INTERVIEW

【ラクスル】ユーザー目線で現場を徹底観察して産業構造を革新Vol.3

2018.09.15

シェアリングプラットフォームによる需給のマッチングで、印刷や物流の非効率性を大幅に改善し、ユーザーやサプライヤー(提携先)をともにエンパワメントさせているラクスル。松本恭攝代表取締役社長CEOへのインタビューの第3弾では、同社が粗利を経営目標に掲げている理由が明らかになります。前回の記事はこちら

Disclaimer: シニフィアン共同代表の朝倉は、ラクスル社の社外取締役を務めています。

(ライター:大西洋平)

ユーザーとサプライヤーをともにエンパワメントする

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):「成長可能性に関する説明資料」において、ラクスルのビジネスは「ユーザーをエンパワメントして取引量を拡大する一方、サプライヤーをエンパワメントしてキャパシティを拡大し、需要と供給がともにWIN WINとなる自律成長モデル」であると説明していましたね。このエンパワメント(能力を導き出す)という言葉を用いていることが御社のスタンスを象徴しているように感じました。ユーザーとサプライヤーをともにパワーアップさせているわけですね。サプライヤーに関して言えば、もっと生産性を高めて彼ら自身をもっと儲かる体質へと改善していくことに御社が貢献しているということでしょう。

(ラクスル「成長可能性に関する説明資料」より)

松本恭攝(ラクスル株式会社代表取締役社長CEO。以下、松本):ユーザーとサプライヤーのパワーアップは社会的使命であるだけでなく、我々が拡大していく唯一の方法でもあります。印刷会社がちゃんと儲かる構造を築き上げなければ、我々の拡大が止まってしまいますから。先にも述べたように、「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」というのが我々のビジョンですが、それを体言するための行動規範が「Reality、System、Cooperation」の3つです。その中でも「Reality」が特に重要で、要は現場の解像度を徹底的に高めていくことが肝心です。つねに答は現場にあるので、とことん観察してシステム化、標準化し、それをソフトウェアに落とし込んだうえで、バリューチェーン全体で運営していくのです。ソフトウェアチームとサプライチェーンチームのどちらも、現場を基軸として「Reality」をひたすら追求していくというアプローチは共通していると思います。だから、エンジニアも含めて現場に足を運ぶわけです。

小林:現場に精通していることを標榜する大手IT企業も見かけますが、会社全体としては確かに“現場力”と“IT力”が備わっていたとしても、えてしてそれらが上手く連携していないのが実情でしょう。ちゃんとマッチングしきれておらず、現場でわかっていることがITの方に反映されていません。御社が取り組んできたことは、今の大企業の組織形態では成しえないことだと思いますね。

松本:それは、ビジネスをどのようにデザインしていくかという考え方の違いによるものではないでしょうか? 我々の場合はUCD(User-Centered Design=ユーザー中心設計)という発想でデザインしていくようにしています。通常、開発とは作業が上流から下流に向かって一方向に流れていくものでしょう。しかし、我々がシステムを開発する際には、関係するメンバーみんなでユーザーやサプライヤーの現場に赴き、ひたすら観察を続けます。ハコベルを例に挙げれば、約50拠点の運送会社にエンジニアも含めてみんなで出向き、現状のワークフローがどうなっているのかを徹底的に観察しました。そのうえでペルソナ(主要な顧客像)を定めて、それを起点として考えた場合に、現状のフローにどのような課題があるのかを考えていったわけです。

日本の会計制度はIT企業にマッチしていない

小林:話を少し戻すと、粗利を継続的に高めていくことを非常に重視しているという話が出てきましたが、その点も御社の大きな特徴だと思いました。世の中の多くの会社は売上や営業利益をはじめとする様々な指標を複合的に見ていますが、あえて松本さんは、「ラクスルの企業価値は粗利で見るべきである」と宣言していますね。しかも、ラクスルにおける粗利とはこれだというところまで分解して開示しています。

(ラクスル 2018年7月期 第3四半期決算説明会資料より)

松本:粗利を強く意識するようになったのは1年程前からで、日本の会計制度がIT企業に合っていないと強烈に感じるようになったのがキッカケでした。福沢諭吉が国内に持ち込んだ会計の仕組みは、やはり製造業を主軸に据えたものです。手元の現金や借入金を用いて機械を購入し、それをB/S(バランスシート)に計上して減価償却しながら、償却期間以上のキャッシュフローを7〜15年かけて出していきます。これに対し、我々のキャッシュフローはユーザー基盤によって成り立っています。そして、より多くのユーザーを獲得するための選択肢は2つです。それは、マーケティングによって集客力を高めることと、使いやすいシステムを作って満足度を高めてリピーターを増やすことです。

小林:確かに、御社のキャッシュフローは製造業のそれとは明らかに異なっていますね。

松本:当社がユーザー基盤を固めるためにマーケティングとシステム開発に費やすコストは、現行の会計制度ですとB/S上に計上できません。その点に関して、私は強烈な違和感を抱いたわけです。なぜなら、マーケティングコストを絞ったり、人件費を減らしたりすれば、いくらでも利益を出せるからです。LTV(顧客が生涯にわたってもたらしてくれるトータルの価値)の高い顧客の獲得が提言されている時代であるにもかかわらず、今の会計制度はそれにマッチしていません。少なくとも我々の事業においては、営業利益の推移を通じてコミュニケーションを図っていくことがまったくフィットしていないと思いました。

小林:おそらく、それは他の多くのIT企業においても言えることでしょうね。

松本:おっしゃる通りで、ちょうど1年程前に監査法人と会談している際にそのような話に流れて、「じゃあ、我々の企業価値を本質的に表している数値とは何だろう?」と突き詰めていった結果、「それは粗利だ!」という結論に達しました。粗利とは、我々の努力で改善していくものです。中長期的に見れば、販管費は最終的に粗利に対してフィードバックされていきます。だから、粗利の改善こそ、我々の企業価値が成長している証しであるというスタンスを前面に打ち出しています。そうすることで、積極的なマーケティング展開やシステム開発を進める際にも、経営側として投資家などと交渉しやすくなります。

朝倉祐介(ラクスル株式会社社外取締役。シニフィアン共同代表。以下、朝倉):こうした議論ができるのは、永見世央取締役CFOの存在も大きいと思います。ITのスタートアップでは稀少と言える彼のような金融のプロフェッショナルが仲間に入って、侃々諤々議論できるチーム作りができたことが非常に大きな収穫だったと思います。

小林:粗利の改善こそ、我々の企業価値が成長している証しであるというスタンスで実際に投資家と接してみて、どのような手応えを感じましたか?

松本:海外のスタートアップの成長プロセスについて造詣のある投資家は、非常に高い理解を示してくれましたね。海外では、IPOを果たして間もないスタートアップが赤字であるのは当然のことです。スタートアップのことをよく知らない投資家からは、「営業利益はいつ黒字化するのか?」とかいったボトムサイドの質問しか出てきませんし、そういった視点に基づいて当社の公募価格が割高だと受け止めがちでした。しかし、スタートアップに精通している投資家は当社の本質的な企業価値について、極めてポジティブに捉えてくれました。

未上場の段階から投資家と頻繁にコミュニケーションを図る

小林:投資家との対話については、御社はIPOの前から積極的に取り組んできましたね。おそらく、未上場企業としては異例の頻度だったと思いますが、それはどういった思いに基づいてのことだったのでしょうか?

松本:その件に関しては、完全に永見CFOのリーダーシップの賜物だと言えますね。海外の投資家は永見、国内の投資家は私が担当するというのが基本的な役割分担です。未上場の段階から、内外100社以上の機関投資家にラクスルという会社を理解してもらうために尽力してきました。こうして積極的に取り組んだ理由の1つは、やはり株主との対話が重要であると捉えていたこと。もう1つは、株主との対話を通じて経営が成長すると思っていたからです。

小林:上場、未上場を問わず、株式を保有してもらう以上は投資家との信頼関係が重要であり、そのためにも対話力が求められるということでしょうね。

松本:出資していただくのは非常に有り難いことである反面、素性をまったく知らない人に株式を持ってもらうことは、我々にとってリスクともなりうるものです。だけど、我々の場合は未上場の段階からとても良い投資家に恵まれたと実感しています。やはり、対話量を事前に十分に確保してきたことが大きく関係していると思いますね。上場後もその姿勢に変わりはありません。振り返ってみれば、実は我々経営陣が最も成長したタイミングは資金調達の局面だったのです。シリーズDまで未上場でやってきて、投資家による厳格なデューデリジェンス(投資対象企業の適性価値の適正評価)を年に1本ずつこなしていく課程で、我々は大きく成長できました。 

小林:資金調達が経営陣の最大の学びの場だったということですね。これは現時点で未上場のスタートアップにとっても、良き教訓となりそうです。

朝倉:その結果として、マザーズ上場企業としては珍しく、海外投資家の出資比率が高い状態になっています。

松本:ラクスルがプラットフォームを構築するうえでのキーワードの1つは、「再現性を持たせる」というものです。メルカリが天才によって作られた会社だとすると、ラクスルは凡人が興した会社だと思っています。だから、ある種の再現性を持たせれば、誰がやってもちゃんと結果が出るものです。ハコベルの立ち上げにおいてもラクスルで培ったナレッジを活用していますし、印刷から枝分かれして新たに展開している広告領域の事業でも今までに蓄積してきたナレッジをしっかりと生かしていきたいと思っています。爆発的にヒットしなくてもいいから、ちゃんと再現性を持って事業を立ち上げて経営管理を行っていける会社にしたいですね。

小林:一見すると印刷と物流との間には特に関係性がないように思われるし、実際のところ、僕自身も最初はそのように思いました。でも、本日のお話で関係性が見えてきたと思います。顧客の信頼をベースとしている部分、そして御社のプラットフォーム上で事業を展開することで、会計上では見えないシナジーが得られるという部分が共通しているわけですね。かねてから親交があったので御社の特徴をよく知っているつもりでしたが、改めて話をうかがって解像度が高まりました。本日はお忙しい中、本当にありがとうございます。

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