COLUMN

PL脳が会社を滅ぼす

2018.07.10

7月12日に、シニフィアン共同代表・朝倉の新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』が出版されます。低成長が定常化し、不確実性が高まっている現代において、PLを偏重する「PL脳」から抜け出し、「ファイナンス思考」を身につけることの重要性を説いた一冊です。出版を記念して、本書が問題視する「PL脳」について、シニフィアンの3名が語ります。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(編集:箕輪編集室 笹岡里沙、河野潤、篠原舞)

会計のみで管理することの弊害

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):7月12日に僕の新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』という本を出版します。 シニフィアンのメンバーで内容を議論しながら僕が書き上げた、いわゆるコーポレート・ファイナンスの本ですが、ファイナンス的なモノの考え方である「ファイナンス思考」の重要性について訴える内容であり、その対立概念として「PL脳」というものに触れています。 PL脳とは、「目先の売上や利益といった、PL上の指標を最大化することを目的視するような短絡的な思考態度のこと」です。 この本では、PL脳を脱却してファイナンス思考を身につけようと述べています。実際、こうしたPL脳は、昔ながらの大企業に多く見られますが、同時に若いスタートアップもハマりがちな思考態度だと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):普通、「ファイナンスの本」っていうとDCF法(Discounted Cash Flow法)による企業価値の算出方法など、専門的な話に内容が偏りがちですが、この本では企業やビジネスを捉える一つの「見方」としてファイナンス思考を掲げています。その対比として多くの企業やビジネスパーソンが陥りがちな“PL脳”を挙げているところが面白いですね。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):私は、前職でコーポレート・ファイナンスをずっと扱っていて、多くの日本の大企業が完全にこのPL脳に陥っていると考えてきました。そうした中、ファイナンス思考を持たれている方々が社内のコミュニケーションに大変苦労しているというのを目の当たりにしています。 ビジネスに関わる多くの方が、PL脳に陥っているのではないかという感覚値を持っていますが、これをどう言語化するのかを3人で時間をかけて議論して、朝倉さんに文章に落としてもらいました。ある種、当たり前のことを述べた内容ですけど、現象面から原因や背景、具体例まで含めて包括的にPL脳の問題を示していますし、切り口も斬新なものになっていると感じますね。

朝倉:最近では、「売上が全てだ」といった目標を掲げる会社は少なくなりつつあると思うんですね。ただ、依然として「とりあえず営業利益、最終利益が伸びていればいいんだ」という考えは根深いのではないでしょうか。たしかに、損益計算書(PL)は事業でどんな成果を挙げたのか示す結果であり、経営者にとっての成績表でもあります。 けれど、未来に向かってどのような事業を意思を持って作っていくかということは、必ずしもPLには表れません。PLばかり見ていると、こうした未来に向けた意思を見落としてしまいます。

村上:そうですね。PLというのは会計上の概念です。会計は数字を整理する上で便利なツールである一方、会計であるがゆえの制約もある。たとえば、定められた期間の中で数字を管理しなければいけないといったことです。 もともと、会社の価値を向上していこうと思っていた方々も、日々、PLを見て経営を行い、会計数値を見て管理をしていくルーチーンにハマることで、結果的に短期的な数字をどのように上げていくのかという思考、「PL脳」に気付いたら陥っているケースが多いんじゃないかと思うんです。事業が複雑化することの弊害ですが、あえて言えば、会計のみで管理していくことの弊害とも言えますね。

「知識」「理論」ではなく、「思考」としてのファイナンスに着目した一冊

小林:会計では、一年間や四半期などの期間で区切って会社の状況を把握しますけど、全ての事業が一年周期や四半期周期で回っているなんてことは普通ないわけですよね。 成熟化して既に安定している事業であれば、昨年対比でどれくらいの増加があったかという見方も有効かもしれませんが、特に成長企業や足の長い事業の場合、「直近数年間は大きく赤字を掘るが、3年後から5年後に成果が現れる」ということもありえます。そのような事業を1年単位のPLのみで見るのは非常に相性が悪い。 そういう意味では、この本に書いてあるように「長期目線で事業価値の最大化を考えていく」という観点を物差しにしないと、1年ごとの短期サイクルに縛られた事業しかできなくなってしまうと思います。

朝倉:今回、ファイナンス思考が一体どういうものかを、PL脳との対比によってより鮮明に表そうとしていますが、まずもってお伝えしたいのは、ファイナンス思考が目的としているのが、会社の価値を最大化すること、つまり「会社が将来稼ぐキャッシュを最大化しよう」という点であるということです。その為に、今何をすべきなのかを逆算して考えようということですね。 今までのファイナンスの本では、さっき小林さんが言ったように、「会社の評価額はどうやって算出するのか」といった計算方法などが主に紹介されていますよね。概念としては非常に重要ですし、この本の中でも触れています。ただ、そうした知識面に内容が寄りがちだったのではないかと思うんです。 現場で働くビジネスパーソンにとって、厳密なファイナンスの知識が実務で必要なのかといえば、そうではありません。もっと言うと、経営者だって事細かな知識って必ずしも必要ないと思うんですよ。そういう知識をCFOの人たちはちゃんと持っておかなければいけないけれども、何より重要なのは土台となる考え方。「会社ってなんのために営んでいるのか?」というところ。別に目先のPL、売上や利益を増やすためではないんですよ、ということがこの本を通じて伝わればいいと思います。

村上:そうですね。日本では、例えば投資銀行で働いていると聞くと、ただ「DCF等でバリュエーションばかりやっている人たち」と思われるかもしれない。これは単なる資金調達屋さんやバリュエーション屋さんといった狭義の理解です。けれど、本場アメリカでは投資銀行の付加価値がより理解されており、経営の現場においても「コーポレートファイナンスのプロだ」という意味がもう少し深く理解されていると感じています。ファイナンス=「資金」という直訳を当てはめてしまうと、本来の概念から外れてしまうように感じます。 ファイナンスとは、経営やビジネスに向き合う上での思考や考え方、アプローチだと理解することで、いかに経営に活かすかといったことがよりイメージしやすくなると思います。「ファイナンス思考」と呼ぶことで、その背景にある考え方や概念がよりスムーズに理解されるきっかけになるんじゃないでしょうか。

朝倉:知識や理論も勿論大切なんだけれど、そうではない根本の土台となる思考がこの本を通じて伝わればいいですね。

『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』7月12日発売

売上・利益の前年比増減に一喜一憂する「PL脳」に陥っていたら、日本にAmazonは生まれない! 将来の意思決定を可能にするファイナンス的な発想こそが、今のような先行き不透明な時代には一人ひとりのビジネスパーソンに不可欠です。その背景について実践例も紹介しながら、シニフィアンの朝倉が解説する1冊です。

『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。