COLUMN

創業者やエンジェル投資家がイグジット前に株を売ることについて

2019.10.18

スタートアップにおいて、創業メンバーや初期に出資しているエンジェル投資家が、イグジット前に保有株を売ることについては賛否両論が見られます。今回はイグジット前のスタートアップの株式の売却について考えます。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代 麻理子 編集:正田彩佳)

イグジット前に株主が株を売ってはいけないのか?

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):少々マニアックな話題ですが、スタートアップがIPOや買収によってイグジットする前の段階で、株主が保有する株を売却することについて考えてみたいと思います。たとえば、創業期に出資したエンジェル投資家や創業者等が、イグジット前に株式の一部、あるいは全部を他の投資家に売るという行為について、反発する人もいるようですが、この点、どう考えますか?

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):敢えてネガティブな意見の理由を考えてみると、「創業期から一心同体、同じリスクを背負ってやっていると思っていたのに、先に船から降りちゃうんですか」みたいな心情的抵抗感は考えられますよね。

朝倉:単純に寂しいっていう情緒の問題ね。

小林:うん。そういう心情もある。あと、他に具体的に挙がってくる理由としてどういうものが考えられますかね?

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):売ること自体は、契約上は禁じられていることではないんだけど、「初期投資家とは、会社がある程度大きくなるまで見守るべきものである」といったことを、契約には書いてない不文律として信じている方がいるということかもしれませんね。

朝倉:あとは、たとえば経営を担っている創業メンバーが売るケースだと、イグジットもしておらず、まだまだ会社としては成長していかなければならないフェーズなのに、経営者が「上がった」気分的に陥ってしまわないかという懸念を持つ投資家はいるかもしれませんね。「経営者が金銭的に満足して、抜けてしまうのではないか」といった危惧を感じる方もいることでしょう。

村上:創業者であるとか、本当に事業に貢献するべきエンジェル投資家の場合であれば、本来的には最初の契約の際に、売買に関する制限を設けておくべきなのかもしれません。 現実的には、創業時そんなことまで考える人はいないから、不文律的に、「そういうものだよね」という共通認識で保っている。しかし実際には契約上の制限はないから、実際に株を売るという状況になると、「えっ、それってどうなの」といったやりとりに発展することもあるのでしょう。

小林:実際、アメリカだとイグジット前の売却というのは割とよくある例です。最近はIPOが徐々に遅くなってきていることもあって、IPOの目論見書見ると、結構、上場前に創業者が相対で株式を譲渡しているケースも見るようにはなりましたよね。

村上:むしろ海外では会社に関わる人材を固定することの方がおかしくて、ちゃんとセカンダリーマーケットもあるし、会社の成長に合わせて、当然、経営メンバーも入れ替わるべきだ、さらに株主も変わる必要があれば変わるものだ、といった考え方をしますね。 終身雇用的な発想じゃなくて、会社のフェーズに合わせて、経営チームも変われば、株主陣も変わりうるし、そのためのインフラがあってしかるべきだという発想です。契約に関しても、必要であれば縛るし、必要がなければフレキシビリティを与えるっていう、そういう考え方じゃないでしょうか。

朝倉:それで言うと、従業員の層だってイグジット時になって初めてSOを行使できるのではなく、上場前段階でSOを行使できることもあります。シリコンバレーであれば、創業者や既存のVC、あるいは従業員の持ち株を買い取ることに特化したセカンダリー専門の投資家も存在します。

創業前に期待値をすり合わせることの重要性

朝倉:流動性の自由を持たせ過ぎてるリスクもある一方、逆もしかりで、ガチガチに制限しているのも結構リスクだと思います。たとえば、イグジット前に会社を去る場合、会社の業績に関係なく、出資時の価格で株式が買い取られてしまうといった、ガチガチの創業者間契約が交わされているケースですね。

会社を立ち上げたタイミングでは、みんないつまでも一緒に会社経営に取り組んでいくものだと思っているものです。ですが、事業がうまく伸びるにつれ、組織の成長スピードについていけない創業メンバーが出てくる可能性が相応にある。実際に見るケースですが、そんな状況であっても、その創業メンバーにとっては会社を去ると全くリターンを得られないため、無理にでも組織にしがみつくインセンティブが働く。

逆に言うと、そこまで貢献した初期メンバーに対して、全く金銭で報いることのできない設計というのは、それはそれでアンフェアだと感じます。

村上:全く同感です。ただ難しいのは、創業前に辞めるときの話をするということは、婚前契約で結婚前に離婚の話をするのに近いということです。心情的な抵抗感はありますよ。「よし今から一緒に頑張ろう」という時に、「俺が2年後に会社を抜けた時の条件はこうで……」といったように具体的な条件を整えるのは、どうしてもやりづらいですよね。だから、全く何も条件を決めていないか、あるいは極端に厳しい条件になってしまうのではないでしょうか。

小林:はい。まさにそこの期待値がずれていることが、揉め事が起きた場合の根源にある気がします。投資家と話をしていても、「セカンダリーは全然OKでしょう」という考え方の人と「駄目でしょう」という考え方の人、両極端に分かれるイメージがあります。人によって考え方に大きな差があると感じるので、事前にそこの期待値をにぎること、これがまず契約の手前で重要なのではないかと思います。

村上:一対一の関係に閉じた話であれば、期待値のコントロールもある程度できるわけですが、結婚と違うのは、事業が成長するに従って、新たなステークホルダーが増えるということですね。そうした中には、創業初期の当事者とは全く違った考え方を持った人も入ってくることでしょう。一対一の関係性が一対多の関係に影響を及ぼす以上、ある程度きちんと決めておくべきだという考え方もできますよね。

朝倉:創業後に増えていくステークホルダーというのは後から、増える親族みたいなものですから、価値観に違いがあるのは当然という前提に立っておくべきなのでしょう。それを踏まえて、創業初期の段階に株主の間で会社の方針をきちんと決めておくことが慣行として確立するとよいのかもしれません。

村上:そう思いますね。それが結局は自分たち自身の幸せになり、後から入ってくるステークホルダーとの関係性においても無駄なトラブルを避けることにつながるわけですから。あまり遠慮せずに、初期に期待値コントロールをしたり、契約書に落としたりするといいですよね。そうした取り組みが広がれば、セカンダリーマーケットが充実して、柔軟性が高い経営が実現でき、引いては会社の成長にもつながっていくのだと思います。

上場前セカンダリーマーケットの意義

小林:今後、未上場の間に事業成長を企図する会社が増え、IPOまでの時間軸が長くなってくると、セカンダリーでの取引によって経営者がフィナンシャルで一定の余裕を持つことは、長期で深くリスクを取って大きな勝負を掛けるために、むしろ積極的な意味を持ち得るのではないかと思います。

あるいは後から入ってくる投資家のロットを大きくしてあげるためにセカンダリーでの譲渡を増やすということも考えられるでしょう。こうして意味では、セカンダリーをポジティブな意味で積極的に評価できるケースも増えてくるのではないかと思います。

村上:創業から短い期間でのIPOを目指して最適化すると、セカンダリーマーケットの重要性は低いけれど、これからどんどん違う形の資本施策や上場施策が出ていく中では、より、創業時の決めごとや期待値コントロールの重要性が高まっていくでしょうね。

朝倉:初期にリスクをとった投資家の流動性を確保するという意味でも、セカンダリーでの取引はもっと肯定的に評価されてもいいんでしょうね。バフェットだったら「ずっと持ち続ける」と言うかもしれないけど、普通の投資ファンドはどこかのタイミングで流動化しないといけないわけですから。

IPOにしても、なかば投資家の流動化のために機能している側面が多分にあるわけですが、広くマーケットから資金を調達してより大きく会社を成長させるための機会として活用するのが本質だと思います。長期的に大きく成長する企業を輩出するためにも、そういったセカンダリーのマーケットで整えられてしかるべきなんじゃないでしょうか。

小林:本当にそう思います。

村上:最後に、創業期に貢献したことに対するアップサイドと、創業時、自分のキャピタルと時間を突っ込むというリスクテイクに対するリターン、この2つをちゃんと分けて、どうあるべきか議論しないといけないと思いますね。「途中で抜けたんだから、リターンは得られない」という発想はちょっと違うかなと思います。

朝倉:初期にリスクテイクしたことの貢献度合いと、会社が成長した後での貢献はそれぞれ分けて評価しましょうということですね。