INTERVIEW

【ラクスル】プラットフォームなら需給マッチングがより円滑にvol.2

2018.09.14

インターネット上で印刷や物流のシェアリングプラットフォームを提供し、ユーザーと印刷会社・物流会社がWIN WINの関係になるビジネスで急速な成長を遂げているラクスルの松本恭攝代表取締役社長CEOへのインタビューの第2弾です。前回の記事はこちら

Disclaimer: シニフィアン共同代表の朝倉は、ラクスル社の社外取締役を務めています。

(ライター:大西洋平)

プラットフォームによるマッチングなら数分で発注が完了

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):ラクスルの基本的な経営思想は、プラットフォームによって需給を結びつけたほうが取引コストははるかに抑えられるということですね。

松本恭攝(ラクスル株式会社代表取締役社長CEO。以下、松本):もう一つ、需給のマッチングがよりスムーズになっていくのも利点ですね。大企業を通じた7次受けにまで達するような流れでは、実働に至るまでに1〜2日は要していたはずです。ところが、プラットフォームによって需給をマッチングさせれば、わずか数分で発注が完了するので、圧倒的に滑らかにオペレーションが進むのです。このように、プラットフォームのほうが大企業という形態によるサービス提供より圧倒的に優れていると私は確信しています。実際、世界で時価総額トップ10に入っている企業を見渡しても、グーグルやアマゾン、アップルといったように、ほとんどがプラットフォームを用いたビジネスによって、より多くのユーザーに受け入れられています。だから、これから先も時代はどんどんプラットフォーム化していくと私は考えているのです。

小林:その点、印刷業界や物流業界のように、日本ではまだプラットフォーム化があまり進んでいない領域もありますよね。そこに御社は着目したのですね。

松本:世界第3位のGDPを誇る日本の産業界ではB to Bの領域が圧倒的に大勢を占めていますが、実はこの部分のデジタル化がまったく進んでいません。印刷や物流だけにとどまらず、B to B産業のプラットフォームをいくつも構築することによって、20世紀型のままになっている日本の産業を21世紀型へとアップデートしていくというのが我々の掲げているコンセプトです。

朝倉祐介(ラクスル株式会社社外取締役。シニフィアン共同代表。以下、朝倉):僕自身はラクスルは二重の意味で水平分業を実現している会社だと捉えています。一つは、かつての電機メーカーなどに象徴されるような、バリューチェーンの各機能を丸抱えする垂直統合モデルから水平分業型モデルへのシフトを推進させるといること。そしてもう一つは、物流のように、分業はしているものの多重の下請け構造が常態化しているケースに対し、中間プレイヤーを水平に一本化させて円滑化と効率化を図っていることです。

小林:プラットフォームと言えば、単にマッチングのことだけを連想しがちだけど、松本さんの発言に出てきた「滑らかに進む」という表現がとても的を射ていると思いました。B to B領域には時間もコストもかかる上意下達方式が蔓延っていて、それらがラクスルの手にかかれば、より円滑な直接取引へと変わっていくということですね。印刷にせよ物流にせよ、発注する側からすれば、プラットフォームとかシェアリングとかいったことはさほど意識していないはず。今までと同じような感覚で印刷を頼んだら、もっと低料金で早く仕上がってきたので満足したという話になるのでしょう。

松本:おっしゃる通りですね。我々がお客様に提供している価値は、主に二つあると思っています。一つは、製造業のアプローチを印刷や物流といった業界にインストールすることによって、結果的に大幅なコストダウンを実現するという価値です。現在のラクスルには、大手自動車メーカーや家電メーカーの製造現場出身者がたくさんいます。彼らは今まで培ってきた製造ラインのノウハウを印刷の世界に組み入れて、生産性の改善を追求しているのです。印刷において最大のコストは人件費で、生産性を飛躍的に高めることができれば、その比重は下がっていきます。仮に従来なら1時間当たり3,000〜5,000枚が生産量の限界だったとしたら、あえて1万5,000枚のような高い目標を掲げて、どうすればそれに近づけられるのかを突き詰めていくわけです。こうして、その業界では今まであまり試みがなかった別業界のアプローチを採り入れていくことによって、圧倒的に生産性を高めてコストを下げられるのが我々の強みで、追随しようとする他社にとっては高い参入障壁ともなってきます。

ユーザーは格安料金で利用でき、印刷会社も着実に利益を得る仕組み

小林:ラクスルを利用することで顧客が得られるもう一つの価値とは何でしょうか?

松本:併せて、インターネット企業としてのユーザーエクスペリエンスを提供することですね。ネットの場合は営業担当者が介在していませんから、極めて小ロットの小さな注文にも低料金で対応できます。たとえば、従来の商業印刷では平均単価が20万円程度ですが、我々の場合はわずか1万円で、さらに中央値は平均よりさらに低いため営業担当者が対応したら、採算が合うはずがありません。もともと原価が7〜8割も占める商材なのですから。しかし、我々は注文を大量に集めて1箇所で生産をすることによって、印刷会社がしっかりと利益を得られる仕事に変えられます。そして、お客様も小ロットの注文を劇的に安い料金でオーダーできるのです。

小林:御社のサービスの使い勝手については、私自身も強く印象に残っていますね。我々は2017年の7月に会社を設立したのですが、その際にラクスルで名刺を製作しました。非常にスムーズに発注でき、同時期にある大手通信会社で行った会社の電話番号登録の手続きの煩雑さと比べると雲泥の差でした。電話番号登録のほうは途中で「戻る」のボタンを押すとそれまでの入力情報が全部消えてしまって心が折れてしまいましたが、ラクスルのほうはスムーズに発注が完了してビックリしましたよ。

松本:やはり、使い勝手次第で、ユーザーが感じるストレスはまったく違ってきますからね。我々の場合は印刷だけにとどまらず、製作した折り込みチラシやポスティングチラシ、ポスターの配布や掲示までワンストップで代行するサービスも提供しています。そして、こうした印刷業以外のサービスまで直感的に理解できる形式で提示し、ユーザーとしっかりコミュニケーションを図ることが重要だと我々は考えています。そうすれば、より多くのユーザーが幅広いサービスを気軽に利用できるからです。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):もう一つ、御社の取り組みで面白いと思ったのは、マザーズ市場上場の際に開示した「成長可能性に関する説明資料」に書かれていたことです。R&Dを目的に自社で3台の印刷機を保有し、売上総利益率の継続的な改善を可能とするオペレーションを探求していくという内容でした。そうやって培ったノウハウを他の印刷会社にも展開していくためのパイロットテストのような位置づけとの理解でよろしいでしょうか?

松本:そうですね。オペレーションに関するベストプラクティスを自分たちで作り上げ、そのナレッジを他の印刷会社にも提供していくのが狙いです。

10%にすぎなかった売上総利益率を劇的に改善させる

小林:よく「旧産業×IT」といった取り組みが取り沙汰されていますけど、中途半端な結果に終わっているケースが見受けられます。けれど、御社の場合は単にITを採り入れるだけに終わらせず、旧産業のほうのテコ入れもしっかりと進めていて、R&Dの話はそのことを象徴するものですね。

松本:おっしゃる通りで、「リアル×IT」などといった話においてITの果たす役割は、どうしても需給のマッチングとプラットフォームが中心になってくるものです。しかし、実はそれだけにとどまっていると、日本はひたすら良いものを作ろうとする国であるだけに、業種を問わず価格競争が激化しがちです。マッチングするだけでも、既存のサービスに利便性の点で大きな差別化を図れるものの、コストという点では結構厳しいわけです。そうなってくると、バリューチェーンに入り込んでとことん改善していかなければ、顧客に対する価値を高めきることが適いません。

朝倉:関連した話ですが、当然ながらプラットフォームという事業はエンドユーザーに対してだけにとどまらず、供給側の人たちに対しても付加価値を提供することが重要です。その点、ラクスルのビジネスでは原価が継続的に低減しています。ボリュームを効かせたということもさることながら、やはり提携業者と親密な関係を構築して、ともに生産性の改善に取り組んできたことが奏功しているわけです。まさに相乗効果でお互いにアイディアが膨らんでいき、分かち合うパイも大きくなっていくというWinWinの関係が提携業者との間で築かれています。

小林:IT企業の出身者や現場経験のない学生が「リアル×IT」のビジネスを起業すると、どうしてもIT寄りのスタンスになってしまう傾向があるけど、ラクスルの場合はそのバランスを上手く保っています。これからスタートアップを考えている人にも、当初から現場力に対する意識を高めることが重要だという話は大きなヒントとなりそうですね。

朝倉:松本は前職の世界的大手コンサルティング会社・A.T. カーニーでもコスト削減のような地道な作業に取り組んでいました。ラクスル自体はITという切り口からビジネスがスタートしているけど、松本自身はまったくIT側の人間ではないわけですよ。むしろ、オペレーション側の考えがベースにあり、そこにITを採り入れようという発想ですね。その点が他のIT系のスタートアップとは一線を画しているわけだけど、わかりやすいITスタートアップとは異なる取り組みだっただけに、創業当初は「松本は印刷屋がやりたいの?」と誤解されている様子も見てきました。

(ラクスル創業当初の写真。同社提供)

松本:ずは拡大戦略を先行せざるをえない事情もあって、あの頃の当社の売上高総利益率(粗利)は10%にすぎませんでした。実際にマーケットで競争力のある価格で販売してみると、事業をスケールする際に想定していた利益率には到底及ばなかったのです。製造サイドをどうにか改善しない限り、このビジネスは成り立たないうえ、具体的にどうすればいいのかというナレッジを誰も持ち合わせていませんでした。だから、地道に取り組むしか術がなかったわけです。確か、2014年の末頃まではずっとそのことに向き合ってきましたね。

小林:だけど、そこから先がスゴイですよね。劇的に粗利が改善していますから。まさにベストプラクティスが掴めてきたということなのでしょうか?

(ラクスル 「成長可能性に関する説明資料」より)

松本:一般的なIT企業の場合は、「現地のメーカーと共同開発した紙を中国からどれだけ輸入して、その場合の為替リスクはこうなって……」などといった話はあまり出てこないはずでしょう。しかし、ラクスルのビジネスにおいては、コスト競争力が非常に重要な意味合いを帯びてきます。コスト削減においてよく言われるのは、「単に印刷会社に無理難題を要求して成り立たせているわけですよね」という指摘です。しかし、ラクスルのビジネスは印刷会社にコストダウンのしわ寄せが及ぶと、絶対にスケールできません。印刷会社から信頼を獲得し、ラクスルと組むことが収益面でも有利であることを体感してもらわなければ、我々はキャパシティを拡張できないのです。

【ラクスル】プラットフォームで非効率が多い伝統産業を構造改革vol.1