関する議論に深入りして完璧なものを仕上げようとしてしまう。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):欧米の場合、社外取締役の人数が多い分、全会一致ということがなかなか起こらないので、ちゃんと決を採った上で前に進める、というやり方だよね。

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):100点満点の案件しかできなくて60点の案件が実施できないと、ものすごい機会損失があるでしょうね。

村上:もっと言うと、100点満点の案件なんか、M&Aに限らずないんですよ。100点満点の案件があるんだったら、他の誰かもやってるだろうし、興味ある人たちが殺到して価格も上がるから、結局100点満点ではなくなるんです。

スタートアップがリスクを取らずして誰が取るんだ

小林:ある経営者が言ってたんやけど、「経営者はどのくらいで賽を振るべきか」という話。その方は「51:49だったら振るべきだ」と言っている。賽の振り方って、経営者の癖だと思うんですよ。これを100にしないと触れないって言うと、それ、どんだけ望み高いねんっていう。

朝倉:ものすごい盤石で安定性のある会社がリスクに対して過敏になるっていうのは、わかりますよ。だけど、マザーズに上がったばかりで「小型株」として取り扱われるくらいの会社の場合、言ってみれば、非公開のスタートアップと同じで世の中全体から見たら社会実験に近いわけですよ。そんな会社がリスク取らないで、一体誰が取るんだと思う。 あと、ほっといたら死ぬような状況で、リスク取らないなんて、存在する意味がないでしょう。何も挑戦しないんだったら、さっさと解散して清算価値を株主に全部還元しろよって話ですから。

村上:さっきのリスクの取り方でひとつ思うのは、日本の企業は、どうしても末端の事業部レベルでも想定される全てのリスクをヘッジさせようとするということです。 リスクというのは、組織の階層ごとに検討すべきものがあります。こうしたリスクは、各階層で100%ヘッジするのが適切とは限りません。階層ごとにどんなリスクがあるのかを把握したうえで、コーポレートの財務が全社としてとれるリスクなのかを評価し、案件の是非についての最終的な判断を取締役会で行うべきはずです。ところが日本では、階層ごとに全会一致を求める傾向がある。 そうなってしまうと、起案された案件がまず部署レベルで全会一致で決議されなくてはならないし、その先のちょっと大きな分科会レベルや、さらにその上の執行役員レベルでも全会一致を求められる。その上で、最終的に取締役会でも全会一致となると、結果として、全ての階層で100点に近い案件しかできなくなってしまうと思います。

朝倉:トーナメント戦ですね。誰も勝者が残らなさそうやけど。

村上:だから、ある階層では60点、その上の階層でも60点、取締役レベルで見ても60点なんだけど、「これ当たったらめちゃめちゃ大きいな。リスクの額は部署単位で見たら大きいけど、全社レベルで見たら小さいし、当たったら大きいねんからやろう」といった案件は上がってこなくなる。

朝倉:成功確率だけじゃなくて、上手くいったときのリターンも含めて、期待値がどうなっているのかという観点が必要なんでしょうね。期待値が高いのであれば、成功確率が低くてもそこでリスクを取るべきやし。 逆も然りで、成功確度が高い案件だったとしても、リターンが見合わないのであればやる意味がない。この点ではより投資家的な視点が必要なんでしょうね。投資家も経営者も、調達した資金をいかに有効活用して、資金の出し手の期待値以上のリターンを出すことを目指すという点においては、究極的には同じ活動をしているのですから。

会社のバランスシートでリスクを取れ

村上:もう1点、リスクを取りきれない理由を挙げると、「この事業が取り得るリスクってどのくらいなの?」っていうのをバランスシート的に考えていないから。要は「投資の枠は5億」って言われた途端、10億の投資ができないということ。 例えば、5億の予算フルフルの投資だと、「これ、俺らのキャパをフルフルで使ってるのに、勝率は6割程度やなあ」ってなると、怖くて手が出せなくなる。だから、ちゃんとひとつひとつのバランスシートやリスク許容度を見て、許容度を超えるときには上の階層に上げて、この課、この事業部、この会社全体での許容度と、各レベルのバランスシートを含めて見ていかないと。だって、事業部レベルのバランスシート、つまり調達余力しか使えないんだったら、大きな傘の下にいる意味がないですからね。会社にとって大きなチャンスがあるなら、事業部を超えて、会社としてリスクを取っていかないと。それを判断するのが経営でしょう。

朝倉:これは企業の部門ごとの悪平等意識という側面もあるんでしょうね。 ある総合商社が持っていた事業を売ったんですよ。もともと買収した先から一定条件を達成すると買い戻してもらうことを織り込んだディールではあったそうなんですけどね。なんでこの事業を売ったのかというと、その事業部で次の投資資金の枠がないから捻出するために売ったんだと。これ、おかしな話で、本来であればそれこそ全社レベルでのファイナンスの観点から判断すべき内容でしょう。この事業部門が攻めるべきだと思うんだったら、上手く回っている海外の事業はそのまま置いておいて、「こっちの部門にもっと予算を回そう!」って判断をすればいいのに、部門ごとに同じサイズの財布をベースに考えていると。合成の誤謬のお手本のような話だと感じます。

村上:そもそも、多くの会社ではこのレベルの議論にも達していないと思います。多くの会社ではバランスシートはPLに比べてあまりに軽視されている。全社もそうだし、事業部レベルのBSとなると、なかなか意識されていません。

第1回 DeNA、GREEの死闘をひっくり返した「パズドラ」の衝撃

第2回 顧客ガン無視。なぜ企業は「都合のいい市場分析」にハマるのか

第3回 営業は兵隊じゃない!商売は現場で起きている

第4回 全会一致で経営ができるか!「空気」が会社を滅ぼす

第5回 日本企業M&Aあるある・「青い鳥症候群」にご用心

第6回 星野監督の夢はノムさんの後にひらく?経営戦略の遅効性

第7回 日米雇われ社長の給料事情。〜全てのサラリーマン社長のために〜

第8回 ソニー・ヤフー・日本電産、ステージチェンジには人を「替える」

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。