COLUMN

IPO後の成長に向けたラクスルの資本市場戦略

2018.09.22

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げ、インターネット上で印刷や物流のシェアリングプラットフォームを展開するラクスル。2018年5月に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場した同社の資本市場戦略について、永見CFOに寄稿いただきました。 ラクスルIPOの記事はこちら

Disclaimer: シニフィアン共同代表の朝倉は、ラクスル社の社外取締役を務めています。

(ライター:大西洋平)

ラクスルのIPOに向けた取り組み

 2009年9月設立のラクスルは、2018年5月31日に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場を果たしました。当社がどのようなIPOを目指してきたのか、その概要について紹介したいと思います。  もちろん、あらゆるスタートアップにおいて実践できる話ではないと思います。しかしながら、IPOを視野に入れている起業家・経営者の皆さんに少しでも参考になれば幸いです。  また、ベンチャーキャピタル(VC)に関わる方々にとっても、ここで紹介するような取り組みは投資先が未上場段階から上場を見据え企業価値を高めていく上で参考になる内容も含んでいると思います。そういった意味でも、起業家のみならず、出資側に立つ人たちにもぜひ一読していただければと思います。

上場までにVCに全保有株を売却してもらった意図とは?

 当社が本格的に上場の準備を始めたのは2016年の後半で、証券会社や取引所による審査を経て、ローンチ(上場承認)したのは4月末で、上場日は先でも述べたように5月31日となりました。2,750万株の発行済み株式に対し、売り出しは新株発行分も合わせて1,259万株で、上場とともに40数%に相当する株主がいきなり入れ替わりました。その理由については後述しますが、それまで当社に出資していたすべてのVCに(取引所規則上売却不可である株式を除き)全株を売却してもらったからです。  通常、マザーズ市場上場企業における上場時のオファリング(株式配分)は、個人投資家への配分が全体の8割で機関投資家が残りの2割といった比率になっています。しかし、当社の場合は通常よりも機関投資家の割合が非常に大きく、その中でも海外機関投資家が重要な役割を果たしたのが大きな特徴です。一般的なスタートアップのIPO案件とは異なり、国内市場での上場でありながら、海外機関投資家の参加が目立っているわけです。  ラクスルの場合、ブックビルディング(需要積み上げ方式と呼ばれる公開価格の決定方法。機関投資家等の意見をもとに決定した仮条件を投資家に提示し、投資家の需要状況を把握したうえで公開価格を決定する)による需要把握に基づき、欧州・アジアを中心とする海外のロングタームの機関投資家に重点的に配分されることになりました。これらの結果は私たちの意図に沿うもので、未上場の段階から海外投資家にラクスルという会社を理解してもらうために尽力してきた結果であると考えています。

 IPOを目指すに当たって、私は時価総額が数千億円規模の国内テック企業の株主構成・資本政策を徹底的に調べました。すると、海外の機関投資家が当該企業の本質的な価値を評価した上で、プライスリーダーとなって株価の水準をどんどん高めていたことがわかったのです。時価総額の拡大に伴って新興企業にも海外機関投資家の資金が流入してきたと受け止められがちですが、現実はその逆だということです。  IPOの準備を進めるなかで、バリュエーションの想定を行う際に当社の比較対象として最もよく用いられたのは、B to Bのeコマースを展開するMonotaROという会社でした。私の理解では、同社では時価総額が4,000億円に達するまでに、海外機関投資家の保有比率が約30%に増えています。  また、スタートトゥデイやサイバーエージェント、アイスタイルも然りで、時価総額が急拡大するスタートアップの陰には、アンカー投資家(オファリングのカギを握る大口の出資者)が存在していて、海外機関投資家がその役割を果たしていることが多いと理解しています。だから、私たちもいかに海外の機関投資家を取り込むかを念頭に置きながらIPOの準備を進めてきました。  では、具体的にどのようなことに取り組んだのか?機関投資家、特に海外機関投資家にとって流動性は非常に重要なので、私たちは前述したようにすべてのVCに(取引所規則上売却不可である株式を除き)全保有株を売却してもらいました。オーバーハング(既存投資家の保有株式が市場で大量売却されることによって株式の取引需給が圧迫するリスク)の解消を海外機関投資家は前向きに捉えてくれます。

資本市場からどのように評価されるか

 なお、ラクスルは上場時点で赤字実績での上場だったので、投資家の間で大きな焦点となったのはバリュエーションに対する判断でした。未上場企業の場合は売上の倍率や、事業計画上の当期純利益とPER(株価収益率=時価総額÷純利益)の掛け算、あるいは主幹事証券による提案の逆算などからバリュエーションが判断されるのが基本です。ところが、上場企業となった途端に、投資家は足元の利益だけに基づいて妥当な株価を見定めがちです。  実際にラクスルのバリュエーションについて、投資家はどのような尺度で判断していたのか? 検証してみると、国内外合わせた機関投資家の約半数がPER、約4分の1がPSR(株価売上高倍率=時価総額÷売上高)を用いていました。そして、国内機関投資家の約4分の3がPERでバリュエーションを計っていたのに対し、海外機関投資家は半数以上がPSRに目を向けていたのです。

 「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というラクスルのビジョンやビジネスモデル、ターゲットとしている市場の大きさや競合関係などについて正確に理解してもらえるように、私たちは未上場の段階から投資家とのコミュニケーションを実施してきました(なお、上場前の投資家訪問については、金融商品取引法等の各種法規制の観点から問題ないように、弁護士や主幹事証券会社に確認して実施しています)。具体的に言えば、ラクスルのビジネスモデルはシェアリングプラットフォームで自分たちでは工場を持たず、提携先の稼働していない時間帯を有効活用しています。そして、5兆〜6兆円と言われる印刷市場の中で私たちが現在取り扱っているカテゴリーのTAM(Total Addressable Market=最大規模の利益機会)は3兆円程度で、さらにネット媒体を除く広告が約5兆円、国内物流が14兆円といった規模です。

 一方、財務面に関して、上場前から当社のことは営業利益ではなく、売上総利益の推移を重視してほしいと投資家に訴え続けてきました。会社をどのように見てほしいのかを自分たちの側から明言することが大切だと痛感しています。  もちろん、あくまでラクスルの場合は売上総利益なのであって、会社によってはユーザー数かもしれませんし、また別の尺度なのかもしれません。言い切ったうえで、そのことを投資家に納得してもらえるか否かは別の話ですが、それでもコミュニケーションを通じて投資家に訴え続けることが極めて重要です。

3社共同主幹事体制でプレディールリサーチレポートまで作成

 以上のような動きは、投資銀行・証券会社のサポート抜きにはできないことです。  その意味でも、上場に当たってラクスルが大和証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、みずほ証券の3社による共同主幹事体制を選択したのは正解だったと考えています。引受審査を得意とするところがあれば、エクイティストーリーの構築や海外機関投資家とのコンタクトに強みを持っているところもあり、バリュエーションの想定やロードショーの対応に秀でているところもある、といったように、証券会社によって得意分野は異なってくると考えたからです。加えて、極めて当たり前のことですが、1社よりも複数社のほうがガバナンスも働きます。

 もう一点、上場後に証券会社のセルサイドアナリストにカバレッジ(調査対象)してもらうことが大きな意味を持っています。未上場時代から取材を重ねて当社のファンになってもらっていれば、上場後も引き続きカバーしてくれる可能性があります。  ラクスルでは未上場の段階で、その前提ともなってくるPDRR(プレディールリサーチレポート)を主幹事証券3社のアナリストの方々に書いてもらいました(なお、PDRRの発行に際しては、金融商品取引法等の各種法規制の観点から問題ないように、弁護士及び主幹事証券会社がリサーチ・ガイドラインを整備した上で実施しています)。機関投資家はこれらのレポートを参考にして株式評価・投資判断を行うこともあります。

 また、ラクスルでは、未上場時代から上場後を見据えたファイナンスも積極的に行ってきました。2016年8月にはバイサイドの大手外資系投資運用会社から出資を受け、2017年にはハコベルを展開するに当たってヤマトホールディングスと提携を結んでいます。  「あの金融機関が出資している会社なら、ぜひ会ってみたい」とおっしゃる機関投資家も少なくありませんでしたし、そうやってロングタームの投資家が入ってきてくれるのは非常に心強いことです。「素晴らしいエクイティストーリーですから、ぜひ当社に投資してください」という思いだけでファイナンスは成り立つものではなく、アンカー投資家を招聘し他の投資家の方が投資しやすくなるような戦略も求められてきます。

 これはVCに関わる方々に対しても強く訴えたいことですが、未上場の段階において上場後も保有し続けてくれる投資家の資金が入ることは非常に重要な意味を持ちます。  ローンチ(上場承認)直後より実施したロードショー(会社説明会)にしても、通常の倍近い機関投資家ミーティングを実施しました。日中は国内機関投資家、夜は海外機関投資家に説明するというパターンを1週間以上続けて、大変なプロセスでした。ロードショーで多くの投資家と会い当社の魅力を伝えることで、良質なブックビルディングにつながっていくと思います。  私にとって特に印象的だったのは、上場後に最初の四半期決算を発表した際に、複数の海外機関投資家から次のような主旨のメールが届いたことです。

「四半期決算(短期の業績)の推移は気にしていないから、引き続き頑張ってください」

 このようなスタンスでラクスルの企業活動を支えてくれる投資家の期待に応えるためにも、これからも私たちは描いているエクイティストーリーの実現を追求していきます。そして、IRは投資家のエンゲージメントだと私は考えており、引き続き積極的にコミュニケーションを実施していきたいと思います。